「失礼します……お父様、何してらっしゃるんですか?」


ノックと共にドアを開けると、何やらお父様が必死に何かを隠していた。
一見無表情でも、ものすごく焦っている。
あえて触れない方がいいのだろうかと思いつつも、好奇心に負けてついつい中に入ってしまった。


「お母様へのプレゼントですか?」


あんなに頻繁に私にプレゼントをくれるお父様だもの、お母様にもたくさんのプレゼントを用意していても不思議ではない。
冬にしか会えない分、余計に。

けれどお父様はその問いかけにかぶりを振って、どうしたものかと迷うような素振りを見せた。
一体どうしたんだろうか。

首を傾げて待っていると、観念したように優雅に手招きされる。
お許しが出たので、いそいそと近づいて   思わず歓声をあげてしまった。


「うわあ……!」


白地に紺の、一見するだけで高そうだとわかる浴衣の反物。
ところどころに古典柄の花が散っていて、それがまた素敵。
そして、反物は着々と型にそって切り取られて、一枚の浴衣になろうとしていた。


「お父様、これどうしたんですか!?すごいすごい、浴衣の作ってる最中なんて初めて見ました!」


興奮してお父様の服にすがりつくと、少しだけ赤くなったお父様が、無言で私を指し示す。


……私?
これはもしや、私の浴衣?


「私、に……?」
「…………気に入らなかったか……?」


信じられなくて綺麗な顔を見上げると、不安そうに訊き返された。
どうやら間違いなく、私の浴衣らしい。
そして、気に入らないわけがない!

ぶんぶんとかぶりを振って、思いっきりお父様に抱きつく。
深い森のようなお父様の香りが、とても好きだ。


「嬉しいです!ありがとうございます!」
「……が喜ぶなら、よかった」


ほっとしたような気配が頭上でして、ゆっくりと髪をなでられる。
大きな掌も、優しい手つきも、みんな好き。


「でも、お父様。どうして浴衣を?」


確かに今の時期にはぴったりだし、私が着る分には問題ないだろう。
けれど、どこにも着ていく場所がない。
それなのにどうしてわざわざ作ってくれるのかと首を傾げると、お父様は微笑んで(微笑んで!)そっと口を開いた。


「以前   蛍の話を、しただろう」
「え   あ、はい」


そういえば、そんな話をした記憶もある。
うっすらとだけど、話題探しに必死になっていた記憶もある。


「蛍を   見たいか?」


深い深い声で言われた問いはあまりにも突然で、思わずぱちりと瞬いてしまった。

うなずいたら、お父様はどうしてくれるつもりなんだろうか。
でも、久しぶりに蛍も見てみたい。

期待をこめてうなずくと、お父様は「そうか」とうなずいてまた浴衣作りに戻ってしまった。


無言でちくちくと針を動かす様子を隣で見ていると、途中で何度か仮縫い状態のものを身体にあてられる。
肩幅よし、身幅よし、おはしょり含めた身丈よし。
それを確認すると、鮮やかな手つきで浴衣が縫い上げられていく。
いつの間にか側にはこれまた高価だとわかる紅色の帯が準備されていて、そちらの光沢と織りの細かさにもため息が出てしまった。


「これ、どこで買ったんですか?」
「アテナから」


なるほど、高そうなわけだ。
そして、純日本製が手に入るわけだ。


沙織さんなら喜々として様々なメーカーのカタログを送りつけただろうと思いつつ、そっと帯に触る。
手触りは確かに、絹100%だ。
本当に、神様ったらお金の使い方が半端ないんだからと、ついついさっきとは別のため息が出てしまった。












それから数日、部屋でごろごろしていたら、ヒュプノスさんが呼びに来てくれた。


「ハーデス様がお呼びです」
「お父様が?」


もうお夕飯も食べたのに、一体何だろう。
首を傾げつつもヒュプノスさんの後をついていくと、お父様の部屋とは別の場所へと連れて行かれて。
そして。


「え?や、あの、ちょっと   ひゃあああっ!!」
「大丈夫ですわ」
「大丈夫ですわ」
「私達、たくさん練習しましたもの」
「綺麗に着付けてさしあげますわ」


ニンフさん達に、あれよあれよと浴衣を着付けられました。

確かにきっちりしてて、とっても上手だけど!
どこから手に入れたのか不明な(多分絶対沙織さん経由)簪も、すっきりまとまった髪の毛に映えて素敵だけど!
だけど、こんな不意打ち心臓に悪い……!


半泣きになりながらお化粧をされて、ヒュプノスさんに手を引かれて、今度こそお父様の部屋に行く。
そこで待っていたのは、いつも通り漆黒の衣装に身を包んだお父様だった。
とっくりと私を眺めて、満足そうにうなずく。


「よく似合っている」
   ありがとうございます」


とんだサプライズだったけれど、嬉しいことには変わりない。
笑って答えて、小走りにお父様の隣まで行った。
おろしたての下駄の鼻緒が擦れて、ちょっとだけ痛い。


「どこに行くんですか?」
   こちらへ」


大きな掌に手をとられ、ゆっくりと外への道を歩いていく。
神殿から出て、それでもしばらく歩いて。
不意にそれは現れた。




   蛍!!」




静かな川辺と、明滅する緑色の優しい光。
それは正に、記憶の中の蛍そのものだった。


「アテナから、蛍とはこういうものだと聞いたのだが   合っていたようだな」


ほっとしたようなお父様の言葉で、この場所がわざわざ私のために作られたことを知る。
エリュシオンの一角に、私のためだけに、不釣り合いな日本の風景を。


「……美しいな」
   そうですね」


さわさわと風が草を揺らす中、ただそれだけを言い合って、無言で寄り添い合う。
繋がれた手の温かさと深い森の香りが、とても心地よかった。











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「ハーデス様と料理とか裁縫とか編み物とか、ほのぼの話」でした。
教わるのもいいですよね!と言って下さったのですが、どうしてもこのネタをやりたくて…!
そしてこの話、別のリクエストへの布陣です(笑)


ハーデス様はとうとう、和裁の才能まで身につけた模様です。
娘への愛は深いんですね、ハーデス様!
もう、何でもできちゃう万能おさんどさんとかになっちゃえばいい。

お持ち帰りはリクエストをして下さった方のみとなります。
リクエストありがとうございました!