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「あら、タナトス。さんなら今いませんよ?」 「は」 いつものようにハーデスからの贈り物を届けにきたタナトス(頻繁すぎてフリーパスになった)は、沙織の思いがけない言葉に思わず声をもらした。 彼らの大切な姫は、そうそう気軽に聖域から外出するような身ではない。 となると、目の前にいる存在が許可を出したはずだが 「いずこへ?」 「海界に行っていただきました」 ずっとここに閉じ込められるのも、気分が陰鬱になるでしょう? 優雅に笑う沙織にうなずきつつ、タナトスの頭の中では様々な思いが高速回転し始めた。 海界の戦士達は、どうにも思いこんだら一直線のきらいがある気がする。 そんな単純馬鹿共の中に、あんなに愛らしい存在が放りこまれたら、一体どうなってしまうだろうか。 いやいや、むしろなれぬ場所で、姫が不安がっているかもしれない。 「……では、こちらは様がお帰りになったら、お渡しいただきたい」 「ええ。確かに」 優雅に微笑んだ沙織に一礼すると、タナトスは即座にエリュシオンまで翔んだ。 妻といちゃこらしているヒュプノスの首根っこをひっつかんで、問答無用で再び翔ぶ。 「何をする、タナトス!!」 「うるさい、様が心配ではないのか!」 いつでも万年新婚を素でしおって!! 妻との時間を邪魔されて不機嫌だったヒュプノスだが、と聞いた瞬間にぴたりと動きを止めた。 タナトスのやっかみ混じりの文句は、何事もなかったかのようにスルーする事にしたらしい。 「姫君がどうした」 「あれを見ろ」 即座に真顔になったヒュプノスに、タナトスが奥を示す。 「 そこにいたのは、アイザックに頭をなでられる。 アイザックの表情は僅かにゆるんでいて、妹のようだと思っているのが手にとるようにわかった。 「あいつ……人間の分際で、姫君になれなれしい!!」 「落ち着けヒュプノス、様はいまだ人に近しい存在だ」 いきりたつヒュプノスをたしなめるタナトスだが、そう言う本人も軽くリンゴを粉砕できそうなほど拳を握りしめている。 自身が嬉しそうにしているのだ、邪魔立てすることはできない。 「あんたの妹か?」 彼の涙ぐましい忍耐は、アイザックの一言で呆気なく吹き飛んだ。 しかし、邪魔をすれば、まず間違いなくの機嫌を損ねるだろう。 裏を返せば、に知られなければいいということ。 『おいカノン、その無礼者を引きはがせ!!』 というわけで、自然矛先はカノンに向かった。 『はあ!?タナトス 『うるさい、我々がどこにいようが関係ないわ!早くせんか!』 『今引きはがしたら、が不機嫌になる上に、下手したら泣き出すだろうが!』 小宇宙だけで器用に怒鳴り合いをしていた3人だが、カノンのその一言で双子神が口をつぐむ。 いくら何でも、を泣かせるのは本意ではない。 そうこうしている間に、いつの間にかの傍にもう1人増えていた。 「あれは……?」 「セイレーンだろう。あれの笛はなかなかのものだぞ」 目をすがめたタナトスに、ヒュプノスがうっすらと笑いながらそう告げる。 ヒュプノスが言うほどの腕前だ、オルフェにも劣らないだろう。 『おいカノン、そのセイレーンを冥界に 『無理に決まってんだろうが!』 『何だ、だらしない』 『俺はあんたらの配下じゃねえ……!』 カノンがそう吠えるのと同時に、2人の脳裏にセイレーンの小宇宙が滑りこんできた。 『可愛い子だな、妹にほしいくらいだ。この子、海界にくれないか?』 「…………おい」 「…………ああ」 『カノン。そいつは今この時を持って、冥界に引きずりこむ事にした』 『待て待て待て!!冗談にきまってるだろうが!!』 いっそ恐ろしいほど静かなトーンで伝えられた小宇宙に、カノンが力一杯ストップをかける。 「駄目にきまってるだろ、馬鹿!!何言ってるんだ!?」 「何だ、残念」 大慌てでセイレーンに怒鳴るカノンは、元配下がウッカリ冥界に引きずりこまれないかと戦々恐々だ。 一連の会話に気づいていない幸せなセイレーンは、それに対して悪戯っぽく肩をすくめるだけ。 まさか今の一言で自分が生死の分かれ目に立たされていたなど、露とも想像していないだろう。 疲労困憊のカノンに、に砂糖菓子を与えていたセイレーンがテティスの事を告げた。 気の強いテティスのこと、早く向かわないと何時間もぐちぐちと文句を言われるだろう。 どうして俺ばっかりこんな目に……とたそがれつつ、カノンは急いでそちらに向かう。 「様を置き去りにしているではないか、あの馬鹿め!」 「ああ、しかし、懸命に走る姫君も愛らしい……」 「何を悠長に言っている、もう息がきれているぞ」 「何!?もっとゆっくり行かんか、カノンめ!」 ぎゃいのぎゃいのと騒がしい2人に、その時ハーデスから呼び出しがかかった。 三巨頭では扱いきれない案件が出たため、すぐに戻れという。 実は主君に無断で飛び出してきた2人は、どこにいると尋ねられる前に急いでハーデスの元に翔んだ。 「は好きな人、いるの?」 「はい!?」 そんな彼らにその後のテティスとの会話が聞かれなかったのは、カノン始め聖域の面々にとって幸いだったと言えるだろう。 知らぬところで命拾いをした黄金達だった。 ----------------------------------- みのりさんのリクエスト、「海界に遊びに行ったヒロイン(海闘士達にかまわれまくり)と心配でこっそり後をつける双子神(情報源はアテナ)、とばっちり苦労人カノン」でした。 こんなにツッコミ役のカノン、初めて書いたかもしれません(笑) テティスとのあの会話を聞いていたら、話題に出てきた黄金が片っ端からタナトスの手にかかっていたこと請け合いです。 すいません、書いててものっそい楽しかったです! 頂いたリクエストから、思いがけず海界ツアーが派生しました。 実は海界については書くつもりはあまりなく、聖域と冥界だけで完結するんだろうなあと、ぼんやり思っていたもので…。 嬉しい誤算です。 次は順当に行くと、あの人達ですね! お持ち帰りはみのりさんのみとさせていただきます。 リクエストありがとうございました! |