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年の瀬の大掃除で疲れ果てた身体を、お味噌汁の器に1杯の年越し蕎麦でじんわり労る。 小林幸子と美川憲一の衣装合戦だけ見たら、後は紅白に興味なんてないから、さっさとジルベスターコンサートにチャンネルを回した。 ボレロを聞きながら、家族3人とジーンでほっこりこたつに入って。 「結人君、色々手伝わせちゃってごめんなさいね」 「いいえ、こういうのは初めてだったから、楽しかったです」 「それならよかった」 お父さんと一緒に重いもの担当をしてくれていたジーンが、はにかむように笑ってかぶりを振る。 それにお父さんもお母さんも安心したような顔になった。 「ジーン、ボレロ終わっちゃうよ」 「本当だ。指揮者が必死だね」 日付が変わるぴったりに終わらせなきゃいけないから、毎年最後は必死なんだけど。 今年も段々テンポが速くなってきていて、思わず2人で笑いあった。 「あ、カウントダウン」 画面にCGの時計が出始めた。 秒針が動いて、動いて、動いて 「あけましておめでとう、!」 「あけましておめでとう、ジーン」 指揮者が渾身の力で振り終わると同時に鳴ったクラッカーを聞きながら、今年もよろしくとお辞儀をしあった。 その横ではお父さんがいそいそとゆく年くる年にチャンネルを変えていて、大音量のマイクと拍手が一気に静寂に変わる。 なんとも中途半端だけど、これが我が家の毎年の年越しだ。 「、結人君も。明日は早いんだから、起きてるのもほどほどにしなさいよ」 「はーい」 お椀を片づけるお母さんに笑われて、テレビの中でお寺や神社にどっとつめかけている人達を見る。 ……うん、毎年思うけれど、初詣にこんなに命かけられない。 「明日?何かあるの?」 不思議そうなジーンに笑って、もう寝ようと促した。 元旦はいつも、日が上るか上らないかのうちに起き出す。 まだ夢の中だろうジーンをうらやましく思いながら、冷たい水で顔を洗って目を覚ました。 「おはよ」 「おはよう。さっさと頭やっちゃいなさい」 もう準備を始めていたおかあさんにうなずいて、悪戦苦闘しながら夜会巻きのような状態に仕上げる。 おばあちゃんからもらった簪を挿して、左右から見てバランスが悪くないか確認。 それからは、お母さんと2人で悪戦苦闘だ。 「もっときつく!」 「はいはい、せえのぉっ!!」 必死に全力を出しきって、ようやく一息つけた頃に、男性陣が起きてきた。 「おはよう、お父さん」 「今年もすごいなあ。2人の声で目が覚めたよ」 「いい目覚まし替わりでしょ?」 笑いながら話すお父さんの横で、ジーンが惚けたようにぼんやりとしている。 まだ眠いのかと思いながら近づくと、やっぱりどこかに意識が飛んでいるようだ。 「ジーン、おはよ」 「……っ、ーっ!!」 「うわあっ!?」 声をかけた瞬間に弾けたように抱きつかれて、持ちこたえきれずにたたらを踏む。 ただでさえ動きづらい格好をしているから、危うく転ぶところだった……。 何とか体制を整えたと思ったら、今度はものすごく興奮した様子のジーンにつめよられる。 「It's so cute!、すごく可愛い!!どうしたの、その着物!!」 離れては着物を見てまた抱きついてを何度も繰り返すジーンに、お父さんもお母さんも苦笑しっぱなしだ。 興奮しすぎなジーンをなんとか引きはがして、お母さんのところにぐいぐいと押しやる。 「ほら!ジーンも着るの!」 「着物?でもそれ、女の人用じゃないの?」 「男の人用もあるの!お父さんのだけど、多分ジーンも着れるから」 お正月用の着物を見せたら、途端にジーンの目がきらきらと輝いた。 「着てもいいんですか、おじさん!」 「最近はずっと着てないからね。着物も着てもらった方が喜ぶよ」 そもそもジーンに着せようと言い出したのがお父さんなんだから、駄目だと言うはずがない。 息子ができましたとでも言いたげな笑顔でうなずかれて、ジーンもおおはしゃぎだ。 「初詣に行くんだから、早く支度してきてね」 「おー」 今度は男性陣の支度を待って、のんびりとお茶を飲む。 「やっぱりちょっと、帯が苦しいかも……」 「ご祈祷するわけじゃないんだから、帰ってくるまで我慢しなさい」 「はあい」 確かに、お参りしてそれで終わりだものね。 それくらいなら我慢できるかとうなずいて、軽く1杯だけのお茶を飲みきって、あとはのんびりと特番を眺める。 ジーンが嬉しそうに飛びこんできたのを合図に、テレビを消して立ち上がった。 「ちょっと寒いんだね」 「あんまり重ね着できないもんね。私も実はちょっと寒いんだ」 1人だけ普段着のお父さんが、妙に暖かそうに見えてならない。 身を切るような寒さに耐えながら、バスで30分弱のところにある神社に。 「これみんな、初詣に行くの?」 「そうだよ。ここらへんで一番大きな神社なんだ」 ぎゅうぎゅう詰めのバスの中は気を抜くとすぐはぐれそうだ。 というよりも、2つ目の停留所で、お父さん達とは即行はぐれた。 私はといえば、ジーンに支えてもらって壁になってくれて、なんとかお太鼓が無事な状態だ。 一生懸命踏ん張っていたら、目の前で座っていたおばあさんににこにこと笑いかけられた。 「お兄さん、かっこいいねえ。お嬢さんも美人だし、お似合いお似合い」 いいねえ、うらやましいねえ、と何度も言われて、くすぐったいけれどどう答えていいのかわからずに困ってしまう。 小さく笑って「ありがとうございます」と答えると、話の矛先はジーンに移ったようだ。 「彼女さん、綺麗ねえ」 「でしょう!?はすごく可愛いんですよ!」 何、この羞恥プレイ。 恥ずかしい。ものすごく恥ずかしい。 どこにも逃げられないこの空間が、いたたまれなくてたまらない。 力一杯うなずくジーンとおばあさんの会話に耐えきれずにうつむいて、近くの人の生温かい視線をシャットダウンした。 「ジーン!ああいう恥ずかしいこと、人前で言わないの!」 「好きな子を可愛いって言って、何がいけないの?本当のことじゃないか」 思いっきり外人思考のジーンが恨めしい。 これだけ恥ずかしげもなく言えれば、かえって周りがあてられるだけだろう。 お父さん達の後を並んで歩きながら、不満気に口を尖らせるジーンの頬を軽くつまむ。 「恥ずかしいの!みんながジーンみたいにオープンじゃないんだからね?」 「ちぇー……」 残念そうにうなずいたジーンは、それでも一言付け加えた。 「でも、その着物すごく似合ってるよ。白に……梅?」 「うん。お母さんのだけど、おはしょりなくてもおかしくないでしょ?」 「よくわからないけど、僕は好きだな」 穏やかに微笑むジーンがまぶしい。 ちょっとおじさん向けの模様だけど、着物姿がいつもとちょっと違って見えて、直視 できずにそっとその袖を握る。 すぐに繋ぎ直された手が、反対側とは比べられないほど温かかった。 |