出会ってすぐに、俺のことを「不器用」だと言い放ったのは、あいつが初めてだった。






ただそこにいたかった






最初の印象は、とりたてていいというわけではなかった。
いつもと同じように、年上に見られた。ただ、それだけだ。

ただ、他の女子のように騒ぎたてないことは意外で、そこには好感が持てた。

「記憶ないんだよね。綺麗さっぱりすっぱりと」

あっけらかんとそう言った時には、何と能天気なのかと多少呆れありもしたが、そのうちにそうでもないことがわかっていった。

ほんの時たま、何かに思いを馳せるように遠くを見ていることがある。
おそらく、失くした記憶の事を考えているのだろう。


「ん?何?」

声をかければ、何事もなかったかのように明るく振る舞う。
だが、こちらとしてはやはり気になった。
それは俺だけではなく、他のレギュラーたちもそうだろう。


   すまないが、これをやっておいてもらえないか」


用などないということをごまかすために、本来マネージャーに任せるべき仕事を頼んでみたら、意外にもよくやってくれた。


「わからなかったら、訊きに行ってもいい?」
書類をめくりながら不安そうに訊かれて、構わないとうなずいた。

「俺よりも、乾に訊いた方がいいかもしれないが」
「うん、わかった。頑張ってみる」
「すまないな」

気前よくうなずいたに謝ると、彼女はくすくすと笑って俺の腕を軽く叩いた。


「それ、さっきも聞いた」


そのまま書類を持って部室へと歩いていった彼女は、部活が終わるまでに仕事を全て終わらせていた。
マネージャーがいない俺達にしてみれば、思いがけずいい人材を見つけたわけだ。

には悪いが、ずいぶんと助かる。

「疲れたあ!桃ちゃん、ケーキおごって!」
「何で俺なんスか!?」
「いっぱい食べてそうだから、いっぱいお金持ってそう」

桃城とふざけあっている様子はそれなりに楽しそうで、やはりあいつも同い年なのだと再確認した。

ちゃん。ケーキだったら、姉さんのタルトがあるよ」
「ほんと!?」

不二が横から言うと、目を輝かせて笑顔になっていた。

「うん。家にあるけど……来る?」
「行く!」

手を挙げながら即答したに、不二のみならず全員が思わず苦笑した。

(……一体いくつだ、お前は)
そう思ったのは、俺だけではないはず。





「手塚君てさ、不器用だよね」


仕事のために部室で2人きりだったとき、何の脈絡もなくがそう言った。

「……何故そう思う」
「だって手塚君、本当はすっごく優しいもん。なのにみんな、なかなか気付かないし。それって多分絶対、手塚君のコミュニケーション下手が原因だよね」

そう言うの手は今や完全に止まっていて、俺はとりあえずそれを注意した。

「手を動かせ」
「はぁい。でもさ、私は手塚君のこと好きだよ。誰よりもみんなのこと考えてるもんね」

何の迷いもなくそう言われて、不覚にも固まってしまった。


……何を言っているんだ、こいつは。


「だからさ、安心して休みなよ。……腕、まだ治ってないんでしょ?」

腕のことを持ち出されて、俺はようやくを見た。
少しだけ心配そうな色を見せる、瞳。


   今思えば、あいつはあの後俺がどうするのかを、何となくわかっていたような気がする。


言いたいだけ言うと、は仕事を再開した。

「お前は   
「ん?何?」

「変だな」

この俺に、面と向かってそんなことを言った奴は今まで誰もいなかった。

「割とよく言われる。あんまり嬉しくないけど」

苦笑して、はぱらりと書類をめくった。





俺にとって青学で過ごした日々は、何者にも代えがたいものだった。
部員やレギュラー達を思うのと同じぐらいには、のことが気がかりだ。

「手塚君、AGがいじめるー!」


泣きついてきたのは、いつだったか。


「AG?」
「英二君のこと。名前で呼ぶのがしゃくだからAGなの」

結局それは単に双方ふざけていただけだったのだが……こんなに能天気でいいのだろうかと頭が痛くなった。


空港で何度も帰ってきてねと念を押されたが、そう言った本人の方こそが、ちょっと
目を離すとふらふらとどこかに行ってしまいそうだ。
とても危なっかしい。


それでも。


「行ってらっしゃい」


一生懸命に笑って見送ってくれたのだから、帰ってきても彼女がいると信じよう。



『油断せず行こう』



そう打ったメールを大石に送り、軽く息をついて空を見上げる。    今頃、はどうしているだろうか。