なんだか最近、芳桂先輩の様子がおかしい。
急にそわそわしたり、物憂げにため息をついたり、目を閉じてじっと考え事をしたり。

何か心配事とか、悩み事とかあるんだろうか。
……頭痛の種には困らない生徒会だから、悩み事は常にあるんだろうけれど。


けれど、最近の様子は、そういう悩みとは少し違うように感じる。


「先輩、どうかしましたか……?」


そっと問いかけてみると、先輩ははっと我に返ったようにこちらを見た。
瞬きもせずに凝視されて、居心地の悪さにもぞりと身じろぎをする。


   ええ、はい、大丈夫です」


なんだか頼りない返事だけれど、先輩がそう言うなら信じたい。
こてりと小首を傾げてそうですか、と答えると、何故かますます見つめられた。

ち、ちょっと先輩、勘弁してください。
顔が赤くなりますから!
っていうか、今の時点でもう赤いのは自覚してますから!!

意味もなく視線をさまよわせて、山積みになっていた書類に目を留める。


「あ、わ、私、これの整理やりますね!」


逃げるように書類へと駆け寄り、一枚目を手に取った。
その拍子に。




「いたっ……!」




紙で指を深く切ってしまった。
思わず手を引っこめると、そこからじわじわと血がにじみ出てくる。
鋭い痛みに涙がにじんだところで、慌てたような芳桂先輩が近づいてきた。


「大丈夫ですか!?」
「はい、ちょっと指を切っちゃって……」


涙をごしごし拭きながら情けなく笑う。

正直痛い。ものすごく痛い。
だけど、先輩に心配をかけたくない。

そんな気持ちとは裏腹に、痛みは勝手に涙をにじませる。
……思ったよりも深いなあ、この傷。


「……あなたは、いつも頑張りすぎです」


怒ったような声で、先輩が何とも言い難い表情になった。
流れるような仕草で私の手を取ると、自然な流れでそれを口元に運ぶ。

ちろり、と覗く赤い色。
同時に指先に触れる、温かく湿った感触。

それが何かを悟った時には、何故か視界が回転していた。




   そのくせ、隙だらけだ。私だって男なんですよ?」




熱に浮かされたような瞳が、やけに真剣な声音が、
   怖い。

さっきまでとは違う涙がじわじわとこみあげてくる。

怖い。こんな芳桂先輩は知らない。
誰か、助けて   


「お疲れ様!   って、あれ……?」


入り口から場違いなほどに明るい椿先輩の声が聞こえたのと同時に、身体の呪縛が解けた。
嘘のように動くようになった手で芳桂先輩をぐいと押して、一目散に生徒会室を飛び出した。


「え   ルカちゃん!?」


芳桂君、どうしたの、何があったの   

そんな声が聞こえてきたような気がしたけれど、ただひたすらに走り続けた。
逃げ場を探して。