アポロン様がいらしてから、なんだか聖域が一気ににぎやかになった気がする。
星矢君達が来ていた時とは全然違って、1日1回は沙織さんのお仕置きが炸裂する、みたいなにぎやさだ。

ほのぼの感なんて全くない。
何それ、おいしいの?
毎日どこかでアポロン様の悲鳴(というよりもう絶叫)が聞こえる。

最初の頃は毎回びっくりしすぎてアフロディーテさんにすがりついていたけれど、最近はもう慣れてしまった。
まあ、これはこれで平和、かな?


「待て待て待て、。慣れてくれるな!未来の妻ならば、少しは私をかばうぎゃぁぁぁ!!」
「ごめんなさいね、さん。ちょっと目を離すとこれだからウジ虫は」
「あ、大丈夫ですよー、沙織さん。もう慣れちゃいましたし。それより、ハーブティーいかがですか?よかったら後でそちらに行こうかなって思ってたんですけど」


こんなことが毎日続いていれば、誰だって慣れるだろう。
いや、毎日は言いすぎだけど、3日に1回ぐらいはこんな感じだったりする。

アポロン様はまだ何かを叫んでいるみたいだけれど、こちらには口パクをしているようにしか見えない。
沙織さんが結界(のようなもの)を張ってくれたのだと気づいて、ぺこりと頭を下げた。

……だって正直、アポロン様はちょっとうるさいんだもの。

私のことを妻だの何だのおっしゃっているけれど、多分それも本気じゃないと思うし。
恋多き神だもんなあ、あの方。


「あの変態は、ムウが回収してくれるそうです。さんのお茶、是非いただきたいです」


にっこり笑った沙織さんの綺麗なこと!

不穏な言葉はスルー!スルー!!
どんどん沙織さんが黒くなってる気がするけどスルー!!
アポロン様さえ絡まなければ、いつもの沙織さんだもの!


「じゃあ、お茶の準備してきますね!お茶請けは何がいいですか?」
「ケーキはありますか?」
「昨日シフォンを焼いたばっかりです。生クリームも作ってきますね」


楽しみですと微笑んだ沙織さんに笑い返して、小走りでキッチンに入る。
お湯を沸かしながら、氷水で冷やしたボウルの中にホイップを。
砂糖を加えながら角が立つくらいまでミキサーで泡立てた頃に、ちょうどよくお湯が沸騰した。


「あちち」


ガラスポットの中にフェンネルベースのハーブを淹れて、砂時計と一緒にトレイに乗せる。
まずはそちらをテーブルに運んだら、今度は生クリームの仕上げだ。
手動の泡立て器で軽く混ぜないと、生クリームはすぐに分離してしまう。
最後にぺろりと一口なめて甘さを確かめて、大きめのガラスの器に全部移した。

……たっぷり山盛りの生クリームが好きなんだもん……。
お店で出される量じゃ、一口で終わっちゃうんだもん……。


大きく平たいスプーンを添えて、綺麗に切ったシフォンと一緒に持って行くと、沙織さんが嬉しそうに目を輝かせた。

そんなに喜んでもらえると嬉しいなあ。
シフォンは簡単にできるから、これで喜ばれるなら毎日でも作れちゃう。

綺麗に色づいたハーブティーを別のポットに移して、ケーキと一緒に沙織さんにサーブ。


「どうぞ」
「いただきます」


上品に生クリームをとる沙織さんとは対照的に、こんもり山になるほどシフォンの上に盛ると、小さく笑われた。


さん、生クリームが好きなんですね」
「な……生クリームが好きなんじゃなくて、シフォンに乗せるこれが好きなんです……」


いつもならカロリーを気にして、砂糖は少し少な目にするけれど、これだけは譲れない。
頬が熱くなるのを感じながら、ごまかすためにフォークを口に運んだ。

うん、おいしい。
我ながら今回はよくできた。

上を切り落とすのにちょっと失敗して斜めになっちゃったけれど、切り分けてサーブしてしまえばわからない程度だ。
満足しながら沙織さんを見ると、どうやら喜んでもらえているみたい。
にこにこしながら食べてくれている。


「やっぱり、さんの作るお菓子はおいしいですね。いいお嫁さんになりそうです」
「えへへ、そうですか?」
「ええ、もちろん」


いつも子供扱いされているから、こういう風に褒められると嬉しいものだ。
料理の腕も少しずつ上がってきているし、嬉しいばかりだと頬がゆるむ。


今度お父様のところに行くときは、和食を作れるようになっておきたい。
海外だとあまり人気はないようだけれど、ごぼうを使って肉じゃがとかきんぴらごぼうとか!
根菜は元気になれるから身体にいいんだよ!
人参嫌いだけど!
かぶも苦手だけど!

大根は好きだから問題ないだろう。
ああ、辛子レンコンとかレンコンのハンバーグとかもいいかも……。


沙織さんにお願いして材料を揃えてもらって、練習できるようにしてもらおうと思いながら顔を上げると、いつの間にかシフォンがなくなっていた。

私のお皿の。


「…………あれ?」


食べたっけなー?と首を傾げても、二口しか食べた記憶がない。
生クリームの量から見ても、私が食べきったという事はなさそうだ。
食べきったなら半分くらいまで減ってるはずだもの。
それじゃあ沙織さんが食べたのかと視線を移しても、きょとりと小首を傾げられるばかり。


…………うん?


「あの、沙織さん」
「はい?」
「私のシフォン、食べてないですよね?」
「ええ、もちろん。そんなことをしなくても、さんにお願いすれば、新しいケーキをサーブしてくれるでしょう?」
「もちろんです」


うなずいたところで、ますます謎が深くなった。
沙織さんに気づかれずに食べ物をとることなんて、ここでは誰もできないと思   


「美味だぞ、!!」


どばたん!!


ドアが跳ね返るほど勢いよく開かれて、そこから入ってきたのは見慣れてしまった金髪。
さすがに服を着てはいるけれど、アポロン様を間違えられるはずがない。
いろんな意味で。うん。


「さすが私の花嫁、料理の腕も逸品だな!」


満足そうにふんぞり返ったその口元についている生クリームで、何かもう、全部わかってしまった。


…………貴方が犯人ですか、アポロン様!!


フォークまでは持って行かなかったようだけど、まさか手づかみで食べたんですか!?
美意識がものすごく高そうなのに!!
いやそれよりも、くれと言われれば新しいもの切ってサーブしたのに!


「ふふふ……花嫁の食べ賭をわたしが食す。これぞ間接キスというものだな」
「…………沙織さん」
「ええ」


半目になって名前を呼べば、沙織さんも虫けらを見るような目をアポロン様に向ける。
一瞬後に鼓膜が破けそうな悲鳴が響きわたったけれど、それは自業自得だろう。
私達、何も間違った対応はしていない自信がある。












(アポロンが哀れだと思ったら負け。自業自得です、太陽の君)