どきどきしながら待っていると、目つきの悪い男の人と綺麗な女の人が入ってきた。
女の人は私達を見て一瞬不思議そうな表情を浮かべたけれど、すぐに沙織さんにむかって礼をする。


「アテナ、この度は   
「気になさらないでくださいな、パンドラ。一輝も、よく彼女を連れてきてくれましたね」
   パンドラがアテナに会いたいと言っただけだ」


一輝君のその口調に、思わず驚いてしまった。
今まで、沙織さんに対してこんなに乱暴な口をきく人なんて、見たこともなかったから。

気づかれないように目を見張るその先で、一輝君がうろんげに私とお母様を見る。


「それで、この2人は?」


私は別に構わないけれど、仮にも女神様のお母様に対してその口調はどうなんだろう。
こっそりと心配になりながらお母様の様子を窺うと、特に気にはしていないようだった。
沙織さんから、この子は元々こういう子なんだと聞いていたんだろうか。

そんなことを考えていたら、沙織さんが穏やかな声で答えた。


「ハーデスの奥方、ペルセフォネーと、その娘、さんですよ」
「ハーデスの……!?」


一輝君の目がくっと見開かれる。
隣のパンドラさんも驚いたようにこちらを見たけれど   そこには何か、暗い感情が宿っているようだった。


この人が   お父様を、守ってくれていた人。
お父様のために、人生が目茶苦茶になってしまった人。


申し訳なさにうつむいても、パンドラさんの燃えるような視線は容赦なく私達にふりそそぐ。
そんな中、お母様が静かに口を開いた。


「今回のことは、心から申し訳なく思っています。長い間気づくことができず、辛い思いをさせましたね」


慈愛に満ちた声に、後悔をにじませて。
その言葉で、パンドラさんから感じる視線が少し和らいだ。
そっと目を伏せたお母様は、そんな彼女に優しく告げる。


「あの方のしたことを、許してくれとは言いません。貴女には、それを怒る権利がある。ただ、これだけは伝えさせてください。   あの方をお守りしてくれて、ありがとう」


まさしく、冬の氷を溶かすような、暖かな春のような声。
心からの慈愛に満ちた言葉。

その言葉に、パンドラさんの視線も和らいだ。




   私は、ハーデスのために、家族をすべて失いました」




「ええ」


「私自身もハーデスとヒュプノス、タナトスに操られ、長い時を過ごしました」
   ええ」
「ハーデスは憎い、それは一生変わらないでしょう」
「それでいいのです、愛しい人の子。ただ、私はあの方を守っていてくれた、そのお礼を言いたいだけなのですから」


お母様の言葉は不思議だ。
春のように温かく、人の心を溶かしてしまう。

これが、女神様というものなのだろうか。
人の心を動かす、そんな力があるんだろうか。
だとしたら   やっぱり、私には女神様になんてなれない。


こっそりしょんぼり落ちこんでいたら、お母様に涼やかな声で「」と呼ばれた。
慌てて顔を上げると、優しい目が私を見つめている。


「貴女からも、この娘に」
「え、あ、あの   
「大丈夫。貴女は私達の娘ですもの」


さあ、と促されて、おそるおそる椅子から立ち上がった。
一輝君もパンドラさんも驚いたようだけれど、そもそも私には上から見下ろすという行為が向いていないのだ。

ためらいなく階段を下りて、パンドラさんの前に膝をつく。
慌てたようなパンドラさんの両手を握って、心からの言葉を。


「ごめんなさい。ありがとうございます。パンドラさんがいらしたから、私、今、お父様と一緒にいられるんです」
「……ハーデスの、娘?」


訝しげな呟きは、一輝君から。
そりゃあそうだろう、元々そんな存在なんていなかったんだから。
だから、素直にうなずく。


「はい。私、時空の狭間から落っこちちゃったみたいで、元の世界への帰り方がわからないんです。それで、お父様とお母様が家族になろうって」


心細くてたまらなかったあの時、お母様のあの言葉にどんなに救われたことか。
帰る方法はいまだに見つかってはいないけれど、私は今でもとても幸せだ。

それは何より、パンドラさんがお父様を守っていてくれたから。


「パンドラさんの家族を奪ってしまって、ごめんなさい。私が言うのも何ですけど、家族がいなくなるって、すごく悲しいですよね」
「おま   貴女も、家族を喪ったのか……」
「生まれ育った世界から、迷子になりました」
「そうか……」
「でも、ここに来て、お父様と出会って家族になれて、こうして皆さんとも出会えて、とても嬉しいです。パンドラさんにお会いできたのも、すごく嬉しいです」


両手を握る力を強くして、満面の笑顔を向ける。
久しぶりの正真正銘の美人さんだし、新しくお知り合いが増えたし、何よりもお父様の恩人に会えたことが嬉しくて。

しばらく戸惑っているような表情だったパンドラさんは、やがてふと顔をゆるめた。


「……貴女のような考え方も、あるのだな……」
「え?」
   私は、憎しみに囚われすぎていたみたい。ハインシュタイン城も緑が戻ってきたし、私も心の整理をつける時なのかもしれない」
「パンドラ、お前はそれでいいのか?」
「ええ、一輝。過去に囚われ続けていては、いつまでも先に進めないから」


そう言って微笑みかけてくれたパンドラさんはとても綺麗で、思わず抱きついてしまった。
柔らかい、いい匂い。
やっぱり、女の人って素敵だなあ……。


「あの、時々でもいいので、遊びにいらしていただけますか……?」


すっきりした表情のパンドラさんを見送りながらそう訊くと、はにかむようにうなずいてくれる。

後でこっそり、沙織さんが「パンドラは今まで、友人と呼べる存在がいなかったんですよ」と聞かされて、さらに嬉しくなった。
パンドラさんの初めてのお友達の座、ゲット!












(パンドラ登場!かなり前から一輝とセットで登場させようと目論んでいました。そして、やっぱりヒロインにほだされるパンドラ。というか、何だかんだで結局パンドラの心を動かしているヒロイン)