それから数日間、アポロン様はぱたりと姿が見えなくなった。
とてもにぎやかな方だったから、いつも通りの毎日に戻ったはずなのに、なんだかとても寂しい。

薔薇の花柄を摘みながら小さくため息をつくと、後ろからそっと声をかけられた。



   アルテミス様?」
「浮かない顔ね」


綺麗な眉が顰められて、するりと頬に手を差し伸ばされる。
細い指は思っていたよりもひやりとしていて、少しだけ驚いてしまった。


「アルテミス様」
「ごめんなさいね、愚弟が。大丈夫、今頼りになるのを呼んでいるから」
「いえ、あの、アポロン様は関係な」
「無理はしなくていいのよ。あれは本当に、もう……どうしようもないんだから」


沈痛な面持ちになるアルテミス様。
そんなに責任を感じなくてもいいのに!

申し訳なくなって細い手をぎゅうと握ると、困ったような笑顔をされた。


。貴女は   本当に、……っているのね」
「え?」
「いいえ、貴女が知らないのなら、きっとそれが一番いいのよ」


かぶりを振るアルテミス様はとても綺麗で、とても切なそうで。
もう一度聞き返すことはできなかった。

それよりもと、もう一つ気になったことを聞いてみる。


「頼りに……頼りになる方って、どなたですか?」


もしかして、お二人のお母様かな?
お名前は忘れちゃったけど、多分素敵な方なんだろう。
レテ様だったかな?ラ行だった気がしたんだけれど……。
ハニーブロンドか、プラチナブロンドか。
勝手に想像してうきうきしていた私に、アルテミス様がさらりとおっしゃった。


「ヘルメスよ。彼の言うことなら大抵従うんだけど……遅いわね、何をしているのかしら」
「ヘルメス様!?」
「ええ。もしかして、もう会ったことがあった?」
「いやいやいやいや!!だってあの方、すごく忙しいじゃないですか!!」


ヘルメス様は伝令神。
神様方の間を飛び回って、かなり大変なはずだ。
そんな方にお会いできるわけがないっていうか、まさかわざわざアポロン様のために呼んじゃったの!?


ヘルメス様……すごくおこがましいけど、とっても不憫です……。
貴重なお仕事の時間を削っちゃってすみません……。


私とは対照的に涼しい顔のアルテミス様は、恐ろしいことに小首を傾げて不思議そうな顔をなさった。


「忙しい?確かに飛び回っていることが多いけれど、アポロンの不始末はちゃんと片づけてくれるわよ?」
「片づけ……」
「身軽だから、その分行動も速いのよ。   まったく、今回に限って遅いなんて」


躾が必要かしらなんて呟いているアルテミス様、多分気づいてらっしゃらないんでしょうけど、目が輝いてます。
ものすごく楽しそうです。

相変わらず女神様方は強いなあと思いながら、アルテミス様のすべすべした手をこっそり楽しむ。
沙織さんもお祖母様もだけど、どうやったらこんなに綺麗な手になれるんだろう。
やっぱり、これが人と神様との違いなんだろうか   いやいや、沙織さんは身体は人間だから!


「努力の差かなあ……」
「え?」
「あ、いえ!その、女神様は皆さん手が綺麗だなって思って……」
「まあ、ったら」


くすくすと涼やかな笑い声をあげられるアルテミス様。
顔が熱くなるのを感じてうつむくと、ちょうどいいタイミングでアフロディーテさんがきてくれた。


   ご歓談中失礼します、アルテミス様。アテナからご伝言です」
「何と?」
「ヘルメスの君が到着しそうだと」
「やっと来たの?」


遅いという副声音ばっちりで片眉をあげたアルテミス様は、名残惜しそうに指で手の甲をなでてから、そっと私の手を放す。


、君も」
「はい」


神様にお会いするには、きちんとした格好をしなければ。

綺麗な礼をして控えてくれていたアリッサさんの手を取って、私も精一杯の礼をする。


「アルテミス様、私もきちんと着替えてから伺います」
「ええ、待っているわ」


踵を返したアルテミス様の髪が、さらりと小さく揺れた。
太陽を反射してきらきらと光るプラチナブロンドが綺麗で、思わず見とれてしまう。
しばらくぼうっと見送っていたら、アリッサさんに手を引かれてしまった。


様。見とれてしまうのはわかりますけど、お支度しましょうね」
「はあい」


手早くドレープを整えてもらいながら、そういえば最近は女官の皆さんとお茶をしていないと思い出す。
いけないいけない、紅茶シフォンでも焼いて、お茶しなければ!

ああでも、アールグレイはついこの間切れちゃったばかりだ。
アフロディーテさんにお願いして、買ってきてもらわなきゃ。

アポロン様用のものばかり作ってちゃ駄目だよね、一番大変なのはアリッサさん達なんだから!


むん、と気合いを入れると同時に、アリッサさんがティアラをそっと髪に挿してくれた。
ヘアセットの仕上げは、身支度はおしまいですよの合図だ。


「素敵ですよ、様」
「……行ってきます」
「はい、行ってらっしゃいませ」


くすりと笑われながらアフロディーテさんのところに戻ると、またもや小さく笑われた。


「顔が赤いよ」
「だ……だって、こんな盛装したの、久しぶりなんですもん!恥ずかしいですよ!!」
「おやおや」


可愛いのにねえなんてうそぶくアフロディーテさんの腕に飛びついて、早くいこうとぐいぐい引っ張る。
もうやだ、なんで毎回羞恥プレイなの!?


「アポロン様の馬鹿ー!!」


思わずそもそもの犯人に文句を叫んだら、何故か『グッジョブです、さん!!』と沙織さんからテレパシーが飛んできた。
すごく爽やかな笑顔が思い浮かんだのは……気のせいじゃないよね、うん。












(ヒロインの声はアテナ達のところまで届きました。というか、アフロが届けました。リアルorzとなるアポロンに、高笑いするデメテル、にやにやするアルテミス、そして超笑顔の沙織。カオスすぎる)