高熱で途切れ途切れの感覚と記憶にあるのは、誰かの優しい手。

汗を拭いてくれて、張り付いた前髪を払ってくれて、頭をなでてくれて。
とても温かいものが握られた手から伝わってきて、私はゆっくりゆっくりと回復していった。


「……とう、さま?」
「ああ、ここに……いる」
「……お父様……」


じんわりと温かい手は、お父様のものだ。
そこから全身に温かさが広がって、その度に気分がよくなっていく。


「……辛くはないか?」
「はい……」
   そうか」


そんなことを繰り返し、繰り返し、ようやくちゃんと治った時には、お父様が泣きそうな顔で額にキスをくれた。


「気分は」
「ばっちりです!」
「そうか」


どうやら、私を治してくれたのは、お父様の小宇宙とかいうものらしい。
私の中にも小宇宙はあって、それはとても大きなものなんだとか。
だから、私よりももっといっぱい小宇宙を持っているお父様が、ほとんど付きっきりで小宇宙をくれていたようだ。


……治してもらっておいて何だけど、またお仕事たまってないかな……。


タナトスさん達やラダマンティスさん達が過労で倒れなければいいんだけれど。
そんな小さな心配をしつつ、ニンフの皆さんに連れられて、花びらがいっぱい浮かべられたお風呂に入る。

これもいつものことだ、もう慣れた。
というか、諦めた。
他の人に裸を見られるのは恥ずかしいけれど、温泉とか修学旅行だと思えば!!


浴槽からはふうわりといい香りが立ちこめて、うっとりしている間に手早く丁寧に身体を洗われる。
いつもよりもゆったりとした服に着替えて、髪も結うのはやめてもらって。

お父様のところに行くと、書類の山に埋もれながらも嬉しそうに出迎えてくれた。


   
「気分はもうすっかりいいです。お父様、どうもありがとうございました」
「……私はお前の、父親だ」
   そうですよね!」


嬉しくなって飛びつくように抱きつくと、そっと抱きしめてくれる。
不器用で口下手だけれど、お父様がどれほど私のことを大切に思ってくださっているかは、充分すぎるほどに感じていた。
だから、お礼に代えて頬にキスを。


「お父様、大好きです」


そうして、すぐに聖域に戻ろうとしたんだけれど……。




「あの、私、もう元気ですよ?」
「何をおっしゃいます様、万が一ということもあるでしょう」
「タナトスの言う通り。ここは少し様子を見るべきです」
「我々がもう大丈夫だと認識するまでは、冥界においでいただきますよ」




……ヒュプノスさんとタナトスさんのダブルコンボにしてやられた……。
その奥ではお父様もうんうんとうなずいているし、もう私には逆らいようがない。
しおしおとうなだれて、深々と頭を下げた。


「もう少し、お世話になります……」


それからは毎日がもう大変。

くちゅんとくしゃみをしようものなら、ヒュプノスさんがガウンを持ってすっ飛んでくる。
お父様は執務そっちのけで、私を膝の上に乗せて熱を計ったり頭をなでたり。
もう平気だと何度言っても、冥界の皆さんの過保護っぷりは衰えるところを知らないらしい。


「あの、本当に大丈夫ですから……」
「姫君はそちらにお座りください、今身体を暖めるハーブティーをお持ちしますから」
「え、あの……」
「ほら、様がお好きなお菓子ですよ?お好きなだけお召し上がりください」
「あ、あの、アイアコスさん……」
「ああ、膝掛けでもお持ちしましょうか?こちらは少し冷えますからね」
「ラ、ラダマンティスさんまで……」


冥界の方に遊びにきても、皆さんこんな調子で超過保護。

何だこれ、私何歳だと思われてるんだ。
健康管理ぐらい自分でできます!


「とかおっしゃいますけれど、ご自分の体調にお気づきになりませんでしたよね?」


握り拳で訴えたら、タナトスさんに笑顔でバッサリ切られた……。

そうでした、熱があるのに気づかないでぶっ倒れたのは私でした。
反省してますから、そのちょっぴり怖い笑顔は勘弁してください。

ミーノスさんが贈ってくれた、冥界の花を活けながらしょんぼりしていると、お父様が静かに入ってきた。


「……
「あ、お父様!!お仕事はいいんですか?」


最近のお父様はちょっと忙しそうだったから(私が熱を出していた間の書類がたまっていたらしい)、久しぶりにのんびりできるのかと、思わず嬉しくて駆け寄ってしまう。
そんな私を抱きとめると、お父様はそのままひょいと抱き上げた。


「へ?」


そのまま、まっすぐにベッドへ。


「あ、あの、熱、ありませんよ?」


よもや寝かされるのではと焦って主張すると、お父様は小さく微笑んで私の頭をなでた。
大丈夫だと言わんばかりの仕草に、ほっと胸をなでおろす。
ベッドに腰掛けたお父様は、そのまま私を膝の上に乗せて、私の着ている服を見て、満足そうにうなずいた。

今日の服は、お父様がカタログで買ってくださったワンピースだ。
若草色のシフォンに、シルクの肌触りが気持ちいい。
可愛すぎず大人すぎずのデザインに、見た瞬間一目惚れしてしまった。


「このお洋服、ありがとうございました!すごく綺麗で素敵です」
「よく、似合っている」


そのたった一言で、こんなにも幸せになれる自分がちょっぴりおかしい。
けれど、それだけ大切にされていることを、短い一言でわかってしまうから。


「……ところでお父様、風邪もすっかりよくなりましたし、そろそろ地上に戻ろうかなーって思……」


これ以上構ってくださる皆さんに迷惑はかけられない!と切り出したら、何故かお父様がものすごく落ちこんだ。
慌てて慰めて、(主にヒュプノスさんたちから)前言撤回させられて。
そんなことをしていたら、すっかり長居をしてしまった……。




「お帰り、
「……ただいまです、アフロディーテさん」




出迎えてくれた皆さんの笑顔が生温かかったのは、言うまでもない。












(冥界陣はここぞとばかりに甘やかすに違いない。そしてその様子を逐一ブルーレイに収めて、また英気を養うための糧にしてるといい)