!」
「どうしたのさ、そんなにはしゃいで」
「これ!!」


きゃあきゃあと歓声をあげながら飛び跳ねるラビの頭を押さえて、少し落ち着けと合図する。
床の下は別の家族が住んでいるのだ、騒音のトラブルは避けたい。

そんな私の苦悩も知らず、ラビはびしりとテレビを指差した。


「ん!!」
「……CMがどうかしたの?」
「へ?」


夫婦が手をつないでいる食器洗剤のCMだ。
同じように手をつなぎたいのかと思いながら訊くと、ラビが間抜けな声をあげてテレビを振り返った。


「へ、ああああああ!!」
「……違うんだね」


泣き出しそうな声で、それは充分に伝わった。
ふるふると震える様があまりにも哀れだったから、抱き上げて顔を覗きこむ。


「ほーら、泣かない。どうしたの?」


目一杯に涙をためながら、ラビが必死に何かを言おうとあえいだ。
何度も大きくしゃくりあげて、ようやくといったように息を吐き出す。


「むしぃ……!」
「……虫?」


今の季節だったら、ラビの気を引くようなものはカブトムシだろうか。
それとも、クワガタだろうか。
どちらも高価で世話が面倒だから(どちらかというと後者の方が割合が高い)買ってあげることはできない。


冷静にそう判断しながらも、話だけは聞こうと首を傾げる。


「何の虫?」
「……わかんない……」


てっきり元気よく即答すると思ったのに、ラビは意外にもしょんぼりと耳をしおれさせた。
カブトムシもクワガタも知っているはずだから、そうなると違う虫なのだろう。


「じゃあ、もうちょっと待ってみようか。また出てくるかもしれないし」
   ん!」


気をとりなおしたようにうなずいたラビと一緒にCMを見ることしばし。


「これ!これ!!」
「あー……鈴虫かあ」


りぃりぃと羽を震わせる鈴虫を見て、ラビはもう大興奮だ。
きれいなおとさ!と飛び跳ね始めた身体をもう一度押さえて、うずうずしている尻尾を軽く握る。


「ヒギャン!!」
「ちょっと静かになさい。   見たいの?」
「みたいさ!」
「そっか……」


困ったことに、鈴虫は夏の終わりから秋にかけての名物詞だ。
夏に入ったばかりの今見たいと言われても、どこにも連れて行けない。
かといって、秋まで待てというのは、ラビには酷だろう。


   ん?」


いや、一ヶ所だけあるか。
一年中鈴虫の鳴き声が絶えない寺   華厳寺。

京都まで行くのはお金がかかるし、今行っても暑いばかりで特に有名なお祭りも何もない。
だけど、たまには遠出もいいかもしれない。
何より、ラビを連れての旅行は、人が少ない方が都合がよかった。


「よし。じゃあ、今度の水木で見に行こうか。明日学割をもらってくるから、ちょっと我慢して?」
「ほんと!?みれるさ?」
「ほんとほんと。新幹線に乗って遠くまで行くから、何を持って行くか用意しておいてね」
「わかった!」


大喜びでうなずいたラビの頭をなでて、さて忙しくなるぞと頭を回転させる。
新幹線のチケットと泊まるホテルの予約、それに最低限の交通費と拝観料も必要だ。
銀行でお金をおろしてこなければと算盤を弾きながら、友達に木曜の授業のノートをよろしくと、手早くメールを打った。












ラビにとっては新幹線どころか、電車に乗ること自体が初めての体験だ。
あれこれとそわそわして帽子から耳がはみ出しそうな頭を何度も直して、2つ並びの席がとれてよかったと安堵の息をつく。
窓際にラビを乗せて私の身体でガードすれば、多少のことは大丈夫だった。


、ふじさん!」
「うん、綺麗だね」


TPOをわきまえて小声で興奮するラビにうなずいて、レイトン教授をやろうとDSを取り出す。
問題が進むにつれて難しくなってきて、今では解くのにも一苦労だ。
時間がある今のうちにとペンを握ったところで、横から伸びてきた手にぺしりと蓋を閉められた。


「め!おはなしするさ!」
「外、見なくてもいいの?」
「みるけど、ともおはなししたい!」
「はいはい」


わがままだけど、可愛い奴め。


DSの電源を切ってラビと話をしていると、思ったよりも早く京都に着いた。
荷物はひとまず駅のロッカーに詰め込んで、また電車を乗り換える。


「あついー!」
「盆地だからねえ。冬はものすごく寒いらしいよ」
「すごいねえ、
「そうだねえ」


ラビの腕にしっかりと日焼け止めを塗り込みつつ、比較的ゆったりと動いている(ような気がする)窓の外を見る。
こうやって平日に旅行ができるのは、まさに学生の特権なんだろう。
私も華厳寺に行くのは初めてだからと地図を確かめながら、ラビの帽子をぎゅぎゅうとかぶらせ直した。


「これからいくの、どんなとこさ?」
「華厳寺……鈴虫寺っていってね、鈴虫がいっぱいいるんだよ」
「すずむしでらー!」


期待いっぱいの顔で繰り返したラビに、向かい側に座っていたおばさんがくすりと笑った。


「鈴虫寺行くんか、ええなあ」
「たのしみさ!」
「うんうん、たまげすぎて目ん玉落っこちんようにな」
「めはおちないよ?」
「ものの喩えや、坊や。楽しみにしとき!」
「ん!」


さすが関西、見ず知らずの人にもフレンドリーだ。
見知らぬおばさんと上機嫌で話すラビの頭をなでて、さよならと席を立ったおばさんに会釈をした。


それからさらに電車に揺られることしばし、そして歩くことしばし。


「りんりんいってるー!」
「さすが鈴虫寺、名前は伊達じゃないや……」


正式名称よりも鈴虫寺という呼称の方が有名になってしまったそこは、鈴虫の声に満ちていた。
ラビと2人でしばらくその場に立ちすくんで、あちこちから聞こえる鈴虫の声に聞き惚れる。
まるでここだけ、夏が終わってしまったようだ。


「……きてよかったね、ラビ」
「きれいなこえー……」


うっとりとしている小さな顔を見ながら、思いきって来ただけあったとしみじみ思った。











-----------------------------------

「らびっとでほのぼの」というリクエスト。
夏?それ、どこにいったの?ってな感じですが、ちょっとあがいて鈴虫ネタです。


始めは蛍にしようかと思っていたんですが、よく考えたら蛍は「声」ではないな、と…。
セミを取りに行くほどアグレッシブなヒロインじゃないし、ラビはカブトとかクワガタとかには興味を示さなそうだし(笑)
それじゃあせっかくなのでということで、2人で旅行に行ってもらいました。


お持ち帰りはリクエストをしてくださった方のみとさせていただきます。
リクエストありがとうございました!