花街に定休日が無いのと同じに私の仕事も決まった休みというものがない。
別に花街に限ったことでは無くサービス業を営んでいる職業の人ならば誰だって同じ状況だろう。休みだからこそ自由になる時間が多くサービス業が繁盛する。
今日も今日とて午後に入って間もない頃、仕事道具を入れた道具箱を背に担いで先日姐さん達に頼まれたお使いを果たしつつ、まだ人の少ない花街へと向う。
店先の掃除をしている遊郭勤めの男たちと会釈を交わし、二階の窓から手を振る素顔の女たちへと笑顔を返す。
青々とした空のもと、夜の匂いがほのかに漂う花街はどこか寒々とさえしていた。
色鮮やかな明かりと装いが所狭しと並んでいた遊郭の建物は暗色に包まれ、確かに同じ場所に立っているはずなのにまるで違う。

気だるげに足を擦りながら歩く帰路につく男たちの中、やけに美しい姿勢で道の端、店の軒下を歩く一人の男がやけに目立った。
肩ばった感じのしない伸ばされた姿勢は彼が無理にその姿勢を維持しているわけでは無く、身体に身に付いたものなのだという事を教えてくれる。
本人はあれでも隠れているつもりなんだろうが、如何せんその身から滲み出るどころか垂れ流し状態のセレブオーラが逆効果だ。頬杖を付きながら熱っぽい視線を送ってくる女たちがいい証拠。
先をゆくお嬢様はそんな家人の存在に気づくどころか小さな体を目一杯動かして大人たちの間を駆け抜け、目的地へと向かっている。

今日の訪問先は胡蝶のところだから下手したらこのまま目的地までこの可笑しな構図を続けなければ成らないかもしれない。
肩を落とした拍子にずれた背負い紐を直し、溜息を吐くと青銀色の男へと足先を向け直した。


「隠れているつもりなんだろうけど目立っているよ、静蘭」


驚かさないように道具箱で少々大きめな音を立てると、声をかけた相手である静蘭は言葉を言い終える前に俊敏な動きで振り返った。
首を動かすのに合わせてばさりと音をたてて流れた髪ににこりと笑みを浮かべると、静蘭は自分が馬鹿にされたと思ったのか整った顔立ちをぐしゃりと歪める。
実年齢は私よりも上だろうに経験の差からどうしても幼く見えてしまう静蘭は、まるで小学生男子の様に私が姿を見せると嫌そうな表情をして悪態をつく。
子供じみた台詞はそれが彼の本心では無いことを教えてくれるので、顔を覆って泣伏したり、怒りに拳を突き上げて追いかけまわす、なんて悪ふざけはしない。
ガチガチに固められた楽しくも面白くもない生活をしていた反動だ、と思って隣の悪ガキを微笑ましく見守る年上のお姉さんの如く慈愛に満ちた対応をしてやっている。

というのになぜか本人はそれが気に入らないらしく、私が声を掛けただけで己の美貌を排水路に捨てるかの様な表情をしてくる。
私は何か間違えたのだろうか?


「あなたですか」
「はい、私です。静蘭は今日も秀麗ちゃんの護衛か、御苦労さま」
「別にあなたに感謝される事ではありません」
「うん、そうだね。でもありがとう」


感謝と謝罪の言葉ほど言いそびれて後悔する言葉はない。そう私に零したのは誰だったろうか。
表情や声が思い出せないその人だが、何故かその時に自分が感じた痛いほどの悲壮感は薄まらずに深く刀傷の様に残り続けている。
思いは相手と会えなくても続けることもできるが言葉というのは相手に伝わらなくては意味を成さない。
だから私は言葉にする。ありがとう静蘭。君が愛情を忘れなかった、その愛情への執着に私は感謝するよ。


「どうせ静蘭も胡蝶さんところに行くんだろう?」
「私はお嬢様が心配なだけで、妓楼に用があるわけでは…」
「でも目的地は一緒だよ。それでよかったら一緒に行きませんか?静蘭くん」
「…なんであなたはそんな言い方しか出来ないんですか」
「ふふ、それが褒め言葉なら嬉しいんだけどな」
「褒めていませんよ、勘違いしないで下さい」


21世紀でも大きい方だった私の身長は、ここでは余計際立って高いらしいがそれよりも更に高い身長である静蘭の隣に並ぶ。
仕事着として使っている旅服だから男女の中には見られなくても、派手な柄物を着用しているこの界隈ではそれなりに名前の知られている私と並み居る妓女が声をかけても袖を降る静蘭では余計目立たないだろうか。
秀麗ちゃんにバレると思って冷やりと背中に汗が伝うが、小さな少女は目的地を目指す事に頭がいっぱいで周囲の様子に気づいていない様だ。
鈍い、と言わざる負えない。数年後に彼女に思いを寄せることになるであろう隣を歩く男の弟を不憫に思った。

歩く度に僅かに肩からずれ落ちる荷物を背負いなおしながら、特に会話らしい会話もせずにひたすら目的地へと向かう。
隣をちらりと見やれば静蘭の視線の先では秀麗ちゃんがすれ違う知人に挨拶を交わしていた。
彼女のことはとても好きだし可愛いとは思うが、静蘭をこうも独占してくれているのを考えると少々妬ける。
少女マンガの様に甘やかで華やかさなど微塵もありはしないが、私の今までの経験が知らせてくるのは密やかな愛情。


「静蘭の中では一番は秀麗ちゃんなんだね」


そしてきっと二番目は邵可さんや劉輝。それでおしまい、その他は十派一絡げ。
自分が物語の中心を担えるほどとは思ったことなどない。一皿100円で売られている
様な容姿と物珍しさは認めるが特出しているとは言い難い特技。
誰にも負けないものなんてこの手のひらには一つとしてありはしない。

――――――――なんて事があれば楽しいんだけどさ。


「…駄目だ、構想が浅すぎて続きが浮かばない」


下手に会話して声を聞かれたら秀麗ちゃんに気付かれると思って妄想にふけってみたが、少女マンガみたいな展開しか思い浮かばない自分の頭に顔を顰める。
そりゃあこれだけの美形と知り合いなのだからそれなりに淡い感情は持っているが、それから先、恋愛や結婚といった内容を静蘭相手に考えろと言われたら長考した末にお断りをする羽目になるだろう。
だって相手は排斥されたとはいえ元王子、現国王の兄、しかも第二王子とか本気で国王の座を狙えたポジションな人。
長男の嫁なんか目じゃない昼ドラ的展開が待ち受けているのが目に浮かぶ。
希望としてはどっかの三男あたりと結婚して二人で小さいながらも楽しい我が家で暮らしていきたい。

道中を共にすると自分から誘っておいて行き成り真面目な表情で黙ってしまったに静蘭は横目で怪訝そうに見やる。
普段なら煩いくらいから声を掛けてくるし、どうにも苦手意識の強い相手では自分から話題を振るとしてもどんな内容にすれば最良なのか分からない。
幼い頃の王宮暮らしで少なくとも市井に暮らす者よりは多くの人と陰謀を目にして育った静蘭は、彼女に会うまでその経験は少なからず自分の人を見る目を鍛えてくれていたと思った。
だが初めてに会ったその日にそれは脆く崩れ去った。木端微塵に。


「さて、静蘭は今日もお勤めあるんだろう?」
「あ、はい」
「なら残りの道中は私が秀麗ちゃんの共をするよ」


それなら安心だろう?―と彼女は朗らかに笑いながら小さな声で囁く。

まただ。
確かに賃仕事の時間が近づいてはいるが、それを悟られるような表情をした覚えは無いのにどうして彼女は気づくのだろうか。
笑って相手の望むであろう言葉を返せば大抵の人は騙せた。大人も子供も老人も全部。

騙せないのは、一部の年上である人たちと自分よりいくつか幼い彼女だけ。


「分かりました。お嬢様をよろしくお願いします」
「うん、お願いされました」


まるで年の離れた姉が幼い弟にするように、は静蘭の頭をひと撫でしてから足早に秀麗の背中を追い掛けた。
彼女が去ったその場に残ったのは、言葉には表現できない複雑な感情に表情を凍らせている静蘭だけ。












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ずっとずっと片想いだったサイト様の管理人さん、樋口さんからいただいちゃいました!
どういう経緯で頂くことになったのかはさっぱりぽんですが(コラ)大好きだった彩雲国の連載ヒロインのお話をリクエスト☆

樋口さんのお話はどれも魅力的で、だからこそ閉鎖がものっそい悲しかったです…。
移転した時もしばらく様子を見てからリンクを貼ろうと思ってたのに、閉鎖だなんて…!(号泣)
だからこそ、これはとっても大事な宝物です。


樋口さん、どうもありがとうございました!大好きー!!
(あれ、これって40万打とかのお祝い品でしたっけ?違いましたよね…!?)(←後日確認を取ったところ、樋口さんが私の名前の読み方間違えてたすんませんー!ってなわけで、お詫びの代わりに私がおねだりしたらしいです(笑)ややこしい名前万歳!)