小さく小さく、縮こまって寝ているのを知っている。
そういう夜の次の日は、大抵うっすらとくまを作っているのも知っている。

隣の部屋だからこそ微かに聞こえる、呻き声も知っている。


それでも頼ってくれないのは何でなんだよ、












   ああ、まただ。


壁越しに伝わってくる、ごそごそという小さな衣擦れの音。

隣でがどうなっているのかなんて、見なくてもわかる。
眉間に皺よせて、丸まって、何度も寝返りをうってるんだ。


それでも朝になれば笑顔で顔を見せるのがわかっているから、今までは何もしなかった。
何も言わなかった。


が笑うなら、俺はそれを尊重しようと決めていた。




「……意地っぱり」




は、「自分」を崩されるのをとても嫌がるから。
いつも笑っていたいと、そう思っているから。


……いつまでもごまかせると思うなよ。


俺しか知らないの苦しみ。
俺だから知ってる、の苦しみ。

これはのSOSなのか、それとも心配をかけまいとする気持ちからなのか。
迷い続けてずいぶんになる。


いつもいつも迷いながら寝てしまうけれど、今日は少し踏み出してみようか。
そんな考えがちらりと頭をよぎった。


枕元で丸まっているカルピンが起きないようにそっとベッドを抜け出して、厚手の靴下を履く。
スリッパよりも音がしないから、多少の寒さは我慢だ。
フリースを羽織って、膝掛けを持って。
きしむドアにひやひやしながら、隣の部屋の前に立った。


音をたてないように細心の注意を払って、の部屋にそっと滑りこむ。
案の定はベッドで縮こまっていて、俺が入ったのに気づいた気配はない。

息を殺して傍まで行くと、が苦しそうに寝返りをうった。


「や……」


小さい呻き声をあげて、いやいやとかぶりを振る。


「……


驚かせないように小さく呼びかけても、起きる気配は全然ない。





今度はもう少し、大きな声で。
それでも起きる気配がないから、おそるおそる手を伸ばした。


   、」


起きてよ。

そんな嫌な夢より、起きて俺を見て。
そうすればきっと、怖くないから。


頼りなく見える肩に手をかけて、少し強く揺する。


、起きて」


駄目押しでもう一度呼びかけると、が小さく呻いて目を開けた。


「……ー、ま?」
「おはよ。大丈夫?」
「うん」


にじんだ涙をぬぐいながら、が小さく笑う。
その額を小突いて、思わずため息が出た。


「嘘つき」


そんな顔で、そんな声で、すぐばれる嘘言ってどうすんのさ。


「意地張ってないでさ、たまには俺を頼ってよ」


そう言うと、はものすごく気まずそうな顔になった。
どうやら自覚はあるらしい。
ずっと知らない顔をしてきたんだから、このくらいの仕返しは許されるだろう。


「で?」
「え?で、って   
「何でそんなにうなされてるのってこと」
「え?え、ええと……」
「ごまかし禁止」
「ええ!?」


わかりやすいほどにうろたえるににやりと笑って、もう見逃すものかと逃げ道をふさぐ。
至近距離で覗きこんでいると、しばらくしてが観念したように小さくため息をついた。


「夢……」
「夢?」


「夢、見るの。それだけだから   


気にするなと言われる前に、噛みつくように口を挟む。


「それだけって、何?それだけでアンタ、くまができるほど寝れなくなるわけ?」


この期に及んで、まだしらを切るつもりか。


眉間の皺がさらに深くなる。
それを見たが、慌てて起き上がった。


「……寒っ」
「馬鹿、起きなくていいってば」


いくら寝る直前まで暖房を入れていても、この時間じゃそんなの関係ないに決まっているんだから。


こっちも慌てて押し戻すと、すねたような顔で睨まれた。


「……リョーマだって、寒いじゃない」
「俺は厚着してるもん」
「もん、って……」


そんな可愛く言っても駄目なんだからね、とか呟きながら、が布団の中に潜りこむ。


「寝なよ。ちゃんと寝るまでここにいるし、うなされてたら起こすから」
「でもリョーマ、明日の朝練   
「いいよ。の方が先」


起きられなくはないだろうし、第一遅刻してもを見てたって言えば大丈夫だろう。


不二先輩あたりがなんとかしてくれる。絶対に。


他にもとりなしてくれそうな先輩達を数えていたら……なんだ、結局全員じゃん。
にベタ甘な自分達に、思わず苦笑がもれる。


「リョーマ?」
「ん、何でもない」


早く寝ろと軽く布団越しに叩いてやって、座布団を引っ張ってその上に座る。


はハウスダストに弱いから(何でもかぶれたことがあるらしい)、この部屋にはラグもカーペットもひいていない。
いつも足下から冷えるとは思っていたけど……やっぱり色々着たり持ってきたりして正解だった。

電気ストーブは明るくなってしまうから、今は我慢。


しばらくもぞもぞと居心地悪そうにしていたも、しばらくするうちに静かになった。
やっと眠れたかと覗きこむと、ばっちり目を開けたままのと至近距離で目が合って、思わずたじろぐ。


「……ね、リョーマ」
「何?」


ぶっきらぼうに答えると、は困ったように笑った。


「お布団、入らない?そのままじゃ風邪引いちゃうよ」


布団をまくりあげはしないけれど、視線で入れと促してくる。


……いいのかよ、一応俺だって男なのに。


危機感ゼロのその様子に脱力しながら、遠慮なく潜りこむことにする。

どうせは俺のこと、弟ぐらいにしか思ってないし。
それなら俺も、暖かい方がありがたい。


「おやすみ」
「おやすみ」


ぴったりと寄り添って挨拶を交わし、が寝るのをじっと待つ。
今度はおとなしく目を閉じていたが、しばらくしてそっと俺を見た。


「あのね、……さっき言ったこと、本当なんだよ」
「え?」




「本当に、夢、見るだけなの。……怖い、夢」




ささやくそうな声でそういったは、それだけで涙声だった。


「こわいゆめをみるの……」
「もういい」


「呼んでも呼んでも、気づいてくれなくて……」
「もういいってば、!」


   これ以上耐えられない。


泣きながら、それでも教えてくれようとするを、乱暴に引き寄せる。
胸に顔が当たった気がしたけれど、そんなことには構わずに、精一杯腕を伸ばして抱きしめた。


「……子守歌、歌ってあげるから。そうすれば怖くないだろ?」


どうすればが安心できるのか、全然わからない。
けれど、そんな陳腐な提案にも、は心底安心したように小さく笑ってくれた。


歌詞なんてわからないから、歌といっても鼻歌程度。


「……モーツァルトだね」
「知らない。そうなの?」
「うん。トルコ行進曲と一緒になってる曲だよ」


懐かしい、と呟いたその顔に、もう暗い影はなかった。


「……この先、俺知らないし」
「次のバリエーションも綺麗だよ」
「へえ、どんなの?歌ってみせてよ」
「え!?」


子守歌のはずが結局会話の糸口になってしまって、お互いしゃべり疲れて寝てしまう形だったらしい。
翌日の目覚ましは当然基準で、起きた瞬間俺は朝練に完全に出られない状況。


……ま、いっか。











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秋月様からのリクエスト、「siestaヒロインがリョーマにぎゅっと抱きしめられる」でした。
「眠れない」という単語のせいか、何故かシリアスになってしまいました…!(ヒィ!)


当初の予定では桜の木の下でハグハグぎゅー!きゃっ、リョーマったらぁあははうふふな展開になるはずでしたが、書き始めたらえ?あれ?シリアスじゃね?みたいなことになってました。
一体どこからすってんころりんと転がったのやら…。

リョーマは時々、ヒロインの寝床にもぐりこんでいるといい。
ヒロインもあっさり合意の上だといい。
色気もへったくれもなく、仲良く並んで寝ている彼らが大好きです!
中学生にもなると、普通は思春期で恥ずかしがるお年頃なんですけどね…。
そんなの関係ない!とばかりにべったべたしてて欲しいです。
恋愛感情抜きで(笑)

秋月様のみお持ち帰り可となっております。
リクエストありがとうございました!