さんは、いつも笑顔で俺を翻弄する。


いつの間にこんな気持ちが育っていたのか、第一どうして、よりにもよってあの人でなければならなかったのか。
考えれば考えるほど不毛なそれに、いっそ苛立ちを感じることも多いが、それももう仕方ないと腹をくくった。


観念しよう。


俺は、さんのことが好きだ。
どうしようもなく不安定でとらえどころがない、あの人を。


自覚してからは、さんを見るたびに心臓が不規則に跳ねるようになった。
いつ来るかわからないから、余計にその姿を追い求めてしまう。


……くそっ、俺はいつからこんなに不抜けになったんだ!?


「日吉ー、お前の番だぞ」


海田に声を掛けられてようやく、またレギュラーのコートを見入っていたことに気づいた。
その先には、忍足さんとなにやら楽しそうに話しているさん。

忍足さんが何かを言うと、さんが少し怒ったような表情になった。
それを見た忍足さんが苦笑してその頭をなでて、さんが抱きついて。

途端にいらつくのを自覚する。


「日吉」
   ああ、悪い」


もう1度呼ばれて、無理矢理視線をはがす。


「気持ちはわかるけどなあ。集中しないと跡部部長に怒られるぜ」




   何だって?
俺がさんを見ていたなんて、こいつにばれていたのか?




思わず跳ねた心臓に気づかれないように注意しながら、海田の表情を探った。


「早くレギュラーになりたいよなあ。準レギュは実質大きな試合には出れないし」


そうして続いた言葉に、見当違いだったかと息を吐く。


「そうだな」


適当に話を合わせてうなずいて、笑いあうさん達を振り払うようにしてラリーを続けた。

始めは基本の形で、調子が出てきたら俺独特のスタイルで。
時間いっぱいまで無心にボールを追っていたら、いつの間にかさんの姿がレギュラーのコートから消えていた。


   今日はもう帰ったんだろうか。


挨拶もなしに帰られたことに少しショックを受けながらも、所詮俺はただの後輩なんだからと自分に言い聞かせる。
こんな些細なことで動揺する自分が、酷く情けない。


   くそっ!」


小さく毒づいて苛立ちを吐き出し、頭を冷やそうと水道に向かった。
思いっきり蛇口をひねって、頭から水をかぶる。


暑さに茹だっていた頭が冷えると一緒に、冷静さまで取り戻せた気がした。
水を吸って重くなった髪をかき上げて、手探りでタオルに手を伸ばす。


   え?」


ない。

確かに置いたはずだと顔を上げようとした時、横から声をかけられた。




「これでしょ?」




   まさか。




手に乗せられたタオルを握りしめて勢いよく顔を上げると、さんが驚いたような表情で立っていた。
顔にはいくつか水滴がついている。


「……さん」
「びっくりした……」


手のひらで水滴を拭いながら笑うさんに、思わず受け取ったタオルをまた差し出す。


「どうぞ」
「え、大丈夫だよ?これくらい。それよりヒヨ君が使いなよ、びしょ濡れだよ?」


あっけらかんと笑ってタオルを押し返すさんは、自分が濡れていることなど気にしていないようだ。


「ですが   
「いいから!風邪引いちゃったら大変でしょ、身体は大事にしなきゃ駄目だよ」


怒ったような声と共に、頭からタオルをかぶせられた。


「汗だくだから水かぶりたくなるのもわかるけど、ちゃんとしなきゃね」


ごしごしと少し乱暴に拭かれて、その指の感覚がはっきりと伝わってくる。


さんに、髪を拭かれている。
そのことをはっきりと自覚して、顔が熱くなるのを感じた。


……タオルで隠れていてよかったと、心底そう思う。


   自分でできます」
「あ、ごめん」


必要以上に力を入れて髪を拭いていると、さんの楽しそうな声がした。


「ヒヨ君って、額の形綺麗なんだね」
「……は?」


思わずタオルを取り落とすかと思った。
いきなり何を言い出すんだ、この人は。

じっと見つめても、さんはにこにこと笑っているだけだ。


「いつも前髪で隠しちゃってるでしょ?なのにニキビもないし、生え際のラインも綺麗だし……うらやましいなあ」


しみじみとそう言ったさんは、ついと手を伸ばして俺の前髪に触れた。
濡れて束になっていた髪が、その動きにあわせて下に落ちてくる。


「テニスやってる時も見にくそうで危ないし、梳いて横に流しちゃえば?絶対似合うと思うよ」
「そうですか?」
「うん!」


眩しいまでの笑顔を、何のためらいもなく向けてくるさんが、時に憎らしくなる。

それを見る度に、俺がどんな気持ちになっているか。
この人は考えたこともないに決まってる。


「前髪、見にくくないの?」
「いえ、特に不便は感じませんね」


何気ない風を装って答えながらも、顔が赤くなっていないか気が気じゃない。

あまり近づかないでほしいと願いながら、さりげなく1歩離れる。
それに不思議そうな表情をしたさんは、けれどすぐに笑顔になった。


「それじゃ、私もう帰るね!ヒヨ君に挨拶していきたかったんだ」
「わざわざありがとうございます」
「ううん、私がしたかっだけだもん」


照れたようにかぶりを振って、じゃあねと手を振るさん。
無邪気な笑顔がまぶしくて、小さく目を細めながら頭を下げた。


「また来るね、その時は遊んでほしいな」
「休憩中になら、いくらでもお相手しますよ」
「うん!」


晴れやかな笑顔でうなずいたさんを見送り、練習に戻ろうと踵を返す。
返したところですさまじい表情の忍足さんと目が合い、思わず顔が引きつった。




「日吉……自分、に何色目使っとんねん」
「一体どこをみたらそうなるんですか」
「みえみえやんか!!」




妙な所で勘の鋭い忍足さんには閉口するが、俺の方もさんとべったりのこの人が憎い。


「忍足さん」
「何や?」

「妙な勘ぐりはやめてください。迷惑です」


きっぱりと宣言して釘をさして、今度こそコートに戻った。


   この夏こそレギュラーを勝ち取って、少しでもあの人達と同じ位置に立てるように。











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花月様からのリクエスト、「他のキャラといるsiestaヒロインを見て嫉妬する日吉、内心で葛藤」でした。
何の因果かsiestaで唯一恋愛感情を持っちゃった可哀相なキャラ、意外と皆さんに好評のようで嬉しいです(笑)


日吉は意外と未熟なイメージがあるので、そのあたりを悶々と。
山ナシ落ちナシで申し訳ありません…!!(ヒィ!)
ヒロインもどんどん阿呆な子になっていって…(笑)
恋愛感情に鈍いのは、女子校に通っていた私の経験からなのですが。
ちょっとこれは酷すぎない か ?とか思う今日この頃です(でも変えない)(だって今更だし!!)

これからも日吉には悶々としてもらう予定です!(酷)
花月様のみお持ち帰り可となっております。
リクエストありがとうございました!