たった一箇所、文字が変わるだけでも。
文の意味なんて、がらりと変わるものなんです。






たった一文字






「うーん……」

一通の手紙を前に、が難しい顔をして考えこんでいた。
たまたまそこを通りがかった河村が、そんな彼女の様子を見て首を傾げる。

「どうしたんだい?」
「あ、タカさん」

ぱっと顔をあげて河村を見たは、困ったような表情で手紙を掲げてみせた。

「これなんだけどね」
「手紙?」
「うん。俗に言う、ラブレターってやつですよ」

くるりと裏返した封筒の裏には、ご丁寧にも赤いハートのシール。



「……ベタだね……」
「うん、ベタだね」



2人でうなずきあっていると、の背後から菊丸がひょいと覗き込んだ。

まずい、と思う暇もない。
しっかりと彼女の手元を見てしまった菊丸は、次の瞬間絶叫した。

「え、ラブレター!?ちゃんに!?」

信じられないというよりは純粋に驚いたように声を上げた菊丸の口を、が慌てて塞ぐ。

「英二君、しー!」


が、時すでに遅し。
菊丸の大声を聞きつけたレギュラー陣が、ぞろぞろと集まってきた。


「どうした?」
「あ、手紙っスね」
「へえ。実に興味深い」

あちこちから伸ばされる腕から手紙を死守しつつ、は大きくかぶりを振る。

ちっがーう!!私のじゃないの!渡してって頼まれたの!!」

途端にぴたりと攻撃が止んだ。
その代わり、興味津々の目(一部控えめ)が8対。

「誰宛て?」

目を輝かせて訊いた菊丸に、はしばらくためらった後にぼそりと答えた。



「……リョーマ」



それを聞くと同時に、全員の目が一斉にリョーマに向けられる。
対するリョーマは、興味なさそうにそれを一瞥した。

「ふーん……いいよ、それ捨てといて」
「なっ……!越前、そりゃいけねーな、いけねーよ!」
「そうだよリョーマ、断るにしても中見てあげなきゃ!」

さらりと酷いセリフを吐いたリョーマに、桃城とが猛然と抗議する。
リョーマにしてみれば、この状況で手紙を受け取ったら盛大にからかわれかねないという理由が多分にあるのだが……そんなことは桃城たちの知ったことではない。

「知らない奴から手紙なんて、もらっても困るじゃないっスか」
「彼女はリョーマに自分って存在を知って欲しくてこれを書いたんでしょ」

ちゃんと読まなきゃ、と差し出された手紙に視線を落とし、リョーマはふと妙案を思いついた。

「じゃあ、が返事書いといてよ。中見てもいいからさ」
「な!」

「いいでしょ?」

相手はリョーマの筆跡など知らないはず。
ならば、誰が返事を書いてもわからないだろう。

「……ほんとに見ちゃうよ?」
「別に。俺は痛くもかゆくもないし」

不満げに言ったに、あっさりと返す。
恥ずかしい思いをするのは手紙の主だけなのだから、酷く残酷なようだがリョーマの言う通りなのだ。

シールをはがして中身を取り出したは、文を読み始めた瞬間絶句した。

「うわ……」
「どうしたんだい?」

首を傾げた大石に、は乾いた笑いをあげる。

「すっごいベタな内容……」
「どんなの?」

面白そうに笑った不二に聞かれ、は目線でリョーマに許可を求めた後、淡々と読み始めた。



「ずっと、あなたを見てきました。たくさんの人がいるテニスコートの中で、あなたは一際輝いて見えます。サーブの時、レシーブの時、飛び散る汗が太陽にきらめいて、私の心を高鳴らせます。輝くその汗は私の目にこの上なく素敵に映り、どうかなってしまいそうなほどです」




沈黙がおりた。




「……ベタだな……」
しみじみと手塚がうなずけば、

「いつの時代だよ……」
冷や汗を流しつつ桃城が呟く。

「まだ続いてるけど……リョーマ、私なんて返事したらいい?」
「俺、そういうの好みじゃないから」

ばっさりと切り捨てた(ある意味とても正しい反応だと思う)リョーマにうなずいたは、不意にあることに気付いて動きをとめた。
それに気付いた河村が首を傾げる。

さん、どうかした?」
「あー……いや、これ一歩間違えたらすっごい恐怖の文になるなあと思って」
「え?」



「いや、ね?ほら、汗を汁に変えると……ね?」



青春の象徴と言えるこの文が、阿鼻叫喚の図になるなあと。
言われて、彼らは脳内で文字を置き換えてみた。



輝く汁。





飛び散る汁。





倒れ伏す部員たち。





逆光で怪しく笑う眼鏡。





   ギャ      っっ!!」
「怖え!マジ怖えっ!!」
「おーいしいいいぃぃい!怖いに゛ゃー!!」

突然わめき始めたレギュラー達に、平部員達がびくりとおびえる。
そんなことにも気づかずに叫び続けていた面々は、背後にさした影にも気づかなかった。



「そうか、そこまで飲みたいか」



ふふふふふ、と地獄から湧き上がってくるような声に気づき、叫んでいたレギュラー陣はぴたりと動きを止めた。

   そう、この場には乾もいたのだ。

逆光で眼鏡を光らせつつ、乾がどこからともなく怪しい色の液体が注がれたコップを取り出した。

「それならば、この乾汁スーパーマキシマムを   
「ぎゃああああぁぁあっ、マジ勘弁!!」

次の瞬間、光もかくやのスピードで逃げ出すレギュラー陣の姿が見うけられたとか。