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夜遅くまで、ただひたすらに剣をふるう、その姿を知っている。 影からそっと見ることしかできないけれど、彼がいつか夢をつかめればいいと、勝手に思っている。 名前も知らない彼を心の中でこっそりと応援して、足音を忍ばせて帰り道につく。 「……かっこよかったなあ……」 一方的な恋心、伝えるつもりはこれっぽっちもないけれど。 なんて名前なんだろう、どんな人なんだろう。 訓練をする彼しか見たことがないから、妄想……もとい想像はどんどん膨らむ。 きっとぶっきらぼうな人だ。 けれど真面目で、責任感が強くて。 女の子は、ちょっと苦手。 笑うと片頬にえくぼができて 「ぁ 「うわっ!?」 ふふ、と笑った瞬間、誰かと思いっきりぶつかってしまった。 バランスを取ろうとしたけれど、間に合わなくて後ろに身体が傾いてしまう。 倒れる、と覚悟して目を瞑った瞬間、力強く引き戻された。 「大丈夫、ですか……?」 少しぎこちない声で安否を気遣われて、慌ててうなずく。 見ず知らずの人にぶつかったあげく、心配までされるなんて! 自分のそそっかしさに赤くなりながら顔を上げて、また絶句した。 「あ あの、金髪の兵士さん! 「ご、ごごごめんなさい!ぼーっとしてて、つい!」 「……いや、あんたに怪我がなければ、それでいいんだけど……」 「あ、だ、大丈夫です!全然全くちっとも!」 慌てて立ち上がって無意味に手をばたばたさせると、兵士さんが困ったように苦笑した。 よりにもよって兵士さんの前でだなんて、恥ずかしい……! 赤いどころじゃない騒ぎになった顔を両手で押さえて、必死にうつむく。 「本当にすみません、お怪我はないですか?」 「いや、大丈夫です」 焦りながら訊くと、ぎこちなくかぶりを振られた。 そのまましゃがみこんでしまった兵士さんに首を傾げていると、何だか手元がいやに寂しいことに気づく。 ……いやいやいや、気づこうよ私! さっきまで、ブリーフケース2個持ってたじゃない! 「す……すいません!!」 慌てて私もしゃがんで、開いてしまったケースから散乱した書類をかき集める。 どうしようどうしようどうしようと、頭の中が真っ白になった。 こんな迷惑までかけるなんて、絶対嫌な奴だと思われた……! 泣きそうになった瞬間、頭の上で小さく吹き出す声がした。 「……あんた、さっきから謝ってばっかだな」 「 「すいませんとか、ごめんなさいとか、そればっかり聞いてる」 「あ……すいませ」 「ほら」 「あ」 思わず呆けた声が出る。 顔を上げると兵士さんは苦笑していて、ブリーフケースを差し出してくれた。 「あんた、こんな時間までどうしたんだ?」 時刻はもう深夜近く。 兵士さんが訝しむのも仕方ないだろう。 あまり言いたくはないけれど、答えないのも申し訳ない。 「……明日の会議の資料、作り終わらなくて……」 部長に駄目だしをされ続けて、とうとう残業になってしまった。 とうに部長も帰ってしまって、フロアも真っ暗。 いくらやってもいいものができなくて、結局明日に持ち越しになってしまった。 自然うつむきがちになってしまった私に、兵士さんがうなずく。 「どこも上司は厳しいもんな。あんた、それだけ期待されてるんだよ」 弾けるように兵士さんを見ると、小さくうなずかれる。 「自信、持ってもいいと思うけど」 「……そう、ですか?」 「こんな遅くまで真面目にやる人、なかなかいないだろ」 そう言うと、兵士さんは背を向けて歩き始めた。 感謝しながら見送っていると、兵士さんが不意に立ち止まって振り返る。 「……どうしたんですか?」 「早く来いよ」 「え?」 「送るから」 何を言われたのかが一瞬理解できなくて、した瞬間に顔が沸騰するんじゃないかというほど熱くなった。 もつれそうになる足を叱咤して、兵士さんのところまで走る。 「はっ、はい!」 ブリーフケースの重みで、腕が思うように動いてくれない。 一生懸命制御しようとしていたら、兵士さんがこらえきれないように吹き出した。 「あんた、おもしろいな……っ!」 「え、あ、ありがとうございます……?」 お礼を言うのは間違っている気がしたけれど、なんて返したら言いのかわからなくて、とりあえず頭を下げておく。 それにまた笑った兵士さんは、屈託のない顔を向けてくれた。 「いつもそんなに大きい荷物、持ってるのか?」 「はい。私、とろいから、いつも荷物がいっぱいになっちゃうんです」 「中身、仕事だろ?」 「1個は全部仕事です。いつもはこれ、1個だけなんですよ?」 女が持つにしてはごついと、さんざん言われているブリーフケース。 超一流企業への就職が決まった私に、お父さんが譲ってくれた、大切なもの。 実用性も高いし、ついつい自分でも同じようなものをもう一つ買ってしまったくらいだ。 照れながらそう言うと、兵士さんも優しく笑ってうなずいてくれた。 「見た目ばっかり気にする奴よりも、あんたの方がずっといいと思うよ。そういう風に人も物も大事にするの、かっこいい」 「……ありがとうございます」 何のてらいもなく褒められて、嬉しさに頬がほころぶ。 小さくお礼を言ってブリーフケースを握る手に力をこめると、そこがほんのり温かくなった気がした。 話しながら歩いていたら、社員寮に着くのはあっという間。 名残惜しいと思いながら、兵士さんにもう一度お辞儀をする。 「どうもありがとうございました」 「気をつけて」 「はい。兵士さんも」 兵士用の寮は、ここからまた10分ぐらい歩いたところにある。 そちらの方が本社には近いのに、わざわざ送ってくれたことが嬉しかった。 「さようなら、お休みなさい」 「お休み、。また遅くなったら言えよ、送るから」 「はい」 兵士さんの姿が小さくなるまで見送ってから、はたと気がつく。 ……私、兵士さんに名前言ったっけ? 「……あれ?」 いくら記憶を掘り起こしても、お互いに名乗った記憶はない。 それじゃあどうして、兵士さんは私の名前を知っていたの? 「……ええ?ええええっ!?」 顔が熱くなって、知らずに地面にへたりこむ。 火照った顔はずいぶん経ってもなおらなくて、よろよろと立ち上がった頃には、とうに日付が変わっていた。 ……今度会ったら、とりあえず兵士さんの名前を訊いてみることにしよう。 それからどうして私の名前を知っていたのか、それを訊いて。 ちょっとだけ、兵士さんとの距離が近づいた気がした。 |