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聖域の住人の、ごくごく一部と仲良く生活しながら、私はここでの暮らしに順調に慣れていった。 そんなにいっぺんに出てこられても困るから、まあこれくらいの交流範囲が妥当だろう。 全員と仲良くなんてしたら、私死にそう。 殺人級の美人をなめちゃいけない。 なめてて実際倒れそうになったから!私! というわけで、今現在、アフロディーテさんの薔薇園にせっせとお水をあげているわけだ。 「相変わらず綺麗なお庭だよなあ……」 毎日お世話してますと言ったら、何故かシュラさんがぎょっとしたような表情でアフロディーテさんを見たけれど……何だってんだろう、一体。 惚れ惚れするような美しさにほうと息を吐くと、立ち入っていいと言われた場所の端まで来ていたことに気づく。 ここから先は危ない品種だからと、初日にとっくりと言い含められた。 ……危ない品種って、何が危ないんだろう。 刺が鋭いとか、刺さったら抜けないとか、そういう類のものなんだろうか。 実はここ数日、任務だとかでアフロディーテさんが留守にしているのだ。 しおれて元気がなくなってきている薔薇を見て、やっぱりお水だけでもあげるべきだろうかと悩んでいたら、後ろで小さな足音がした。 「そちらへは行かない方がいいですよ」 「あれ?ムウさん、どうしたんですか?」 とんとご無沙汰だった人に首を傾げると、教皇宮に行く途中なのだという。 初めて会った時に、思わず「麿眉」と言いかけたのは内緒だ。 「ま」まで言った瞬間、サガさん(やっと覚えた)に超高速で口をふさがれた。 どうやら本人も気にしているらしい。 気にしているなら、元に戻せばいいのに。 「お仕事大変ですねえ」 「もう慣れましたよ。老師が執務をさぼらなければ、もっと楽なんですけどね……」 「はあ……」 老師って誰だろう。 おじいちゃんはいなかった気がするんだけど……。 曖昧に相づちをうちながら記憶をたどって、まあ知らなくても問題はないかと諦める。 「きっと、おじいちゃんだから、お仕事するのが大変なんですよ」 大体、若い人材ならそこらへんにいくらでも転がっているだろう。 ムウさんもアフロディーテさんも、他の人がみんな私くらい若いのに、わざわざ老人を酷使しなくてもいいんじゃないだろうか。 老師がちょっぴり可哀相になってそう言ってみたら、何故かムウさんが笑いをこらえるような顔になった。 「……そ……そうですね、老師はなにしろ200歳を超えていますしね」 「そうそう、そんな200歳も年 いくらなんでも聞き間違いだろう。 そんな、江戸時代から生きている人がいたら、ギネス登録どころの騒ぎじゃなくなってしまう。 ええと、大体1800年頃だから 徳川は…と語呂合わせを呟いていたら、余計にムウさんのツボに入ったようだった。 声には出ていないけれど爆笑されて、何がなんだかわからないけれど恥ずかしくなる。 「……笑うなら潔く笑ってください」 「すみ、すみません……」 謝りながらも必死に笑いをこらえているムウさんは、果たして礼儀正しいのかそうじゃないのか。 「そ、そうですね。きっと200年も生きているから、色々とボケているんですよ」 「そうですよ、きっと。あんまりおじいちゃんをいじめないでくださいね!」 勢い込んでそう言うと、ムウさんもとっても微妙な表情でうなずいてくれた。 なかなか酷いことを言っていた気もするけれど、幻聴に違いない。 ムウさんがそんなことを言うはずがない。 「でも、このままじゃ、お花が可哀相じゃないですか?」 しおしおとうなだれて、死んじゃいそう!と全身で表現しているようだ。 他のお花を世話している身からすると、何だか不公平なことをしているようで切ない。 できればお水くらいはあげておきたいと言ってみれば、しばらく考えたムウさんがうなずいてくれた。 「……では、私が付き添いましょう。少なくともそれならば、危険なことはないでしょうから」 「ありがとうございます!」 喜々として一歩踏み出そうとしたら、さっそく肩をつかんで引き止められる。 「私が先に」 「え?大丈夫ですよ、お水あげるだけですよ?」 「いえ、念の為」 何故か頑なに慎重さをみせるムウさんに首を傾げながらも、素直に道を譲った。 何だかよくわからないけれど、小宇宙とかいうのが関係しているんだろう。多分。 ムウさんに先導されながら黙々とお水をあげて(それ以上近寄っちゃいけないとか、 色々うるさく言われた)、さっきよりも元気になったお花に嬉しくなった。 はっきりいって、ここでの私はごくつぶし以外の何者でもない。 こんなことでも何かの役に立てると、何だか嬉しくなるのだ。 以前は人の役に立つ喜びなんて、そんなに感じなかったんだけどなあ……。 やっぱり人間、やることがないと不安になるらしい。 「ありがとうございました 丹念にお水をあげて振り返った拍子に、効果音が聞こえそうなほど綺麗な姿がこちらにやってくるのが見えた。 私がここにいるのを見て、一瞬険しい顔をしたけれど、ムウさんが一緒だからすぐに元通りの顔になったようだ。 大はしゃぎで手を振ると、アフロディーテさんも微笑んでうなずいてくれた。 「お帰りなさい!」 「世話をしてくれていたんだね、ありがとう」 「勝手に入ってごめんなさい」 注意を無視したことを謝ると、ちっとも怒った様子を見せずに頭をなでてくれた。 「枯らしてしまうとまずいものだから、かえって助かった」 「それならよかったです」 「アフロディーテ、あなたまさか、彼女にずっとこれを?」 話に割りこんできたムウさんが、少し責めるような口調でアフロディーテさんに問いかける。 それにあっさりうなずいたアフロディーテさんが、私の頭に乗せていた手を肩に移動させた。 「は薔薇の扱いが丁寧だから。安心して任せられるんだ」 「安全性は?」 「私にそれを訊くのか?」 愚問だと言わんばかりに笑ったアフロディーテさんに見下ろされて、最近ようやく慣れてきた心臓がまた飛び跳ねる。 「これからもよろしく頼むよ、」 「はい!」 「充分気をつけてくださいね」 「ありがとうございます!」 何だかよくわからないけれど、アフロディーテさんには信頼されているし、ムウさんは私の心配をしてくれているようだ。 ようし、もっと頑張ろう! (なんだかわからずに、ロイヤルデモンローズのお世話もすることになったヒロイン。知らないと結構のんき。徳川将軍の語呂合わせがどうしても思い出せなくて、結局ごまかしてみました…) |