|
「…………あれ?」 「…………」 久しぶりにケーキでも焼こうかと厨房に入ったら、何故かお父様が立っていた。 真っ黒な服に真っ黒なエプロンをかけて、片手に泡立て器、片手にボウル。 「……お父様、お菓子も作れたんですか?」 無言でうなずかれ、この人は本当に冥界の主なんだろうかと、頭を抱えたくなった。 家庭的すぎる! 家庭的すぎるよ、ハーデス様!! むしろ今すぐお嫁に行けちゃうよ!! いいお嫁さんになれること間違いなしなこの人は、多分料理もできるんだろうなあと遠い目になる。 だってほら、泡立て器を使う手がプロ並に素敵。 そのうち手料理も食べられるんじゃなかろうか。 「何、作ってるんですか?」 「 質問を質問で返されたけれど、マーブルケーキを作っているということはよくわかった。 ということは、今作っているのは、ケーキ本体じゃなくて生クリームか。 マーブルケーキは泡立て器は使わないもんね、確か。 「大好きです!」 元気よく答えると、お父様がほっとしたような雰囲気になった。 同時にどうしてここにと言いたげな瞳と視線がぶつかって、右手に持っていた本を持ち上げる。 「リーフパイでも作ろうかと思ったんです。お好きですか?」 お父様が小さくうなずいたのを確認して、それではと袖をまくった。 ……エ、エプロンは仕方ないんだよ! そんなの持ってこなかったもの!! 正確には、ひーらひらーフリルとレースがふんだんに使われた白エプロンを、持ってきたくなかっただけなんだけれど。 可愛いけど……確かに可愛いけど……実際に使うのはためらわれるよ、沙織さん! とか思いながら材料を量っていたら、タナトスさんがやってきてエプロンをつけてくれた。 「あれ?よくわかりましたね、私がお菓子作ろうとしてるって」 「ハーデス様がお持ちするようにと」 「……ああ!」 テレパシーってやつですか。 小宇宙って何でもできるものだと、改めて感心してしまう。 小さい子供みたいにエプロンをつけられるのは少し恥ずかしかったけれど、そこまでしてくれることが嬉しかったから、笑顔でお礼を言った。 「ありがとうございます!」 「よくお似合いですよ」 「えへへ、そうですか?」 用意してくれたのは、繊細なレースが少しだけ飾られた、淡い草色のエプロン。 これならつけても、全然おかしくないと思えた。 実は一目ぼれだったから、褒めてもらえるのはとても嬉しい。 「さすが、ハーデスさまが用意されただけありますね」 「 こんな繊細なレースのエプロンを、お父様が!? 一体どこで買ったんだと勢いよく振り向くと、つつましく視線をそらされた。 そんなお父様に苦笑しながら、タナトスさんが耳元でこっそりと「地上のブランドから、通販で取り寄せたんですよ」と教えてくれる。 そうか、通販か……。 どこのエプロンなんだろうと考えていたら、横からそっと砂糖の袋をとられた。 いきなり消えた重みに慌てて振り仰ぐと、お父様が本を見ながら砂糖を計量しているじゃないか……! 「おおおおお父様、自分でできますー!お部屋で休んでてください!」 そんな、恐れ多い! というよりも、あんなプロ並の腕の人に見られるの、恥ずかしい! 必死に背中を押して退出願おうとしていたら(びくともしない)、お父様が首から上だけで振り返った。 「……私も、一緒に……」 「うっ……!」 じっと訴えかけるような目でそう言われ、それ以上何もできなくなってしまう。 押し出そうとしていた格好のまま、葛藤することしばし。 「……わ、笑わないでくださいね……?」 無言でこくりとうなずかれた動作を言質に(言質?)、渋々手を離した。 私もと渋るタナトスさんは追い出して、2人で本を覗きこみながら作業を進めていく。 記憶と本の文章を頼りに、何とか作り上げた生地を薄く伸ばした。 「ええと、これを型抜きすればいいんですよね?」 自信がなくて確認すると、無言で型を渡される。 どうやら、間違ってはいないらしい。 薄くて破れやすい生地に苦戦しながら型抜きを済ませて、鉄板に並べてオーブンへ。 焼き上がるのを待っている間に、お父様は氷水で冷やしてあった生クリームのボウルを取り出してかき混ぜていた。 分離するものね、あのまま置いてると。 あれをかき混ぜるということは、ケーキも冷えて食べ頃だということだ。 「、準備を」 「はいっ!」 お皿にケーキとリーフパイを綺麗に並べて、お茶はラダマンティスさんがくれたルイボスレモンで。 薄いパイは、すぐに冷めて食べ頃になった。 外が見えるテラスに一式を並べて、のんびりとティータイムを楽しむ。 ヒュプノスさん夫妻とタナトスさんもお誘いしたけれど、ハーデス様と一緒は恐れ多いと断られてしまった。 まあ、ヒュプノスさんはたまりにたまった仕事の処理をする方が先みたいだったけれど。 タナトスさんの笑顔が怖かった。うん。 「お父様って、何でもできるんですね……」 とてもおいしいケーキに舌鼓を打ちながらそう呟くと、お父様はふるりとかぶりを振る。 「お前の作ったリーフパイも、おいしい」 「お父様が手伝ってくださったからですよ!あ、生クリーム、もうちょっと食べてもいいですか?」 お店で食べる時についている量じゃ、実は物足りないのだ。 生クリームはたっぷりとつけて食べるのがおいしいよ、絶対! しっかりとうなずいてくれたのを確認して、お皿に生クリームを追加盛りする。 喜々として食べていたら、不意にすいと手を伸ばされた。 ほんのり冷たい指が口元をかすめて、また離れていく。 「……ついている」 ほんの微かに苦笑したお父様が、そのままそれを食 べ た 。 「 恥ず、恥ずかしい……! 何だこの羞恥プレイ!! 全然わかっていない様子のお父様に、さらに恥ずかしくなる。 一人で悶えていたら、首を傾げながら頭をなでられてしまった……。 (実は密かに、ヒロインのエプロン姿にキュンキュンしていたハーデス様。購入ブランドは英国王室御用達の某ブランドです) |