急がなきゃ、急がなきゃ、急がなきゃ。


今日に限って遅番のシフトとか、本当についてない。
加えて家に渡すもの自体を忘れてきたなんて、更にありえない。

走って走って、それでも時計を見ると日付が変わりそうな時間帯だった。
あんなに準備していたのにと、思わず泣きたくなる。


何度も人にぶつかって、その度に紙袋がひしゃげていく。
ああ、せっかくのプレゼントなのに。
綺麗な状態で渡したかったのに。


バイト上がりにアキラ君にメールを打つと、「明日でもいいですよ」と優しい返事が返ってきた。
でも、でも、私が今日会いたいの!!

走りすぎて喉が痛い。
水分が足りなくて、血に似た味がする。
何でこんな時に限って、駅前のタクシーが一台もいないの!

ちらりと時計を確認。
あと30分。
いつもなら、アキラ君の家まで歩いて20分。
間に合う!!
胸に袋を抱きしめて、走る速度を上げた。


見慣れた家の前で急停止して、少しだけ息を整える。
なんとか息切れがおさまったところで、携帯の短縮ボタンを押した。

1コール、2コール、3コール……10コール。
……もう寝ちゃった、かな……。
落胆と諦めで通話終了のボタンを押そうとした時、思いがけず大好きな声がした。


さん!?こんな時間にどうしたんですか、まさか何かあったんじゃ   
「アキラ君」


慌てたような声を遮って、ゆるむ頬で告げる。


「来ちゃった。出てきてもらえる、かな?」


寝ているところを起こされたかもしれないのに、怒るよりも先に私の心配をしてくれた。
ああ、やっぱりアキラ君って優しい。


『え!?だって、明日でいいって   
「どうしても、今日のうちに会いたかったの。ごめんね」
   すぐ行きます!!いいですか、門灯の前にいてくださいね、そこなら明るいですから』


ばたばたと走る音が、携帯を通して伝わってきた。
怒られないかな、アキラ君。
そんな心配をしていたら、がらりとドアが開く音がして、アキラ君が現れた。

パジャマにカーディガンを羽織っただけのアキラ君。
肩で息をしていて、信じられないというように目を見開いている。


さん……」
「こんばんは、アキラ君」


やっぱり、ちょっと照れくさい。
はにかみながら挨拶すると、足早に家の中へと案内された。


「こんな遅くに……電車、大丈夫ですか?」
「うーん……調べてないや。最悪、タクシーで帰るよ」


それよりも。




「お誕生日おめでとう、アキラ君」




ぎゅっと抱きついて、一日中言いたくて仕方がなかった言葉をささやく。
しばらく固まっていたアキラ君だったけれど、やがて背中に腕が回される。


「……ありがとうございます」


痛いくらいに抱きしめられて、幸せを嫌というほど実感した。
ああ、やっぱり来てよかった。


「プレゼント、ぐしゃぐしゃになっちゃったけど……はい、これ」


緑色の石がはまった、タイピン。
スーツを着る機会が多いアキラ君なら、これくらいでもちょうどいいだろう。

ぐしゃぐしゃの紙袋の中からそれを大切そうに取り出したアキラ君は、心底嬉しそうに目を細めた。


「ありがとうございます。大切にします」
「アキラ。夜中に騒々し……おや、さん」
「深夜にすみません、お邪魔してます。すぐにおいとましますので」


お休みのところすみませんと頭を下げると、行洋先生の視線がプレゼントにとまった。
凛とした眼差しが、少し優しい色を帯びる。


「……わざわざありがとう。こちらこそ、忙しいところすまないね」
「いえ、そんな   
「あら、さん。わざわざお祝いに来てくれたの?」
「明子、風呂と寝床の支度を。   今夜はもう遅い、泊まっていきなさい」


おばさまもうなずいていて、アキラ君はといえば逃がすものかと言わんばかりに手首を握られた。
……あーうん、今日はバイト仲間の家でオールしたことにしよう。