それは、俺にとっては何の意味もない、意味不明な金属の物体だった。
でも、にそれを見せたら、目を輝かせて受け取って、嬉しそうに眺めた。
が笑ってくれるのはなんか嬉しいから、俺もつられて笑った。






マウスピース






かつん、と足元で硬い音がして、俺は下を見た。
ちょっとむこうに、変な形のやつが転がってる。

……蹴ったらしい。

「何だ?これ」

ひょいとつまみ上げてじっくり見ると、やっぱり変なやつだった。
金色で、何だっけか……化学の実験で使うあれ、じょうろ!違った、ろうと!
あれっぽい形をしてる。

あ、あと、あれにも似てる。ふいご。

でもそれにしちゃいように小さいし(掌に軽くおさまるぐらいだ)、もっと細長いし、何なんだよこれ。

……まあ、いっか。珍しいから、後でにも見せてやろっと。
確か今日、来るって言ってたし。


そのままそれをもってテニスコートに行ったら、もうが来てた。
しかも侑士と話してやがる!くそくそ、侑士め!

「あ、がっくん!遅いよ!」

が俺に気づいて手を振った。
気づくの遅いんだよ!

「よっ!なあなあ、これ見てみそ!」

驚くだろうと思って例の変なやつを見せたら、何故かが目を輝かせた。

「あ、マウピ!どうしたの、これ?」
「マウピ?」



何だそれ。



「マウスピースだよ。この大きさだと……ラッパ隊かな?で、これどしたの?」



ラッパ隊……?(何だそれ)



「え、ああ、そこで拾ったんだ。面白いからにも見せようと思って」
「つーか、何やねんラッパ隊て。ちゃんとトランペット言うたり」

何だよ侑士、口挟んでくんなよ!
……にしても、そっかー。ラッパ隊ってトランペットのことだったのか。

「えー、やだよめんどい。ペットかラッパでしょ、やっぱり」

ペット……何か、犬とか猫みたいだな。発音違えけど。

「で、結局それって何に使うんだ?」
「え?音出すの。ブーってやって」

「ブー?」

何だよブーって。



「うん。ブー」



だから、にっこり笑って言われてもわかんねえんだって!
心の叫びが顔に出てたんだろうか、が苦笑して手を差し出した。

「貸して。あと、水持ってないかな?」
「へ?あ、これ」

マウスピースと一緒に、ちょうど持ってたミネラルウォーターのペットボトルを差し出す。

するとは、キャップをひねってマウスピースに中身をぶっかけた!




いいのかよ!?金属だろ、それ!?




慌てる俺の目の前で、は慌てず騒がずハンカチを取り出して、外と中を綺麗に拭いた。



そして。



   ね?こうやって音を出すの」



確かに音は出た。俺が知ってるトランペットとはちょっと違うけど、こんなもんか?
   けど、どうやってんのかやっぱわかんねえよ!くそくそ!

「んーとね、ここにしっかりと唇をあてるんだけど、でも力は入れないで息を吹いて、唇を細かく震わせるの」
「全っ然わかんねえよ。どうなってるんだ?」

口で言われても、想像もつかない。

「うーん、こればっかりは自分でコツをつかまないとねえ……」
「せやけど、結構上手いやん」
「えへへ、ありがと」

侑士になでられて、は嬉しそうだ。
どうせ俺はより背が低いよ!

「でも、誰が落としたんだろうな」
「やっぱ、吹奏楽部ちゃうん?」
「だよなあ」

個人的にレッスン受けてる奴もいるだろうけど、侑士の言う確率が一番高い。
「持ち主、きっと困ってるよね。吹奏楽部、今日は部活あるの?」
「おう!」
「じゃ、届けなきゃ。リードと違ってスペアはそうそうないだろうし」

首を傾げてそう言って、はまたさっきと同じようにしてマウスピースを洗った。
……や、だから、そんなことして平気なのか?

「音楽室ってどこ?」
「あ、俺も行く」







絢子1人じゃ絶対迷うから、一緒に連れてった。
持ち主はの言った通りにトランペットの奴で、俺たちにすっげえ感謝して、何度もお礼を言う。


「本っ当ありがとな、向日!」

「もういいって。行こうぜ、
「うん。   それじゃ、楽器を可愛がってあげてくださいね」

もぺこりと頭を下げて、俺の後をついてきた。
充分離れたところで、こっそりと俺の袖を引いてささやく。



「ねえ」
「ん?」



何かと思えば。




「どうしてどこもここも、管弦学部がないんだろうね?私立のくせに」




……単なる愚痴だった。




心底不満そうに唇をとがらせるがやけに子供っぽくって、思わず吹き出す。

「何よ!」
「そんなの、俺が知るわけないじゃん。榊監督にでも訊いてみそ?」
「知ってるけど、愚痴りたくもなるよ!」

がっくんの馬鹿!と言われて、さすがの俺も慌てた。




「待てよ、!迷子になるぞ!!」


だから1人で走ってくなってば!