どこまでもつづくあおいそらにとんでいけたならば。






sky-high






幸村を見舞った日、ふと思い立って屋上に出て見たら、すでに先客がいた。


「……何をしている?」
「あ、柳君だ」


コンクリートの地面に寝転んだままの体制で、は俺を見上げて笑う。
相変わらず、不可解な行動だ。


「服が汚れるぞ」
「へーきー。さっき、お掃除のおじいさんが、ブラシでごしごし水洗いしてたから」


とりあえず起きろと言外に忠告してやっても、そんなものなどどこ吹く風。
   いや、端から気づいていないのかもしれない。


それにしても、どうしてこいつがここにいるのだろうか。
間違っても病気をしそうな性質には見えないし、第一こいつの生活圏は東京だったはずだ。

それなのにここにいるということは。


「誰かの見舞いか?」
「うん、友達。すっごく優しいから大好きなんだ。本当は迷惑なのかもしれないけど、どんなことでもちゃんと聞いてくれるから、嬉しくてついつい来ちゃうの」


えへへへと笑ったが、ようやく起き上がる。
それでもまだ、床に座ったままだ。


「柳君も座ろうよ。気持ちいいよ」
「遠慮する」
「けち」


即答したら、聞き分けのない子供のように頬をふくらませる。


「本当に気持ちいいんだよ?日陰だから日焼けもそんなに心配ないし、風もいい感じだし、空が視界いっぱいに広がるのってすごい壮観だよ」


そう言うの服が風に揺れる。
スカートが少し、ふわりと翻った。


……こいつは一体、自分の服装がどんなものだかわかっているのだろうか?


「いいから立て」


問答無用で手を差し伸べると、は多分に不満そうな顔をしながらも、素直にその手につかまった。
ぐいと腕に力をこめて引っ張る。
想像していたよりもずっと軽かったらしく、勢いをつけてぶつかってきた。


「……痛い……」
「それはすまない」


どうやら鼻を打ったらしいに謝り、手を離す。
顔の中心を手でおさえながら、が小さき俺を睨んだ。


全く怖くないのには、おそらく本人は気づいていないのだろう。
何せこちらは、毎日弦一郎と一緒にいるのだ。


「柳君さ、今私のこと、こんなに軽いとは思わなかったとか思ってたでしょ」
「…………」


確かに思っていたが、正確には「が」ではなく「女が」だ。


「ふんだ、もういいさ。柳君なんか嫌いだ!」


うわーん!と泣き始めた(どうせ嘘泣きだ)の頭を軽くはたいて、当初の質問を繰り返す。


「それで、何をしていたんだ?」
「え?」


顔を上げて(やはり涙の跡など微塵もない)は無邪気に笑った。


「んとね、空見てた!」
   空?」


空など見て、何が楽しいのか。


「うん。空ってさ、一瞬ごとに変わってくじゃない。それを見るのが好き。それにね、時々これだ!!って思えるような瞬間があるの」
「これだ……?」
「そう。吸い込まれそうなど、高く澄んで綺麗な空」


は両手を空に向かって伸ばし、太陽でも視界に入ったのか、まぶしそうに目を細めた。


「そういう空に出会うとね、無性に切り取ってとっておきたくなるの」


たとえばそれは写真であったり、映像であったり。


「でもね、結局はいつだってやらないんだ」
「何故だ?」




「だって、動かない空を見ても、寂しいだけじゃない?」




常に変化するからこそ、美しい。
そう言って、は笑う。


「自分で飛べないからずっと空に憧れて、潜れないから深い海に神秘性を感じるでしょ?人ってそういうものじゃない。それと同じ。とっておくことなんてできやしないから、私は空が好き」


我ながらくさいなーと照れたように笑うの頭に、軽く手を置く。
不思議そうに見上げていた一対の目を無視して、くしゃくしゃとなでた。


「わっ、え、ちょっと、柳君!?」


相変わらず、不可思議な思考回路だ。
いつも馬鹿ばかりやっているかと思えば、小難しい美学論を言ったりもする。
儚いからこそ美しいという、日本人特有の美学がこいつにもあったとは、正直少々驚いた。


「やめてー!髪が乱れる!!」


余りにも騒がしいので手を離す。
ぶつぶつと文句を言いながら髪を直していたが、ふと首を傾げた。


   そういえば、何で柳君がここにいるの?怪我した?」


心配そうに眉根を寄せるに、安心させるようにかぶりを振る。


「見舞いだ」
「そっか。よかった、人間健康が一番だもんね!」
「老人じみたことを……」
「何ですとっ!?」


また怒り出したがうるさかったので、とりあえず手を差し出した。


「行くぞ」
「…………はぁい」


ぶすくれてはいたが、素直に手を握るところがこいつらしい。


「男の子の手って、大きいよね」


階段を下りている途中で、がそう話しかけてきた。
もう機嫌は直ったらしい……。


「柳君の手もひんやりしてるね。侑士とおんなじだ」


侑士とは誰だという、ごく素朴な疑問が芽生えたが。
   楽しそうにしているに水を差すのもはばかられるので、口には出さないことにした。