本当は、ほんのちょっとだけ好奇心があった。


巷でギャグキャラとダンディキャラに2分化されてる榊監督って、本当はどんな人なのか。
私が行く時にはいつも練習に来てないし、お互い顔すら知らない状態だし、いつになるのかとは思っていたけれど。


そんな榊監督との、出会いの話。












、榊監督が呼んでたぞ」
「え?監督が?」


べったまじゃなくて、私が?
何かの間違いじゃないかと首を傾げてべったまを見れば、彼自身も不思議そうに眉根を寄せていた。


「第2音楽室でお待ちだ。樺地をつけるから早く行ってこい」
「はぁい」


何の用だかわからないけど、監督は部活の総括だもんね。
部外者がきてるなら、一度会っておかなきゃっていう意味なのかも。

怒られないといいなあと思いながら樺地の後をついていったら、ややして1つのドアの前でぴたりと止まった。


「ここ?」
「ウス」
「そっか。終わったら携帯で連絡するから、練習に戻っててもらえるかな?」
「ウス」


素直にこっくりうなずいてくれた樺地に手を振って、音楽室の扉をノックする。
防音扉だから中の声が聞こえるはずもなく、ある程度間を開けて勝手に開けた。


「失礼します」
   ああ、君か」


誰だと思ったんだアンタ。
そんなことを思ったけれど、もちろん口に出すはずもない。


丁寧に頭を下げて中に入ると、私の好きな空間が広がっていた。
木の床、嫌味じゃない防音壁、広い採光の窓。

最近は味気ない音楽室がほとんどだから、ぬくもりを感じるこの部屋が一目で気に入った。




「……ここは、居心地がいいだろう?」




小さく笑った監督にそう声をかけられて、ようやく自分がぼうっとしていたことに気づく。
……恥ずかしい!(オマイガッ!)


「すいません!」


慌てて頭を下げると、優雅な仕草で止められた。


「いや、気にするな。私もここが気に入っていてね、暖かみを感じるだろう?」
「はい」


こんなものしかないが、とパイプ椅子を勧められて腰かけると、ソーサーなしのカップだけで紅茶を渡される。
ソーサーがあってもそれを置く場所がないから、監督のその気遣いが嬉しかった。

ダージリンだろう中身をちまちまと飲みながら、こっそり監督を観察する。


……想像してたより、ずっとまともな服装だな(失礼)
もっとこう、紫の薔薇の人みたいな格好をしてるのかと思ってたけど……。


スーツは上品なダークグレイだし、ワインレッドのネクタイも大人の男の人よろしくよく似合ってるし、胸ポケットからのぞいてるハンカチも真っ白で綺麗。
漫画とは随分違うなあと思っていたら、監督が首を傾げた。


「……どうかしたか?」
「あ、いえ」


慌ててかぶりを振ってごまかして、ちょっと冷めていい感じになった紅茶を一口飲む。
うん、やっぱりダージリンだ。


「榊監督、どうして私をお呼びになったんですか?」


監督を観察してたせいですぱっと忘れていたけど、こちらとしてはむしろそっちの方が不思議なわけで。

小さく首を傾げて尋ねると、監督は長い脚を組んだ。
するり、と小さく響く衣ずれの音。


「……氷帝は、君にとって居心地がいい場所か?」
「え?あ   はい」
「そうか」


それならいいと、監督は小さく微笑む。




「跡部から、君に関しての話は多少聞いている。   帰る場所がないのは、やはりつらいだろう?」




「……っ!!」


嫌味でも好奇心でもなく、純粋に労るようにしてそっとささやかれた言葉。
その優しさに、とっさにこらえることができなかった。

せめて声がもれないように、両手で口をふさぐ。
盛り上がって流れそうな涙を必死に止めていると、監督に柔らかく頭をなでられた。


「誰にも言わない、我慢せずに泣きなさい」
「かんとく……」


駄目、泣いてはいけない。
誰の為でもない、自分の為に。


「泣いちゃ、駄目なんです」


泣いたら、今までの私の全てを否定することになってしまう。


私は元気な子。
いつも笑ってる子。


そうやってきた私が、こんなに簡単に崩れるなんて、許せない。

血が出るんじゃないかと思うほど唇を噛みしめて、手を握りしめて。
そんな私の手を開かせて、監督は大きなその手で私の不格好な手をゆっくりとなでた。



「……私は何も見ていない」



だから、君の好きなようにしなさい。


そう言われても、どうしようもない。
だって、泣かないのが私の意思なんだもの。

かたくなにこらえている私をじっと見て、監督が困ったようにため息をついた。
そのままピアノに向かうと、かたりと小さな音をたてる。

……蓋を開けたんだ。


有名なコンサートホールで必ずと言っていいほど使われている、あのスタインウェイの社名が見えた。

さすが氷帝、こんなところにも惜しげもなくお金を使ってるのか。
実はちょっぴり憧れていたピアノを久し振りに見て、泣きたいのを少し忘れてピアノに見惚れる。
一時期音大の先生に習ってた時に、レッスンの時に弾いてたけど、本当にいい音がするんだよなあ……。


そんな事を考えていたら、監督が静かに何かを弾き始めた。


   この曲を、知っている。


ショパンのノクターン第1番、変ロ短調。
静かな静かなさざめきのような旋律が、じわじわと私の中に浸食していく。


お泣きなさい、誰も見てはいないのだから。
そう促してくる音色にうなずいて、そっと涙を開放した。












結局監督はその後もショパンを何曲か弾いてくれて、私がようよう涙をひっこめた頃にその手を止めた。


「落ち着いたか?」
「はい。お気遣いありがとうございます」


今度の紅茶はダージリンじゃなくて、ちょっぴり気持ちが和むジャスミンティー。
どこから出してきたのか全く謎なガラスのティーポットの中で、茶葉が綺麗に咲いている。


「最後のノクターン4番、元気が出ました」
「そうか」
「殻を打ち破らなきゃ、って言っていただけてるみたいで。私ももっと前を見なきゃ駄目ですね」


ガツンと言われた気がして照れ笑いをすると、監督もものすごく優しく微笑んでくれた。


たまにはこちらにも顔を見せなさい、と気持ち良く送り出してくれた監督。
という事は、テニス部に遊びに来る事も容認してくれたわけで。


ああもう、監督ってばいい男!











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花月様からのリクエスト、「siestaヒロインで榊夢、ピアノを弾いてもらって涙が止まらない」でした。


太郎を書くことになろうとは夢にも思っていなかったので、実はリクエストいただいた時にものすごく焦りました(笑)
え!?太郎!?みたいな。
巷のトリップではギャグキャラになりがちな太郎ですが、うちでは絶対にダンディな人になってほしい!
そんな気持ちをこめまくって、侑士以上に大人の男を目指しました。

うちの太郎さんは、普段は服のセンスは悪くないんですよ。
ここぞというときに頑張りすぎて、ちょっとエー?みたいなセンスになっちゃうだけで(笑)
普段は普通の格好です。普通のスーツ。

花月様のみお持ち帰り可となっております。
リクエストありがとうございました!