「好きなように生きていいんだよ」


はよく、そう口にした。




出会ったばかりのあの頃も、悲しそうな目をして呟かれた。


「もっと……自由になって、いいと思う」


家とはいつか必ず向き合わなければならないのだと、ジェームズにすら言われ続けていた。
だからその言葉は、俺にとってとても大切なものになったんだ。

自由であれ。
己の家から、自由であれ。


単なる女の言うことと、聞き流すこともできたはずだ。
けれど俺には、それはどうしてもできない。
その言葉を支えに、俺はこの数年間を過ごしてきた。


は余計なことはしゃべらない。
一緒にいても、思い出したようにぽつりぽつりと口を開くだけだ。

けれど俺はその静けさが心地よくて、暇を見つけてはの元にせっせと通った。
ジェームズやリーマスにからかわれながらも、といることが幸せだったあの頃。


   あの笑顔に、悲しそうな色が混ざり始めたのはいつからだったか。


「何かあったのか?
「ううん、何でもないよ」


尋ねれば必ずかぶりを振るけれど、答える目はやっぱり悲しそうだ。
そしていつも、その問答の後にいつもの言葉を言う。


「シリウス。好きなように生きて、いいんだよ」


同情ではない。
蔑みでもない。
労りでもない。


   じゃあ一体、これは何だ?


わからないまま、ただ時間だけが過ぎていく。
それに比例して、がその表情を浮かべる頻度も多くなっていって   




   遊びだったのかよ」




あの日、俺達は別れた。


俺はあんなにが好きだったのに。
が悲しい顔をするのを見ていられなくて、他の女で気を紛らわせただけなのに。


一体いつから、俺はあいつに遊ばれていた?


そんな思いをくすぶらせながら卒業をして、騎士団としての活動が始まった。
毎日が変化に富んだスリリングなもので、の影も徐々に薄れていく。
遊ばれていたという事実が腹立たしくて、忘れようとがむしゃらに働いていた日々は、いつの間にかそれ自体が充実したものになっていた。


「なあ、シリウス。君、女遊びしなくなったね」


ある日ふとジェームズに言われるまで、そのこと自体を忘れていたほどだ。


「ん?ああ、そういやそうだな」
「ホグワーツ時代はあんなに激しかったのにねえ。一体どんな心境の変化なんだって、実はリーマスとも話してたんだよ」
「何話してんだよ」


よくもまあ、そんなくだらないことで盛り上がれるものだ。
呆れてため息をつくと、ジェームズが気まずそうに笑う。


「……に、関係あるのかって、そう話してたんだよ」


どこか言いにくそうに告げられたその言葉に、反射的に顔が強張るのがわかった。


一体どうして、あいつが出てくるんだ。
あいつはもう、関係ない!


「……3年も前の話だ。関係ないだろ」
「そうかい?君が遊ばなくなったのも、ちょうどその時期じゃないか」
「何が言いたいんだよ!」


これ以上この話をしたくない。
いらつく感情そのままに怒鳴っても、ジェームズは神妙な顔を崩さなかった。


   なあ、シリウス。は、本当に君が好きだったんだよ」
「ありえねえ!」
「どうしてそう言える?」
「それなら、どうして別れようなんて言い出すんだよ!」


自由であれと、そう押しつけて去って行った。
他の女のことを知っても怒るどころか、そちらに行けと言った。

そんな奴が、どうして俺を好きだと言える?


ためこんでいた言葉を吐き出して睨むと、ジェームズは悲しそうにかぶりを振った。
何をしたいのか、何が言いたいのかがわからずに、余計に苛立ちが募っていく。


「ずっと前、ホグワーツを卒業する直前。リーマスから、一度だけ聞いたことがある」


静かな声で口を開いたジェームズの言葉は、信じられないものだった。


は君が好きだったから、別れたんだって。君が離れていくのが怖かったんだって」


お互いに気を遣って、疲れて、すりへって、そうして別れることが怖い。
自由であってほしいと願った相手が、自分のために行動を制限されるのがたまらない。
足枷にしかならない自分が憎い。
シリウスに気を遣わせてしまう自分が許せない。


何度も何度も問い詰めて、はようやく泣きながら漏らしたのだという。


   嘘、だろ」


そんなやりとりがあったなんて、知らなかった。
リーマスがとそれだけ親しかったなんて、聞いたこともなかった。
がそんなに悩んでいたなんて、思いもしなかった。

俺の前のあいつは、いつだって微笑んでいたから。


「君達、言葉が足りなすぎたんだよ。怖くても面倒でも、とにかくもっといろんなことを話すべきだったんだ」


の態度が変わったと感じても、俺は何も訊かなかった。
にも何か考えがあるんだろうと、そう思っていた。

あの時どうしたのかと訊いていれば、生温く心地いい空気に甘えていなければ、何かが変わっていたんだろうか。


「……やり直せると、思うか?」


噛みしめるように呟くと、ジェームズがひょいと肩をすくめた。


「さあね。もう3年も経ってるし、に恋人がいても不思議じゃない。僕みたいに、結婚してるかもしれない」
「……だ、な」


それでも、せめて謝ることくらいはしたい。
ずっと誤解していた馬鹿な俺を、は許してくれるだろうか。
許されなくてもいい、ただ謝りたい。


……どうしてるかな」
「僕ら、彼女とは音信不通だもんね。リーマスならこまめに連絡をとってるかも   あ、リーマス!」


疲れた様子で帰ってきたリーマスを、これ幸いとジェームズが呼び止めた。
角砂糖を7個入れた紅茶を差し出しながら、もしかしたらという淡い期待を込めて、口を開く。


「なあ、   、が、今どうしてるか知ってるか?」


訊いた瞬間、リーマスの顔の影が濃くなった   気がした。
ゆるりと視線をあげたリーマスの表情は、さっきまでよりもさらに暗い。




   は半年くらい前に死んだよ」




「…………は?」
「死喰い人に殺された」


知らなかったのかと、呟く声が遠くに聞こえた。


   そんな、馬鹿な。
あいつのどこに、死喰い人に狙われる要素がある。
だってあいつは純血で、魔力だってそれほど高くなくて、それほど優秀でもなくて   




   


無意識にもれた自分の声が、他人のもののように聞こえる。
ジェームズの手が肩をきつくつかんだ。
圧迫感からいってかなり強い力のはずなのに、痛みすら感じない。


   もう、何もかも遅かった。











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葵さんのリクエストで、「シリウス浮気して別れる話」でした。
「かたく目をつむった」の対。


同じ内容を違う視点から見るだけというのはあまり好きではないので、(読む分にはいいんですが、書いてるとなかなかつまらないんです…)どうしようかとこねくり回したあげく、かなり未来の話になりました。
2人が別れたのが16歳の時、このお話現在では19歳。
19で結婚は早いかなあとも思ったのですが、社会に出て2年目と考えれば、ありえないことでもないかな?と。
ジェームズは結婚早いと思います。絶対!(笑)


ヒロインは死亡か音信不通かでかなり悩んだのですが、流れ的にベタでも死亡が妥当だと判断しました。
何となく、このお話は希望を持たせちゃいけない気がします。
希望を持たせること自体がおこがましいというか…シリウスに対して失礼な気がして…。
死亡ネタが苦手な方がいらしたら申し訳ないのですが、なるべくネタバレはしたくなかったので、あえて何も表記はしていません。


お持ち帰りは葵さんのみとさせていただきます。
リクエストありがとうございました!