確かにあれから、聖域がときどきにぎやかになる。
大人ばっかりのところに子供が来ると、こんなに新鮮な雰囲気になるのか。

どっかん、とここまで聞こえてくる破壊音(多分練兵場から)に首をすくませつつ、元気なのはいいことだとうなずいた。


……いや、元気とかそういう次元を越えているのはわかっているけれど、ここで私の常識を適用してはいけない。


だってほら、拳で岩を砕いちゃう人達だし!
蹴りで地面割っちゃう人達だし!

だから多分、この程度ならば「元気がいい」部類に入るのだ。
黄金の皆さんが出動していないし。うん。


とか思いながらちまちまと鉤針を動かしていたら、不意に横から声がした。


「あ、レース編み。上手なんですね」
「ありがとうございますー……ん?」


おかしい。
何かおかしい。

何がおかしいって、ここは私の部屋なのだ。
イコール、裏側(裏庭)まで入ってこれる人なんて、普通はいないはずなのだ。


それなのに、ここで知らない声がするということは   




「ア、アアアアアフロディーテさああぁぁぁぁん!!」
「うわっ!?」




どうしようどうしようどうしよう!?


侵入者ですー!と泣き始めた私に、侵入者(仮)は慌てたように手を動かした。
窓から中に入ってこようとしないのが唯一の救いだけれど、それでも何をされるものかわかったものではない。


「やだやだやだやだ何でここまで入ってこれてるんですかー!私なんか狙ったって何もいいことありませんよ!お願いですから帰ってくださいー!」


海界も冥界も仲良しなのに、どうしてここに喧嘩ふっかけてくる人がいるの……!?


パニックになりながら逃げようと後ずさっていたら、慌てた様子で腕をつかまれた。


「ちょ、ちょっと待ってください!僕は聖域の人間   っていうか、あなたこそ誰ですか!?」


   え?
聖域の、人?


女官じゃないですよね?と訊かれる声が、どこか遠い。
まじまじと見つめて見ると、女の子   男の子   いや、やっぱり女の子?


「さんくちゅあり、のひと?」
「はい」


ほっとしたようにほころんだ顔は、成長したらもっと美人さんになるんだろうと思えるもの。
怖いところなんて一つもなくて、それを認識した瞬間に力が抜けた。


「だ……大丈夫ですか?」
「…………腰、抜けた……」


ついでに言うと、いまだにつかまれている腕が突っ張ってちょっぴり痛い。
こそりと主張すると、その子が慌てて手を離してくれた。

いい子だ!


どうにかこうにか立ち上がろうとしていたら、「失礼します」と一声かけた彼女が窓から身軽に入ってきた。
そのまま私の腰をつかんで持ち上げて、さっきまで座っていた椅子に着地させてくれる。
意外と力持ちな彼女に驚いていると、邪気のない笑顔で見上げられた。


「僕、瞬っていいます。お姉さんの名前を伺ってもいいですか?」


うわあ、うわあ、可愛い!


今はお互い座ったり膝をついたりしているけれど、多分立ち上がったら私よりも少し高いくらいだろう。
今度こそ本当に久々の女の子!と笑顔になるのが止められない。


!よろしくね、瞬ちゃん」


ぎゅうと手を握ってそう言ったら、瞬ちゃんが困ったように眉を下げながら、けれど笑顔でうなずいてくれた。
とりあえずもう一つだけある椅子に座ってもらって、色々なことを話す。

どうやら、この間アフロディーテさんが言っていた「子供」は、瞬ちゃんとそのお友達のようだ。
もう少し小さい子供かと思っていたから、少しだけ残念になる。


瞬ちゃんも充分可愛いから、もういいけどね!


さんは、どうしてこんなところに?」


こてり、と首をかしげた瞬ちゃんに顔がゆるむのを感じながら、必死ににこやかな表情を保つ。
可愛い可愛い、お人形さんみたい。


「ちょっと事情があって、居候させてもらってるの。あんまり外に出ちゃいけないって言われてるから、ここの人達とはあんまり知り合いになってないんだ」
「事情……?」
「うーん……私が言っていいのかよくわからないから、沙織さんに訊いてみてくれる?」
「沙織さんに   ?」


訝しげな表情になった瞬ちゃんは、けれどすぐに何かに気づいたように顔を上げた。


   アフロディーテ」
「え?」


足音も何もしないけれど……。
帰ってきたのだろうかと耳をすませていると、少しして慌ただしい足音が聞こえてきた。


!!」
「アフロディーテさん、お帰りなさい」


本当にアフロディーテさんだったことに驚きながら笑顔で挨拶をすると、瞬ちゃんの姿を
確かめたアフロディーテさんが、気が抜けたように扉にもたれかかる。


「……よかった、瞬か……」
「勝手に入ってごめん、アフロディーテ」
「全くだ。に何もなかったからよかったようなものの……」


申し訳なさそうに首をすくめる瞬ちゃんに、額に指を押し当てるアフロディーテさん。
そのままお説教モードに入りそうなのを見て、慌てて2人の間に割って入る。


「あ、あの!私、何ともありませんし!それにほら、瞬ちゃんと仲良くなれて嬉しいですし!あの、あんまり怒らないで   
   瞬、ちゃん?」


必死に言いつのっていたら、不意にアフロディーテさんに遮られた。


「え?違うんですか?瞬ちゃん、ですよね……?」


まさか、名前を間違えるなんて初歩的なミスを犯したか。
いやでも、本人が名乗ったから間違いようがないはずだ。


おそるおそる瞬ちゃんを見ると、何故かちょっぴりへこんだようにしおれている。


「あ……あの、瞬ちゃん?」


あまりのしおれっぷりに心配になって声をかけると、さらにしおれられてしまった……。


一体何がいけなかったんだろうか。
笑いをこらえているようで実はちっともこらえていないアフロディーテさんの横で、しおれている瞬ちゃんを見ながら首を傾げた。












(何の疑いもなく瞬を女の子だと信じているヒロイン。何気なく男だと主張したはずなのに、勘違いされ続けているとわかってしおれる瞬)