毎日、楽しみにしていることがある。
どんなに疲れていたって、落ちこんでいたって、彼女に会えばそんなもの吹き飛んでしまうくらいに。

夕方から夕飯までの数時間、きまってトランスに入る僕に、ナルは呆れているようだ。


「……またか?ジーン」
「うん。何かあったらよろしくね、ナル」


低くため息をついたナルに手を振って、足早に部屋に戻る。
ベッドに横になって意識をスライドさせていけば、すぐに目的の場所へとたどり着いた。


!」
「ジーン、待ってたよ」


桃の花(……だと思う。多分)を眺めていたが、振り向いて笑う。

そう、この笑顔!


はお世辞だって恥ずかしがるけれど、は笑うととても可愛い。
はにかんだような笑い方が、日本人らしい容貌を引き立てていた。


「遅くなったかな、ごめん」
「ううん、今日はちょっと早めに来たんだと思う」


大丈夫だよと笑ったは、今日は家庭科で作ったクッキーがうまく焼けたんだと嬉しそうに話す。
持って来れないのが残念だと眉を下げながら、どんなものを作ったのかを教えてくれた。


「また霊にも会ったけど、憑かれそうになることもなかったし。見えてるんだよって主張しなかったこともあるけど、コントロールがうまくできてるのかも」
「すごいね!、頑張ってたもんね」
「……ジーンのおかげだよ」


静かに笑ったは、どきりとするほど大人びて見える。
背伸びをしているわけでもなく、元々大人っぽい雰囲気を出す子だけれど……不意に出されるとかえって不安になってしまう。
これはにとって、何かあまりよくないシグナルに思えたから。


?何か、悩んでることでもあるの?」
「……ううん」


覗きこんだ僕に小さくかぶりを振って、はそっと笑う。


「私は何も心配ないよ」


そう言うけれど、その指先がこっそりと何度もこすり合わされているのには気づいていた。
困っている時のの癖だ。


何に困っているんだろう。
頼ってくれないのが悔しくて、小さな身体を後ろから抱えこんで座る。


?」


話してよと促すと、はしばらくためらうようにもぞもぞと姿勢を変える。
やがてそれが止まって、振り向いたは不安そうに揺らいだ目をしていた。


「ジーン」
「ん?」




   何か、あったんでしょ?」




思い切ったように振り向いて言われたその言葉に、反射的に息を止める。
真っ直ぐなの瞳はそんな僕をつらぬいて、自分の方がつらそうに揺らいでいた。


   気づかれないようにしていたはずだった。


さすがにナルは気づいていたようだったけれど、まどかもリンも、ルエラやマーティンでさえ気づかなかったのに。
どうしては、やすやすとわかってしまったのだろうか。


「……どうして?」


動揺を悟られないように柔らかい声で尋ねると、は泣きそうな顔でかぶりを振った。


「駄目。そんな顔、しないで」
?」
「駄目だよ、ジーン」


身体の向きを変えて正面から抱きついたは、消えそうな声で呟く。


「……そんな、何でもないみたいな顔で笑っちゃ、駄目」
   !!」


思わず飲んだ息は、うまく押し殺せただろうか。


けれど、もし押し殺せていたとしても、身体が少し強張ったのは隠せなかった。
の腕の力が強くなる。
すがりつかれていると錯覚しそうなそれに、どうしたらいいのかわからなくなってしまった。


……」


弱り切って名前を呼ぶと、首元にしがみつかれる。
もうほとんど泣いている声で、それでもけして泣かずに、必死に言葉を紡ぐ。


「ジーンはいつも、私のことばっかり心配するけど……私だって、ジーンのことが心配なんだよ?」


いつでも笑ってなんかいなくていいから。


「無理、しないでよ……!」


振り絞るようにしてそう言うを抱き締めながら、少し彼女のことを勘違いしていたかもしれないと思った。
守ってあげなければと思ってばかりいたけれど、は守られてばかりをよしとする子じゃないようだ。


   ごめんね、
「謝るくらいなら、どうして元気がなかったのかを話す!」
「……今日の霊視で、つらい記憶を見たんだ」


虐待される子供の記憶だった。
殴られて、殴られて、火で腕を焼かれて、足の骨を砕かれて、そうして   


思い出したくもない最期の記憶が頭をよぎって、反射的にせり上がる吐き気をこらえる。
そんな僕の背中を、が優しくさすった。


「ジーンだって、つらい時には泣いてほしいよ。いつも私が泣いてばっかりで、何か不公平」


彼女もまた霊視で同調してしまうつらさを知っているから、の言葉はまっすぐに届く。
それがことりと何かを動かして、そうしたらもう止まらなかった。




「う……ぁ   っ!」
「……うん」




ぎゅうと目の前の身体を抱きしめて、声を殺して泣く。
そっと背中に添えられた腕が、とても温かかった。

柔らかくて優しくて   が「女の子」だと、改めて気づく。


女の子にはあまりいい記憶がないけれど(顔だけ見て近づいて、力を知っては離れていった)。
ああ、けれど、のような子なら、嫌でも何でもない。


それに気づいて、ぱかりと目覚めたベッドの上で頬がゆるんだ。


「ジーン、今日はやけに機嫌がいいな」
は女の子だったんだよ、ナル!」
「…………はあ?」


リビングでくつろいでいたナルにそう言ったら思いっきり変な目で見られたけれど、そんなことどうでもいいや!












-----------------------------------

「ジーンがヒロインを好きだと自覚する話」でした。
自覚するというよりは、意識し始めた頃のお話。


ジーンは始めからヒロインのことを可愛い可愛い言ってますが、これは全部妹としての愛情表現でした。
この話は出会って2年かそこらくらいの頃をイメージしています。
本当に好きだと思ったのはいつからというわけではなく、気がついたら異性として好きだった、みたいな。
マイペースですから、ジーン!


お持ち帰りはリクエストして下さった方のみとなります。
リクエストありがとうございました!