静かなこの空気が好き。


いつだったか、がそう呟いてからというもの、忍足はできる限りそれを壊さないように気を配っていた。
彼女が来ることをレギュラー陣には知られないよう苦心し、の心地よいと思うスペースを作り、2人だけの小さな小さな幸せを壊されないように。


「ゆうしー」


2人掛けのソファーに寝そべりながら甘えたように呼ぶ声を聞いて、忍足は小さく頬をゆるめた。
大丈夫、ここはまだ彼女にとって、幸せな場所になっている。


「何?」
「暇っ子ー」
「そか、しゃあないなあ」


構ってと手を伸ばすに笑いながら、忍足は開いていた本を閉じた。
それなりに興味のある本だったが、今はの方がずっと大事だ。
あっさりと本を放り投げて、の頭をなでる。

嬉しそうに目を細めたは、猫のように背中を伸ばした。


「ねえ、おしゃべりしようよ」
「ええで。何にする?」
「んー……何か、おもしろいこと」
「何や、甘えたやなあ」


話題を思いつかなかったらしいが、笑いながら丸投げの答えを返す。
何かを話していたいという言外の甘えをちゃんと受け取って、忍足は自分の昔の話を始めた。


「京都には学区言うのがあってな、結束がめちゃめちゃ強いねん」
「あ、聞いたことある。地区とは違うやつでしょ?運動会とかするって聞いた!」
「せや。もう、あれはすごい盛上がりやで」


今もなお鮮明に思い出せる記憶は、忍足に取っても温かいものだ。
けしていい思いでばかりではないのだが、それすらもが笑ってくれるならば素直に話せる。

姉に冷やし飴をとられたこと、長屋を勝手に探検して怒られたこと、遊び場だった近所の寺が実は重要文化財だったこと。

後から後から湧いて出る話に、も全開の笑顔で聞き入った。


は、どんな生活しとったん?」
「私?私はね   ものすごくフリーダムな学校生活だったよ」


小学校の頃の記憶は、実はあまり残っていない。
覚えていることはたくさんあるけれど、あまり楽しいと思えることはない気がする。


一番鮮明に覚えているのは、やはり中学からの6年間だ。


「私の学校、中庭に大きなハゼの樹があってね。他にもたくさん樹が生えてたんだけど、それが一際目立ってたシンボルツリーだったの」
「ハゼ?珍しいなあ」
「あ、やっぱりそうなの?白っぽくてすべすべしてた気がする」
「……どんな樹かまでは俺も知らんのや」


申し訳なさそうに眉を下げた忍足に笑って、は気にした素振りを見せずに続ける。


「入学したとき、ちょうど私のクラスのすぐ横にあってね、張り出した枝に飛び移れそうだったんだよ」
「やったんか?」
「まさか!」


そこまでアグレッシブではないと笑ったは、今はもう無いハゼの樹を思い出す。


校舎の建て替えで切られてしまった樹。
移植することが不可能だった樹。
けれどあの1年だけで、自分にとって鮮烈な印象を残してくれた。


思い出したら少しだけ寂しくなって、もぞりとソファーから身を起こす。


「どないしたん?」
「ん……」


優しく問いかける忍足に小さく答えにならない声を出し、無言でその側まで移動した。




「……いい?」




その言葉だけで何を求められているのかを理解し、忍足が破顔する。


「もちろん」


両手を広げて促すと、安心したような表情でが膝に乗ってきた。
しばらくもぞもぞと動いていたが、居心地のいいポジションを見つけたらしく、ややして背中を預けてくる。


本当は年上だとはわかっていても、小さな子供のようなその仕草に、忍足の頬がゆるんだ。


「寒ないか?」
「平気。あったかい」


ゆるりと表情をゆるめたが、甘えるようにすり寄ってくる。
柔らかい髪をなでると、嬉しそうな笑い声が小さくもれた。


「……文化祭はね、11月にやるのに3月から準備するの。予算の取り合いとか、すごかったよ」
「早いなあ」
「そうかな?他の学校もそうだと思うけど……」
「毎年それじゃ、準備せん期間の方が短いんちゃう?」
「……そっか」


氷帝は2年に1度しか学祭がない。
その分盛大なものになるが、の学校は多少忙しなく思えた。


「でもみんな、すごくいきいきしてるんだよ」
「ええ事やな」
「うん」


1年以上前から何度も選曲を重ねて、自分達で練習をしてコーチの許可をもらって。
それからでなければ、文化祭や引退のステージで弾く楽曲として認めてもらえなかった。


懐かしいと目を細めたを、忍足がゆるく抱きしめる。

しっかりと筋肉のついた身体は、彼女のそれを支えてもびくともしない。
それをありがたく思いながら、に負担がかからないように少しだけ体重をかけた。


「侑士、重い」
「嘘やん」
「重いよう」


くすくすと笑うの頭に顎を乗せたその時、外がわずかに騒がしくなる。


「……お引っ越しかな?」
「かもなあ。……でも、どっか空いとる部屋、あっ   
「ゆうしー!!お好み焼き食いに行   !!」
「おい向日、何固まっ   !!」


どばたん!!と大きな音を立ててドアが開き、そこからレギュラー陣がなだれこんできた。
予想外すぎてぎしりと固まった忍足は、しかしすぐに立ち直るとぶんぶんとかぶりを振る。


「いやいやいや!何でここまで入って来とんねん、自分ら!!」
「あ?別にどうだっていいだろ、んなもん」
「何回下で呼んでも出てこなかったCー!」
「……しくったわ……」


が気にしないようにと、インターホンの呼び出し音量を消していたのが仇になったらしい。
苦い顔で呟いた忍足を、慈郎がどんと突き飛ばした。


「うぉ……っ、危ないやん!」
ちゃんに何してんのさ、ゆうし!」
「そうだ。てめえ、さっさと離れやがれ」


跡部にも足蹴にされ(はちゃっかりと日吉が支えていた)、鳳から「何やってるんですか!」と真っ赤な顔で怒鳴られ、先程までのゆったりとした空気は微塵もなくなっている。
けれど。


さん、大丈夫でしたか?」
「え?うん、別に何も変なところはないけど……」


戸惑いながらも日吉に答えているが楽しそうだったから、まあいいかと苦笑して息を吐いた。











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ミヤさんのリクエストで、「2人でベッタベタしているところに氷帝陣が乱入」でした。
ラブラブ!ラブラブ!と唱えながら書いていたら、親子なんだかきょうだいなんだか恋人なんだかよくわからないやりとりになりました(笑)


侑士はヒロインと2人きりの時は、意外と常識人。
変態もデフォルトですが、それはまあ…何か、ノリで(笑)
時々テンションがおかしくなるみたいです、侑士。

今回も滝にどつかせようかかなり迷ったのですが、滝さんを単なるどつき要員にはしたくない!と思ってべったまに蹴らせてみました。
滝さん好きですよ、滝さん。
きっと鳩とか出してくれますよ、氷帝の魔術師。


お持ち帰りはミヤさんのみとさせていただきます。
リクエストありがとうございました!