女性役人登用制度もずいぶん進んだと、この夫婦を見る度にそう思う。
それはきっと僕だけじゃなくて、中書部のみんなが思っていることだろう。


「ほら、きりきりさばいてください。あなたの仕事はまだまだ残ってますからね、氾仙」
「ちょ、あの、私もう5時間も働きづくしなんですけど……少しは休憩があってもいいんじゃないですか?」
「休憩?」


氾仙様の言葉を聞いた娘娘さんは、片眉をつり上げてはっと鼻で笑った。


「どの口がそんなとぼけたことを言いやがりますか。そうですか、この口ですか」
「痛い痛い痛い痛い、痛いですってば娘娘」
「あなたが昨日の昼間に抜けだした分の書類です!自業自得でしょうが!」
「たった半日いなくなっただけでこんなにたまるのがおかしいんですよ」
「それだけまだまだ、問題が山積みだということです。ほら、休む暇があったら手を動かす」
「私、正式な役人じゃないんですけどねえ……」
「使えるものを使って何が悪いんです。いいからさっさとおやりなさい」


……すっかり尻にしかれてますね、氾仙様。
そして、お見事です娘娘さん!

氾仙様がいないと、もう仕事が止まって止まって……!!
僕達だけじゃ限界なんです、氾仙様。
氾仙様が部長にいてくれないと、やっぱり成り立ちません。


外国人が多いこの地域は、それだけカルチャーショックというものも多いらしい。
あれこれと舞い込む問題の書類は、僕達だけじゃとうていさばききれない量だ。
それを氾仙様はかるがるとやってのけるんだから、さすが市長を兼任しているだけあるなあ……。


尊敬の目で氾仙様を見ていたら、「おや周坊、私の仕事を代わってくれるんですねありがとうございます」とか言う言葉と共に、いつの間にか僕のデスクの書類が2倍に増えていた。

本当にいつの間に移動させたんですか、氾仙様……!
僕の許容量をものすごく超えています!


「ほら、仕事が減りましたよ。休憩!休憩!」
「単に周坊に押しつけただけでしょう、あなたは。まったく……」


とかいいながら、娘娘さんもしっかりとお茶を淹れてあげている。

ダンッって音がしたけど。
力の限りに置いてるけど。

あれも照れ隠しなんですよね、娘娘さん!


「周坊、何を見てるんですか?そんなに暇なら――」
「いえもういっぱいいっぱいです!氾仙様にお返ししたいくらいです!」


娘娘さんに恐ろしい笑顔で睨まれて、慌ててぶんぶんとかぶりを振る。
これ以上仕事が増えたら、本当に過労死する……!


そんなことを必死に訴えながら、こっそりと今日の娘娘さんの簪をチェックする。
純銀でできた細かい透かし模様に、水晶と青金石のしだれ飾りがついていた。
その他についている漆塗りのものにも、金粉と銀粉が惜しげもなく振られている。


娘娘さんの簪は、全部氾仙様が贈っているものだ。
さすが氾仙様、センスがいい。
僕も将来、彼女にあんな簪をあげられるようになりたいなあ。


うっとりと(こっそりと)ため息をついていると、お茶を一口飲んだ氾仙様がほうと吐息をもらした。


「青茶ですか……いい味ですね、さすが娘娘です」
「当然でしょう、質の悪い茶葉など認めません。それより氾仙、私の名前は娘娘などではないと何度言ったらその馬鹿な頭に届くんですか」


射殺しそうな娘娘さんの視線に、向けられてもいないのに部内全員(氾仙様除く)が震え上がる。
今絶対、室内の空気が何度か下がった……!
けれど氾仙様はどこ吹く風で、それどころか甘い笑顔になった。


「それを言うなら娘娘、私だって氾仙なんかじゃありませんよ。ほら、名前を呼んでごらんなさい」


娘娘さんの顎をつまんで、うっとりするような美声でささやく。

あの空間の中で、どうやったらあんなに甘い声が出せるんだろう。謎だ。
氾仙様だからって理由で納得しなきゃいけない謎だ。

しかも何故か、それを聞いた娘娘さんが一瞬で真っ赤になった。


「そっ……れ、は――!!」
「ほら、呼んでくださいよ――芳桂?」


最後は完全にささやくような声で微笑んだ氾仙様の手を、娘娘さんがばっと振り払った。 しゃらりと簪が鳴る。


「なっ……にを、馬鹿を言ってるんですか貴方は!!いいから仕事をしやがりなさい!!」
「はいはい。可愛い妻のために頑張りますよ」
「妙なことを言わないでください、このクソ氾仙!!」


……ああ、照れ隠しなんですね。
よくわかりました。


「名前で呼ぶのは、お互い家だけで充分でしょう?」


笑みを含んだ氾仙様の声は、どこか艶もあって――。
聞いている方が恥ずかしくなってしまうほどだった。












ばしん、と頭に強い衝撃が走って、反射的に顔を上げる。
目の前には恐ろしい娘娘さんの笑顔があって、ぶるりと寒気が走った。
けれど――あれ?


「娘娘さん、簪どうしちゃったんですか?」
「私がどうして簪なんぞをつけなければならないんですかこの馬鹿者が。とんだ常春には、やっぱりおしおきが必要ですね」


にっこりとさらに綺麗に恐ろしく微笑んだ娘娘さんは――そうだよ、男じゃないか!!


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいすみませーん!!」
「今更謝っても無駄ですよ。ほら、追加の仕事です」
「ひぃぃぃぃ!!」












(こりずに続く、禁断のパターン。後悔はしていない!)