楽しい時間はあっという間に過ぎるもの。
とうとう地上に戻る日がやってきた。


「お、おおおとうさまぁ……」


前の日から泣き通しだったせいで、喉はがらがらだし頭も痛いし目元も酷いことになっている。
だけど、だけど、もうすぐお父様とお別れだなんて……!


……」
様……」


お父様もタナトスさんも、悲しそうな顔でたたずんでいる。
(ヒュプノスさんは奥さんといっしょに、少し離れたところにいる。どうやら奥さんは、お父様の近くにこれるほど偉くはないようだ)


「またっ、また来ます!」


必死に涙をこらえながらそう言うと、お父様も無言でうなずいてくれた。
何度も優しく頭をなでられて、さらに泣きたくなってくる。


様、そろそろ……」


とても言いにくそうにしながら、タナトスさんがためらいがちにそう言った。
もうそろそろ、約束の正午のようだ。

最後に一度だけお父様に抱きついて、無理矢理笑いながら離れる。


「沙織さんにお願いして、なるべく早く来れるようにしますね。今度はもっと、お菓子をうまく作れるようになっておきます」


そのままタナトスさんの側に行こうとしたら、お父様に小さく呼び止められた。
何だろうと思いながら戻ると、懐から取り出したネックレスを差し出される。


黒い黒い真珠が1粒ついた、銀色のネックレス。
銀……じゃない、きっと白金だ。


「……持って行け」
「これ……私に?」


私にくれるんじゃなかったら一体誰に渡すんだと自分に突っ込みながら、それでも信じられなくてぽかんと見上げる。
静かに、けれどしっかりとうなずくその姿を見て、とうとう涙腺が壊れてしまった。




「大事に   します!!」




ぼろぼろと泣きながらしっかりとネックレスを握りしめた私を、お父様が無言で抱きしめてくれる。
タナトスさんに肩を抱かれて聖域に飛ぶその瞬間まで、お父様は微動だにせず見送っていた。












「お帰りなさい、さん」
「ただいま戻りました、沙織さん」


にこやかに出迎えてくれた沙織さんに頭を下げて、タナトスさんを振り仰ぐ。
ヘッドパーツをつけていないタナトスさんは、やっぱりうっとりするほど美人さんだ。


「どうもありがとうございました。お父様のこと、よろしくお願いします」
「お任せください、様」


優雅に頭を下げて、タナトスさんも行ってしまった。
ぼんやりとタナトスさんが立っていた床を見ていると、優しい腕にそっと包まれる。


「お帰り、。楽しかったかい?」
「アフロディーテさん」


久しぶりに見るアフロディーテさんはタナトスさん達に負けないほど美人さんで(むしろある意味勝っているかもしれない)、思わずくらりときてしまった。
倒れるものかとふんばってこらえている間に、髪にミニバラを数輪飾られてしまう。


ち、ちょっと、似合いませんってば!


「ア、アフロディーテさん」
「ああ、やっぱりよく似合う」


微笑むその姿は、まるでヴィーナス   じゃなくて!
流されるものかと必死にアフロディーテさんを見上げて、さらに髪をいじろうとする手を抑える。

きょとりとした表情になった顔をしっかりと見て、全開の笑顔を浮かべた。


「ただいま、アフロディーテさん!お土産、とっても喜んでもらえました!」
「それはよかった。   お帰り、


もう一度ぎゅうと抱きしめてくれたアフロディーテさんが、私の背中をついと押す。


「ほら。みんな、心配していたよ」
「ただいま戻りました!」


促されて元気よく挨拶をすれば、帰ってくる呆れ顔や笑顔や苦笑。


「お前、あれから大丈夫だったのか?」


冥界での失態をバッチリと見られていたカノンさんにそう訊かれ、恥ずかしさをごまかして笑う。
本当に迷惑をかけたのがわかっているから、ものすごく申し訳なかった。


「大丈夫です。あれからは、何もなかったんですよ?」
「どうだか」
「本当ですってば!」
「へー」


し、信じてない……!!
絶対信じてない、この棒読み加減……!


悔しくてぎりぎりと睨み付けていたら、気のない表情をしていたカノンさんが不意に顔をゆるめた。


「……冗談だ。本気になるなって」
「……だ、だまされた……!」
「お前、遊ぶとおもしろいんだよなあ」
「酷い!!」


本気でむくれてそっぽを向いた私の頭を、ムウさんが苦笑しながらなでてくれる。


「まあまあ、許してやってください。貴女が元気にやっているかどうか、カノンが一番心配していたんですよ?」
「え?」
「あっ!こらてめっ、ムウ!!」
「本当のことでしょう?」


慌てふためくカノンさんに、人の悪い笑顔で楽しそうに言うムウさん。

人は違えど見慣れた光景に、聖域に戻ってきたんだと、強く実感した。
いつも通りのやりとりに、知らず頬がゆるむ。


冥界と聖域。
帰る場所が2つもあるなんて、私、幸せ者だ。


だらしなくゆるんだ顔でカノンさん達のやりとりを見ていたら、デスマスクさんがのすっと背中にのしかかってきた。
お……重い……!(全体重をかけないで!)


「んで?ハーデスはどうだったよ?」
「ど い て く だ さ い !!」


つぶれそうだとじたばたしていたら、シュラさんとアフロディーテさんが助けてくれた。
2人にお礼を言ってから、改めてデスマスクさんの質問に答える。


「とっても素敵でしたよ!私がいる間はちゃんとお仕事してくれましたし、いつの間にかぬいぐるみ作れるようになってましたし、お料理もお菓子作りもプロ並にうまいし!」


一緒にお菓子作りしたんですよ、と興奮しながら言うと、何故か一様に情けない表情をされた。




「……なあ、ハーデスってそんなやつだったか……?」
「知るか。俺に訊くな」
「明らかにキャラ壊れてるよな、ハーデス」
「……そんなの相手に死闘を繰り広げた俺ら、何だったんだろうな……」












(実はめちゃくちゃヒロインのことを心配していたカノン。冬眠から覚めた熊のようでしたよ、とはムウの言)