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SABOTをうっかり水没させてしまった。 看守に盛大に文句を言われながら新しいものと交換してもらったが、何やら新しい機能がついている。 「監視……?」 なんとも直接的で不穏な単語だ。収容されている自分にそんな権限が与えられるとは思わないので、おそらく職員用の機能を誤って付与してしまったのだろう。 語感からなんとなくどんなものが出てくるのかはわかっているが、怖いもの見たさでおそるおそるタップしてみる。 映ったのは、温かみのある色合いの机だった。 明らかに自分がいる部屋とは異なる様子に、それが「外」の人間の部屋だとわかる。 下の方の切り替えボタンを押すと、他にベッドと入口の様子を見ることができた。 ところどころに置いてある小物からして女性のようだ――と思ったその時、机の上に置かれたペンダントを見て心臓が止まりそうになった。 間違いなく、自分が贈ったもの。 この部屋は、彼女の部屋だ。 そうわかった瞬間、途端に全てのものが色香を放って見える。 机の片隅にまとめて置かれた化粧水の瓶たちも、小さな器に入ったイヤリングも、椅子に掛けられたカーディガンでさえ、それを身につけている彼女を思い出させてしまう。 柔らかそうな手、まろい頬、かじりつきたくなる唇。 短く切りそろえられた爪にはピンク色のネイルが塗られていて、おいしそうにつやつやと光っている。 首を傾げた拍子に揺れる髪に、何度触れたいと思ったことか。 彼女を彩る小物のあれこれにそわそわとしながら、無意味に何度もカメラを切り替える。 見覚えのあるものを見つける度にどきっとしていたら、ドアの開く音がした。反射的にドアのカメラへと切り替える。 買い物袋を下げた彼女が、脱いだ靴を揃えている。 袋を机に置き、そのまま椅子へ座りこんだ彼女は、SABOTを取り出して何やら操作し始めた。 ほどなく自分の端末がメール着信を告げ、海岸に行ったらおじいさんから色々なものをもらってしまったというメッセージが表示された。 「色々……ああ、本当だ」 アイドルの雑誌や鮮やかな色あいのルアー、桜貝の貝殻などもある。 きっと、老人が幼い頃から集めていたものなのだろう。男性アイドルの雑誌は何故そこにあるのかが理解できないが。 気に入ったものはあったかと返事を打ってから監視に戻ると、バイブに気づいた彼女がいそいそと端末をいじっていた。 『気に入ったもの、かあ……。……あ、この桜貝は綺麗だな』 小さな貝殻をつまんで掲げながらにこにこと微笑む彼女は、本当に可愛らしい。 アイドル雑誌には見向きもせず、巻貝を耳にあてたり鉱石と思しきものを光にすかしたりしている。 『キラキラしてる……そういえば、ハルトくんのペンダント』 不意に聞こえた自分の名前に胸が跳ねた。 『すごく綺麗な形してるよなあ……どうやって削り出したんだろ?こんなに小さいと難しそう』 石からペンダントに持ち変えながら、やっぱりハルトくんはすごいなあと無邪気に笑う彼女に、なけなしの良心が激しく痛む。 違うんだ。実は掃除の時にうっかり落として、偶然小さく割れたんだ。 けして故意に割った訳じゃないんだ。 何かお返しをしたいと思っていたし、ちょうど君を連想させるような石だったから、色々と頼んでペンダントにしたんだ。 そんなに喜んでくれるとは思ってもいなかったため、面会での様子になんだか申し訳なくなってしまった。 次は絶対に、もっといいものを贈ろう。 今の自分に何が贈れるかと考えていたその時、画面の中の彼女が動いた。 ペンダントを胸元に引き寄せて、その手の中に顔を寄せ──。 「…………っ!!」 キス、してる。 俺が作ったペンダントに。 もしかして、──俺を思い浮かべて? 顔が熱くなるのを感じる。思わず端末を落としてしまって、派手な音が室内に響いた。 しかも、拾おうとして逆に自分の足で更に蹴り飛ばす始末だ。 幸い画面にヒビは入っていなかったが、もしも入っていたりしたら看守に何を言われるか想像もしたくない。 あまりこちらを振り回さないでくれと、画面の中の彼女を指先で撫でた。 **************** (なんか今日、端末を見る回数が多いな……?) いつもはメッセージを送る時くらいしかSABOTを見ないハルトくんが、今日はやたらと画面に見入っている。 そういえば昨日お風呂場から「うわっ!?」とか聞こえてきていたし、もしかしたら濡らして壊したりしてしまったのかもしれない。 新しい機種になって、まだ操作に慣れていないのかもしれない。 そう考えて、机に置いていた端末に返信を打ち込む。 『貝殻がどれも綺麗だよ。あと、洞窟で取ったみたいな石も。キラキラしてて、つい見入っちゃう。 ところで、またハルトくんの部屋から悲鳴が聞こえてきたらしいけど……今度はどうしたの?』 それを送ってから、帰宅してからうがい手洗いをしていなかったことを思い出し、慌てて洗面所に向かう。 トイレバス一緒の間取りは戸惑いもしたが、生活するうちに慣れてきた。 だが、やはり身体は洗い場で洗いたい。 切実に、洗い場が欲しい。 あと、デッキブラシがほしい。何故あの雑貨屋には置いていないのか。 ハルトくんの欲しがるものはエスパーかと思いたくなるほどピンポイントで仕入れるくせに、いざ自分がほしいものもと思うと絶対に在庫がない。 もしや店主に嫌われているのだろうか。 若干悩みつつ部屋に戻って、ついでに部屋着に着替える。ゆったりした服になると気持ちも緩み、ついつい鼻歌なぞ歌ってしまう。 首筋にまとわりついて邪魔な髪もシュシュで適当にくくり、娯楽が少なすぎて日課になってしまったネットサーフィンを開始する。 「あー、テレビとかほしいなあ。暇つぶしの道具が少ないよー!」 こう、流し見るためのものがほしい。 PCなしで文句を言わないだけ我慢している方だと思いたい。 思えば、外部との接触を完全に断たれてからもう数ヶ月も経っていた。 マスターの家族の話を聞く限り、少なくとも身内とは連絡を取っても問題はないはずなのだが……相談員はまた別の話なのだろうか。 自分はまだ外出可能なだけ気が紛れるが、もっと窮屈な生活を1年以上も続けているハルトくんには頭が下がる。 そういえば、彼は何をしているだろう。 ふと思い出して端末を操作すると、シャワーの音が小さく聞こえてきた。どうやら風呂場にいるらしい。 綺麗好き、というより多少潔癖の気がある彼には珍しいことではないが、いつもならば烏の行水程度の時間で出てくるのに、今日はなかなか水音が止まない。 もしや寝てしまったのではと焦り始めた頃に、ようやくドアが開いた。 (いつもより顔が赤いかな?熱でも出たのかも) どこでも寝落ちしてしまう彼のことだ、寒くなってきたこの季節に風邪を引いてしまったのかもしれない。 さっそく『寒くなってきたけど、体調は大丈夫?風邪を引いたら大変だから、身体を大事にしてね』とメッセージを送る。 バイブに気づき、髪を拭きながら端末を手に取ったハルトくんだったが、何故か目を見開いて固まってしまった。図星か。 「しょうがないなあ、ココアでも差し入れしなきゃね」 思わず吹き出したらぶすくれた表情になった気がしたけれど、本当にどうしたんだろう? 島を出た後で、実は途中から監視システムが作動してたと知って絶叫する未来を知るよしもなく、私は呑気に首を傾げていた。 というか、知りたくなかった。精神衛生上。 |