情報提供(という名のお茶)にやってきたぼーさんにコーヒーを出すと、真っ先に聞かれたのは麻衣のことだった。


「買い物か?」
「ううん、ナルと一緒に何かしてるよ。多分、今度の学会の資料作りじゃないかな?」


大体、買い物だったら私が行ってくる。
麻衣が淹れた紅茶はどれもおいしいけれど、時々ナルのあまり好きじゃない茶葉を買ってきてしまうのが玉に傷だ。

味は私の担当、技術は麻衣の担当。

ああ、なんて素敵な役割分担。
もっとも、ナルは嫌いな茶葉の時にはそう言っているようだから、そのうちに必要なくなるかもしれないけれど。


「リンは?」
「リンも資料室に籠りっぱなし。ついでに言えば、私もナルの資料作りをしてるよ」
「そうかそうか、は偉いなー」


肩が凝って大変だとため息をつくと、ぼーさんに頭をなでられた。
思わずうっかり目を細めて受け入れてから、何かが変だと我に返る。

何だこの子供扱い!


「ぼーさん、私大人!成人済み!立派なレディー!」
「いやー、わかってるんだがなあ」
「わかってない!」
「こんなに小さい子が頑張ってる姿を見ると…!」
「それは禁句……!」


150cmそこそこの低さは、実はものすごいコンプレックスだ。
麻衣よりも年下扱いされることもある今日この頃、本気でもう少しお化粧の仕方を変えるべきだろうかと考えてしまう。

頭をなで続けるぼーさんの手をぺいっと払って、鳴り始めた電話を取るために一旦離れる。


「Hello?」


国際電話と言うことで嫌な予感がしたけれど、案の定だ。
イギリス支部からの学会日程確定の連絡と、そろそろもう一度私の能力値を測定し直したいという申し出を適当にあしらって、ちょうどきたお客さん(という名の茶飲み要員)を口実に無理矢理通話を終わらせた。


「綾子さん、ジョン、ナイスタイミング!ちょっと困った電話だったの」
「何、ストーカーとか?何かあったら言うのよ、この坊主をけしかけてやるから」
「イギリス支部がまた何か言わはったんどすか?」


顔をしかめてぼーさんを指差す綾子さんと、心配そうに眉を下げるジョン。
本当にいい人達だと笑って、紅茶を2人分淹れて出す。


「大丈夫、学会の日程が早まっただけだから。資料作りがちょっと大変になったぐらいだよ」
「ナルもねえ……自分の論文くらい、自分で準備しなさいよ」


呆れたように眉をつり上げた綾子さんに、苦笑してかぶりを振る。

ナルはできることは自分でやる人間だ。
調査の時には人を顎で使いまくるけれど、それはいわゆる適材適所というものだろう。
少なくとも、自分の研究に関しては、かなりぎりぎりのラインまで自分で抱えこむ人だと、私達は知っている。


「私達は最小限の手伝いをしてるだけ。麻衣にもさせてるのは、多分知識をつけてもらいたいんだと思うよ」


麻衣は完全にこの業界に入っているわけではないけれど、知れば調査の時にも役に立つだろう。
ナルなりの思いやりなのだ、きっと。
たとえ、端から見たら拷問のようにしか見えなくても。


「しっかし、リンもよくやるわよねえ。もだけど、あんた達自分の研究とかはいいの?」
「大丈夫、リンはすっごく優秀だもの!」
「で、お前さんは?」
「……今回の学会、論文落としました……」


ナルにブリザードかまされました……。


にやけたぼーさんに訊かれて、思わずあの時の恐ろしさを思い出してしまった。
リンがかばってくれなかったら、多分あと30分は冷ややかな罵詈雑言を浴びせられていたと思う。
終わった後に麻衣がおいしい紅茶を淹れて慰めてくれたけれど、それくらいぐったりと疲労困憊してしまった。


「リンのおかげで短くて済んだけど、あれはもうトラウマだよ……」


しみじみと呟くと、ジョンがにこりと笑ってうなずく。


   本当に、さんはリンさんがお好きどすなあ」
「うん!大好きよ」


臆面もなくうなずけるようになったのは、イギリス生活の賜物だろう。
顔が緩んでいる自覚はある。

でれりとしながらうなずくと、綾子さんとぼーさんに頭をなでられた。
綾子さんが優しく目を細めて(5つしか違わないとは思えない)、お母さんのような表情で笑う。


可愛いわねえ、と言われても、女の人に言われるのは嫌じゃない。


「そんなに好きなら、告白しちゃいなさいよ」
「えええ、今更だからいいよう」
「今更?もしかして、もう振られてるの?」
   内緒!!」


目を丸くした綾子さんに小さく舌を出して、そのまま横を向く。
やいのやいのとつつかれたけれど、わざわざ言うほどのことでもないだろう。
言ったら言ったで、また大騒ぎになるにきまっている。


ちびりちびりと紅茶を飲んで場をつないでいると、ベルの軽やかな音と共に(今ばかりは)聞きたくない声がした。


「おや、ずいぶん楽しそうですね。どうしたんですか?」
「よくきた少年!!今だなあ、がリンに   
「お茶淹れてきまーす!!安原君、コーヒーでいい?ココアも紅茶も緑茶もあるよ」
「あ、コーヒーお願いします。飲みながらゆっくり聞かせてもらいますから」


腹の読めない笑顔で言った安原君の言葉は笑顔でスルーし返して、給湯室に避難する。
手早くドリップで淹れて、安原君の前に置いた。
そして、誰かが何かを言う前に、お盆に乗ったままのもう一つのカップを見せて、口早に言い切る。


「リンもそろそろ休憩入れなきゃいけないから、資料室行ってくる!」
「あっ、こら!待ちなさい、!」


伸びてくる綾子さんの腕をするりとかいくぐり、中身をこぼさないように気をつけながら資料室に駆けこんだ。
少し奥に入れば呆れた顔のリンが出迎えてくれて、ようやく安堵の息を吐く。


「……何をしているんですか、あなた達は。ここまで丸聞こえでしたよ」
「綾子さん達、しつこいんだもん……」


大量の資料が積まれた小さな台にコーヒーを置くと、小さく微笑んだリンにお礼を言われた。
頬に添えられた右手が動いて、親指が目の下を軽くなぞる。


「寝不足ですね。くまが酷い」
「……学会の資料、多すぎるんだもん」
「自分の発表がない分、に回る分量も多いんですよ」


片目をすがめて苦笑したリンの目の下にも、うっすらとくまができていた。
日程が早まったから、きっとこのくまももっと濃くなるだろう。


「無理しないでね、リン。学会終わったら、デートしてくれるんでしょう?」
「ええ、もちろん。倒れないようにしますよ」
「絶対ね!」


ナルばっかり無理が目立つけれど、実はその裏でリンもたくさん無理をしていることを、よく知っているから。
何度も看病に行っているから、余計に心配になってしまう。


も無理せずに」
「もちろん。ものすごく頑張ってるわよ、倒れないように」
「……それが無理と言うんです」


日本語がわからなくなりましたか?と額を小突かれて、お返しできようがない高さにあるリンの顔をむっと見上げる。
多少首が痛いのは、もう慣れた。


きっともうしばらく、仕事としてしか会えないのがわかっているから、白いワイシャツをぎゅうと握る。


「リン。頑張ってる私に、ごほうびのちゅー、ちょうだい?」


デートまでの充電。
頑張るための、動力源。

つま先立っておねだりをすれば、温かい苦笑が返ってきた。




   よく頑張っていますね、




触れて、離れて、また触れて。


数度の軽いキスをリップ音と共に終えて、腕を伸ばして首に巻きつける。
多少戻るのが遅くても、あの分なら好意的に勘違いしてくれるだろう。

どうやって綾子さんたちをごまかそうかと考えながら、安心するリンの匂いにつつまれて、そっと目を閉じた。











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狭由良さんに捧げます!
茶会で「背伸びちゅー」に盛り上がりすぎて、ついつい調子に乗りました!
後悔はしていない!(笑)

当初の予定よりもさらに差がある40cm前後の身長差ですが、これくらいならつま先立ちちゅーになるんだぜ、きっと!!


お持ち帰りは狭由良さんのみとさせていただきますー。