、ナルに会ってみない?ちょうど今、ナルも日本に来てるんだって」


そんなジーンの一言で、あれよあれよという間に東京まで来てしまった。

大丈夫だよ、心配いらないよ。
新幹線の中でずっとそう言われ続けて、1時間ちょっと。

どきどきしながらドアを抜けると、意外と居心地のいい空間が広がっていた。


「久し振り、ナル!!」
「……うるさいぞ、ジーン」


飛び付かんばかりに走りよるジーンとは対照的に、弟君の方はものすごく嫌そうな顔をする。
ジーンによく似ている顔が、思いっきり顰められた。


一瞬よく似てるなと思ったけれど、こうしてじっと見るとあんまり似ていない。
ジーンが優しそうな顔立ちなのに対して、ナル君は鋭利な印象が強い。
すっとした顔のパーツが、余計にそう見せるのかもしれない。


邪険にあしらわれても、やっぱりジーンはめげもしなかった。
構うものかとばかりにナル君に抱きついて、白い頬にキスを落とす。


「相変わらず酷いなあ、ナルは。そんなんじゃ女の子が逃げちゃうよ?」
「女性はうるさいだけだと思うが?邪魔ばかりする」
「それはナルが相手をしてあげないからだろ?」
「構うと余計に調子に乗るだろう」


正反対の言葉の応酬に、目を瞬かせることしかできなかった。


……どこをどうしたら、こんなに真逆の性格になるんだろうか。
兄弟がいないからよくわからないけれど、兄弟ってそれなりに似るものだと思っていた。


   ジーン、こちらは?」
だよ!電話で話しただろ?」
「ああ……」


凍るような美貌で一瞥されて、反射的にジーンの袖を握ってしまう。
顔が似ていても、無表情なだけでこんなに印象が違うものかとしみじみ思った。


「こん……にち、は」
「こんにちは」


あれ?


意外に礼儀正しい返事が返ってきて、一瞬目を瞬かせてしまう。
そんなに怖くはないのかもしれないと思い直して、ジーンから手を離す。


「ええと……ナル君、だよね。です」
「弟の……成樹です。初めまして」


右手を差し出されて、慌てて同じように手を差し出す。
握った手は少しひんやりとしていて、それでもすぐに温かくなった。


それなりに骨張った手は、ジーンよりもほっそりとしている。
色も何となく白い気がして、さすがはインドア派だと感心してしまった。


「いつも愚兄がご迷惑をおかけしています」
「いえ、ジーンにはお世話になってます」
「気を遣わなくていいですよ、ジーンはいつもこうですから」
「はあ……」
「ナル、酷いよ!!」
「本当だろう?」


じゃれつく兄弟は、何だかそれなりに仲が良さそうだ。
これがこの兄弟なりのコミュニケーションなのだと、自然にわかった。


「日本にはどれくらいいるんですか?」
「1ヶ月ほど。元々研究のために来たので、ほぼ研究室に籠りっぱなしだと思います」
「それは……不健康だと、思うんですけど」


というか、年下のはずなのに、研究か。
やはり、兄弟そろっておつむの出来は非凡らしい。
どこの大学だろうと興味本位で訊いてみれば、とんでもない答えが返ってきた。


「東京大学に。こちらにしかない文献が、どうしても必要だったので」
「とっ……東大!?」


東大。
テレビでよく見る赤門と、写真でよく見る時計つきの建物のイメージしかないが、とにかく別世界だということだけはわかった。


「け……研究ってことは、4年生……ですか?」


研究というと、どうしても理系のイメージが強い。
理系は4年でしか研究室に所属できないのだと聞いた気がして、おそるおそる訊いてみた。


それにナル君が答えようとした瞬間、ジーンが横から口を出してくる。


「ナルももう、大学は出てるよ!研究は半分、ライフワークみたいなものかな?」
「……ジーン。僕が答えようとしたんだが」
「だって、2人とも僕を除け者にしてるじゃないか。は僕のなのに!駄目だよナル、そういうの横恋慕っていうんだよ」
「どこがだ。勘違いもはなはだしいぞ」


疲れたようにため息を絞りだして、ナル君がこめかみをもみほぐす。
そのまま私に向き直って、小さく小さく苦笑した。


「……すみません、子供っぽい兄で。こんな奴ですが、見捨てないでいただけると嬉しいです」
「……大丈夫ですよ。伊達に長い付き合いじゃありませんから」


嫌だったら、とうの昔に拒絶している。
どちらが兄だかわからない言葉に苦笑しながら答えると、ナル君も安心したようにうなずいた。


「ていうか、そろそろ座らない?ナル、ティーセットはどこにある?」


数度屈伸をしながらジーンにそう言われ、ナル君も立ちっぱなしだったことに気がついたようだ。
奥のソファにと勧められて座ると、思った以上にお尻が沈んで驚いた。


「うわっ」
「ああ、気をつけてねー。ここの家具、結構いいものだから」
「先に言ってよ、ジーン……!」
「気にしなくて結構ですよ。そう簡単に壊れはしませんから」
「いや、そういう問題じゃなくて……」


何だろう。


この兄弟、やっぱり似ているかもしれない。
微妙にずれているところがそっくりだ。


ちょっぴりぐったりしながら、ジーンが淹れてくれた紅茶を飲む。
ミルクが多めに入ったその甘さが、知らず緊張していた身体にじわじわとしみわたった。


「これからどうするんだ?」
「僕らは明日帰るよ。の学校があるし」


ちゃんと学校に行かないとって、がうるさいんだ。
1日くらい休んでもいいじゃない、ね?


小首を傾げたジーンにまたため息をついて、ナル君が低い声で名前を呼ぶ。


「ジーン」
「何?」
「学業は、学生の本分だ」


その通り!もっとジーンに言ってやって!


内心で拍手喝采をしながらうなずいた私とは対照的に、ジーンはむっとしたようだ。
口を尖らせて紅茶を飲んだかと思ったら、いきなり私にタックルをしてきた。


ー!ナルが酷いこと言う!!」
「きゃ   


少し前屈みになっていたから、横からの衝撃に踏ん張りきれなかった。
慌ててティーカップをソーサーに置いたまではよかったけれど、肝心の私の身体は低めのテーブルの角に一直線。


ああ、私、打ち所が悪くて死ぬかもしれない   












、そろそろ起きなよ」
   え?ジー、ン?」


おかしそうに微笑したジーンのどアップ。
状況が把握できなくて数秒瞬いて、唐突に理解した。




「……夢か……!」




妙にリアルな夢だった……!


本物の弟君がどんな人かはわからないけれど、とりあえず苦労人の判子をぺったりと押しておこうと思う。
このジーンの兄弟をしているんだもの、苦労しない方がおかしいだろう。

小さく笑って、差し出されたジーンの手を取った。