さっきから、アレンがじーっとこちらを見ている。
お気に入りのピンクのパウダービーズのクッションを抱えて、飽きもせずにこちらを見ている。
その先で私が何をしているかというと   


「あ、違うってば!そこはブルックナーじゃなくて、ハイドンの誤植!ハ・イ・ド・ン!!」
『はーいはい。……ったく、お前、こういうの探すの得意だよな』
「伊達に音楽やってないさね。メロディーラインからして違うじゃん、それ」


パソコンに向かいながら、メールで送られてきたファイルと睨めっこしつつクラスメイトと電話中。


「大体ヤスさあ、何で音楽史なんか取ったのさ」


音楽なんてさっぱりのくせに。
何故かこの馬鹿男は、よりにもよって音楽史を選択したのだ。


『だってさー、これ楽単だっていうから』
「だからって、音楽の知識がない奴が取るな馬鹿ー!」


延々とそんな会話を繰り返していたら、いつの間にかアレンが膝の上によじ登ろうとしていた。
それを補助して抱き上げつつ、視線はやっぱりパソコンの中。


「いーいー?自分が今、どの時代の音楽史を学んでるかをよく考えてー?」
『考えてもわかんねー』
「馬鹿だー!!」


爆笑しながらアレンの頭をなでる。
ああ、さらさらで気持ちいい。
ちょっとねこっ毛っぽいのも、また柔らかさを強調していていい。

髪に指を通して遊びながら、まだまだ会話は続く。


「それにさあ、この問6!ハ単調じゃなくて変ホ長調!」
『わっかんねーよ、そんなの!』
「フラットの数をよく見て、音符を見なさい!」
『無ー理ー』


そんなぐだぐだとした会話を続けること30分、ようやく奴のレポート(という名の期末試験)を仕上げることができた。


「じゃねー」
『サンキュー』


ぶちりと電話を切って、軽く目頭をほぐす。
長時間ディスプレイを見つめすぎて、目がしぱしぱした。


さん、おはなし、おわりました?」
「ああ、うん。   ったく、あの馬鹿……」


くいと服をアレンに引かれ、疲れた息を吐きながら答える。
そういえば、3時間ちょっとアレンを放置したままだった。
あそこまで飲み込みの悪い奴だとは思わなかったからなあ……。


「ずいぶんながかったですね」
「うん、あの馬鹿が飲み込み悪すぎたからね」
「あのばか?」


馬鹿ってなんだろうとでも言いたげにアレンが首を傾げたから、覚えなくていい言葉だと思いつつも「親しみをこめた悪態だよ」と返しておいた。
するとこんどは「あくたい?」とますます首を傾げられてしまい、どう説明したものかと悩んでしまう。

正直に、悪口と言っていいのだろうか。
いやしかし、アレンにそんな余計な言葉を覚えさせるのは気が引ける。
悩みに悩んだあげく、結局曖昧にごまかすことにした。


「……あんまりよくない言葉だよ」
「……じゃあ、さんにもつかってほしくないです」
「ああいうのはいいの、お互い悪気がないのはわかってるから」


悲しそうに眉を下げたアレンに笑ってみせると、不思議そうに見上げられる。


「……なかがいいと、わるくちいってもいいんですか?」
「んー、親愛の情みたいなもんだからねえ。相手にもそれは伝わってるし、こっちもそれを踏まえた上で言ってるし」


それを聞いた途端、アレンがふいと下を向いた。
クッションをぎゅうと握りしめているけれど、こちらからは表情が見えない。
一体どうしたというのか。



「アレン?」
「…………のに」
「ん?」


ぽつりと呟いた言葉が聞き取れずに聞き返すと、アレンが急に膝から飛び下りた。
ようやく見えるようになった表情は何だか悔しそうで、今の会話のどこにそんな顔になる要素があるのかと首をひねってしまう。


「アレン?どうしたの」
「ぼ……ぼくのほうが」
「うん?」


それきり黙ってしまったアレンは、けれど何かを決心したかのようにぎゅうと両手でクッションを握りしめた。


やめなさい、可愛すぎて仕方がないから。
私の自制心が持たないから。


そんな阿呆なことを考えていた私の耳に、テポドン級の破壊力を持った言葉が飛びこんできた。




   さんと……なかよしなのに……!」




   何だこの可愛い生き物。


顔を真っ赤にして、頬をふくらませて、潤んだ目で、それでも必死にこちらを見上げて。
そんなアレンの姿は、私じゃなくても「可愛い」と太鼓判を押すこと間違いなしだ。

思わずばたんとパソコンを閉じてしまい、アレンのところまで行く。


これはもしや、拗ねているんだろうか。
いやいや、拗ねているというよりは   やきもちを、妬いている?


そっと頭をなでると、弾かれたようにしがみついてくる。
力一杯抱きついてくる温もりは、離すものかと言われているようで。
思わず頬がゆるんでしまった。


「アレン?どうしたの」


さっきと同じ言葉を、さっきよりも柔らかい声で訊くと。


「……や、です」
「うん?」
「おとこのひととさんが、ああいうふうになかいいの……いやです」


小さな小さな声で、ようやく本音を言ってくれた。
本当にささやかな、アレンのわがまま。
顔を押しつけるようにして抱きついてくるアレンの髪をなでながら、嬉しくてたまらなくなる。

   こうやって、徐々に遠慮のいらない関係になっていければいい。
将来アレンの独占欲がどれだけ強くなるのかを知らない私は、のんびりとそう思った。


「クラスメイトだから、完全にってわけにはいかないけど……アレンの機嫌が悪くならないように頑張るよ」
「ほんとのほんとですか?」
「うん、頑張る」











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「われんが嫉妬する話」というリクエストでした。
いい子ちゃんなわれんが、あの閉鎖空間(笑)でどんな風に嫉妬するかなーと考えたら、こんなお話に。


われんは将来、絶対どの子よりも独占欲が強くなると思います。
それこそ、リアル体形化するくらい大きくなったら!(笑)
そんな片鱗を見せてくれたわれんに対し、ヒロインののんびり具合が笑えます。

お持ち帰りはリクエストをして下さった方のみとなります。
リクエストありがとうございました!