|
「姫君、おはようございます」 「おはようございます、ヒュプノスさん。冥界に行きたいんですけど、どうやったら行けますか?」 そう訊いた瞬間、ヒュプノスさんの笑顔がぴしりと固まった気がするのは何故だろう。 何か変なことでも言っただろうかと首を傾げていると、ものすごく真面目な表情になったヒュプノスさんにずずいと詰め寄られた。 「いけません」 「どうしてですか?」 「どうしても。いけません」 「理由を聞かなきゃ、納得できません!」 あまりに一方的な言い方に憤慨して睨みつけると、ヒュプノスさんは何とも言い難い表情で口をつむぐ。 しばらく待っても返事が返ってこなかったので、さっさと見切りをつけて踵を返した。 「お父様に訊いてみます。それならいいでしょう?」 「姫君、それは 伸ばされた腕を軽くかわして、すたこらさっさと執務室に向かう。 私がいると仕事が早く片付くとタナトスさんに喜ばれたのは、一体いつのことだっただろう。 気がつけばお父様は執務室にいるけれど、私が来る前は何をして過ごしていたんだろうか。 ものすごく不思議だ。 今度訊いてみようと思いながら執務室の扉を開けると、音に気づいたお父様がこちらを見た。 「お疲れ様です、お父様。今よろしいですか?」 視線で中に促されていそいそと入ると、お父様も手を止めて立ち上がる。 すっかり私専用になった猫脚の椅子に腰掛けて、ぴしりと姿勢を正した。 「あのですね、」 大きく息を吸って気合いを入れた瞬間、慌ただしくヒュプノスさんが入ってくる。 無表情で不機嫌そうに視線を投げたお父様に、けれどヒュプノスさんはひるむことなく顔を上げた。 「姫君、なりません!」 「お願いしてみなきゃわかりません!」 「なりません!」 「 あまりにもこちらの言い分を聞いてくれないヒュプノスさんに、つい苛立って怒鳴ってしまった。 何故かものすごくショックを受けた様子のヒュプノスさんから顔をそむけて、お父様の顔をずずいと覗きこむ。 「冥界に行きたいんですけど、どうしたらいいですか?」 思い切って尋ねた瞬間、この世のものとは思えない美貌がぴしりと固まった。 ……うん? 様子のおかしいお父様に笑顔のまま首を傾げると、形のよい唇がふるふると震えながら開かれる。 「……ここが、嫌になったか?」 「 思いがけない言葉に、思わず間抜けな声が出てしまった。 まじまじとお父様を見ると、冗談抜きにショックを受けているようだ。 「……何言ってるんですか、私がお父様を嫌いになるわけがないでしょう?こんなにヘタレ格好よくて、可愛いのに!!」 おっといけない、つい本音が……! 慌てて口をふさいでちらりと顔をうかがっても、どうやら気分を悪くした様子はないようだ。 それどころか、ちょっぴり嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか。 言われた意味わかってるんですか、ハーデス様。 「今回は、皆さんにマフィンを差し上げに行くんです。作ってみたら意外とうまくいったので」 「……そうか」 少しだけ寂しそうにうなずいて、お父様はすいと北を指し示す。 その先にあるのは、重厚な扉。 「あの先に冥界をつないだ」 「え!?そんな簡単に!?いいんですか!」 「僅かの間なら」 聖戦もびっくりのお手軽どこでもドアに思わず突っ込むと、あっさりとうなずかれた。 そうか、いいのか……。 サガさんにばれたら殺されそうだ、私。 ちなみに、カノンさんにばれたらものすごく笑われそうだ。 アフロディーテさんとムウさんなら、きっと苦笑しながら頭をなでてくれる。 「 「姫君、お待ちなさい。私も行きますよ」 「あ」 張り切って扉を開けようとしたら、ヒュプノスさんにがしりと肩をつかまれた。 ……すいません、いること忘れてました。 3人仲良く同じ部屋で仕事をしていた三巨頭にマフィンを詰め込んだバスケットを渡したら、いたく感激されてしまった。 「様、ご自分でお作りになったんですか?」 「はい。お口に合うといいんですけど……」 ものすごく恐縮しているミーノスさんにそう言うと、勢いよくかぶりを振られる。 「この間のクッキーも、とてもおいしくいただきました!」 「そうですか?それなら嬉しいんですけど……」 本当かなあとアイアコスさんを見ると、やっぱりこくこくとうなずかれる。 その両手にすでにマフィンが握られていたことは、見て見ぬ振りをしておこう。 大の大人(しかも結構美形)がそんなことをするなんて……くそう、可愛いじゃないか!(何か負けた気がする!) 「ルネさん達にも渡していただけますか?」 「もちろん。私が責任を持って」 うなずいたラダマンティスさんに頭を下げて、そそくさと冥界を後にした。 もっとお話したいのは山々だけれど、あの書類の山を見たら邪魔なんてできない……。 来た時と同じ扉をくぐると、お父様が立ち上がって迎えてくれた。 「」 「ただいま戻りました、お父様」 ぎゅうと抱きついて笑ったら、優しく抱き返される。 嬉しくて笑いながら、無言で頭をなでてくれるお父様に、持ち帰った小さなバスケットを差し出した。 「……?」 「お父様に。一番うまく焼けたの、差し上げようと思って別にしておいたんです」 ヒュプノスさんに持っていてもらったから、形が崩れたりもしていないはずだ。 にこにこと笑いながらバスケットを渡した瞬間、ものすごく感動した表情(でも端から見たら無表情)でぎゅうと抱きしめられた。 額にキスをされながら、やっぱり私って愛されてるなあと、しみじみありがたく思う。 こんな美形に可愛がられるって、半年前は想像すらしてませんでしたよ。 (エリュシオンが嫌になったんじゃないかと勘違いしてショックを受けたハーデス様と、そんなリアクションをちゃんと予想していたヒュプノス。ヒュプタノにもちゃんと別個にマフィンをあげてます) |