ハルトくんの手が好きだ。

骨ばって指が長くて、ぺたんと薄い白い掌。四角くて、綺麗に切り揃えられた大きめの爪。
ガラス越しにしか会えなかった時、透明な板に押し付けられた掌に刻まれた皺を見ながら、(感情線は理系っぽいな)とか(生命線短い……幸薄そうだもんな)とか考えていたことなんて、彼はきっと知らないだろう。言ったこともないし。
その時からの癖で、隔てるものなく会えるようになってからも、ついつい手ばかり触ってしまう。
薬品で少し荒れた指先をふにふにと楽しんでいたら、上の方から小さく息を吸う音がした。

「あの……」
「ん?」
「手……」
「あ、ごめんね。触りすぎだよね、嫌だった?」

慌てて離せば、綺麗な指が行き場をなくしたように数回にぎにぎと動かされ、微かに揺れ動いていた視線が下に落とされる。

「いや、……せっかく会えたのに、こっち、見てくれないから……」

自分の手に焼きもちをやくなんて、と耳を染めるハルトくんが、とてつもなく可愛くて愛しくて。
思わず叫びたくなるのをぐぐっとこらえ、今度は腕にそっと手をかける。

「ごめんなさい、せっかく時間作ってくれたのに」
「俺は、時間を作ったなんて思ったことはないよ。君に会いたいから、会えると思うから、なんだって頑張れるんだ」

怒ったっていいのに、ハルトくんはそう照れくさそうに微笑んで、 私の手を包み込むように握ってくれた。
手の甲から伝わる感触が、少しかさついている。今度ハンドクリームをプレゼントしようかな。
そんなことを考えていたら、いつの間にか重なった手の動きが怪しくなってきた。

指一本一本をなぞるように、ごく弱い力でゆっくりと輪郭をたどって。指の谷間を親指でじんわりと撫でて。

ちらりと見上げた顔にもほんのりと色気が滲んでいて、その表情に夜の行為を思い出してしまって慌てて目線を下げる。
そうすると代わりに目に飛び込んでくるのが、じっくりねっとり撫で回されている手の方で……どこに視線をやったらいいんだろうか。恥ずか死にたい。

「あの、ハルトくん、手」
「うん?何?」
「あの……これ……」
「ちゃんと言ってくれないと、わからない」
「…………っ、ばか!!」

やめてくれと視線で訴えても、楽しそうに目を細めるだけで知らんぷりだ。
少し意地悪そうにつり上がった口元はかっこいいし、小首を傾げるところなんて最高に可愛いけど!それとこれとは話が別だ!意地悪!!

手と腕の間から素早く自分のものを引っこ抜き、胸の中に抱え込む。
きつめに睨み付けても、ハルトくんは嬉しそうに笑みを深めるだけで堪えた様子はない。

「ねえ、」

柔らかい声で呼びかけられて、じろりと半目で見返す。
そんな私に彼は、それはそれは幸せそうな声でささやいた。

「そんな顔で睨まれても、可愛いだけだって……わかってる?」
「はっ…………な、あ、は……ハルトくんの馬鹿ー!!!!」



      ********



怒らせたお詫びにと、大好きなアン○ノールのショートケーキを買ってもらった私の機嫌はすでに直っている。
チョロいと言うことなかれ、ケーキなんてよほどのことがない限り自分では買わない代物なのだ。しかもイートインがないこのメーカー、下手をすると年に二回ほどしかお目にかかれない。

「着いたら紅茶淹れるね、何があったっけ?」
「ええと……何だっけ、この間君が持ってきてくれたやつ……」
「この間って言うと……マルコ・ポーロかな?その前に持っていったのは飲みきってたよね」
「うん。紅茶にも、色々種類があるんだな。特に最近くれるのは、変わってておもしろい」

コーヒー派のハルトくんにも好評で嬉しい限り。
紅茶はコーヒーに比べて味の幅が広いから、きっと気に入るのもあると思っていたのだ。これからもじわじわと布教していこうと思う。

すっかり通い慣れたハルトくんの部屋は、相変わらず物が少なかった。
最初は本当に、ベッド!冷蔵庫!テーブル!全部白!以上!!みたいな部屋だった。そこから徐々に色つきのものが増えていって、これでもだいぶ賑やかになってきたと思っていたんだけど……。

私が持ち込んだクッションや膝掛け、一緒に買った歯ブラシやカップ、そして冷え性の私のためにハルトくんが買ってきてくれたラグ。
一緒に過ごした分だけ、増えていく小物たち。
少しだけくすぐったくて、とても幸せ。

まだ私が使う最低限の物しかないようなので、これからは娯楽系を積極的に持ち込もうと思う。
小説、好きだったよね。ミステリー系かな?
いや、単純に娯楽が無さすぎて何でもよかったのかもしれない。

「ねえ、ハルトくん」
「何?」
「今度、本を持ってこようと思うんだけど……ハルトくんはどんなのが好き?」

ケーキを食べながら訊いてみると、ハルトくんは小首を傾げて考えた後に、そうだな……と微笑んだ。

「特にこだわりはないから……君が好きな本、読んでみたい」
「えっ」
「そうしたら、一緒に感想を言い合ったりできるだろ?」

はにかんで頬を染めながらそう言われて、こちらも一気に顔が熱くなる。

「…………わかった、ファンタジー、何冊か持ってくるね」

ようやっと絞り出せば、本当に嬉しそうに頷かれて……ハルトくん可愛すぎる……。
この人なんでこんなに可愛いの……。
最初は男性でも読みやすい、某十二の国のやつにしよう……。



      ********



いつものように食器を洗っていると、テーブルの方の片付けが終わったらしいハルトくんがひょいと顔を覗かせた。

「手伝おうか?」
「ううん、これで終わりだから大丈夫。ありがとう、座ってて?」
「いや、一緒に拭くよ」

その方が、君と一緒にいる時間が増える。
てらいもなく紡がれた言葉に胸が跳ねる。

「も、う……恥ずかしいから、そういうことすぐに言わないで」
「どうして?思ったことを言っているだけだよ。それに、伝えられる時に伝えておかないと……」

後悔したくない、と吐息混じりに言われれば、こちらもそれ以上何も言えなくなってしまう。

「……ずるいよ」
「ごめん。でも、本当の気持ちだから」

最後の食器を拭き終わったハルトくんが、そっと腰に手を伸ばしてきた。ガラス細工に触れるように、両手を腰に回される。

「ねえ……君は、どこにもいかないよね?」
「もちろん、ずっとここにいるよ」
「そう、だよな……」

もう何度も同じようなやり取りをしているというのに、いまだに迷子の子供のような表情をして呟く彼に、思わず伸び上がって触れるだけの軽いキスを送る。

大丈夫だよ。どこにもいかないよ。
だってこんなに、あなたが好きだもの。

自分からしたものの、びっくりしたようにぱちぱちと瞬く長い睫毛を見たら急に恥ずかしさが襲いかかってきて、顔を伏せながら後ずさってしまった。
じりじりと台所から離れようとしたけれど、もう一度腰をさらわれて、逃げることすらできなくなってしまう。

「ハルトく、ちょ、」
「君はずるいな」

二度、三度と啄むようなキスをされ、背中に回された腕の力が強くなる。

「そうやっていつも、俺を惹き付ける」


吐息混じりの言葉と共に落ちてきたのは、深いキスだった。