冥界の奥、選ばれし者のみが集うエリュシオン。
そこでせっせと(たまった)執務に精を出すハーデスの元に、アテナから唐突な小宇宙が飛んできた。
いや、彼女からの小宇宙はいつも唐突だが。




『うふふふ、ハーデス。さんがうちの双子座とデートに出かけるようですよ?』




はたり、とペンを動かす手が止まった。
書類にみるみる黒い染みができていく。
偶然通り掛かったタナトスが、その光景を見て、「ああ、また書類を作り直さねば……」なんて遠い目をしていた。

そんなタナトスに気付くはずもなく、ハーデスはぐるぐると考える。


愛しい娘が、双子座とデート?
いやまさか、あの子にはまだ早すぎる。
しかし万が一、もし万が一本当にデートだとしたら   




「………………」




苦悩した。
とてつもなく苦悩した。


そしてついに、ハーデスはペンを置いた。












一方その頃、聖域では。


「そろそろ行くぞー」
「待ってくださいって、カノンさん!ええと、買うもののメモも持ったし、服装も普通のに着替えたし、カノンさんの格好もおかしくないし   
「最後のは余計だコラ」


買い物に行ってきてくださいな、という沙織たってのお願いで、カノン同伴での外出が認められたが、大はしゃぎしていたりした。
ぐわしと頭をつかまれて痛い痛いと抗議しながらも、その表情は久々のお出かけに輝いている。
一方、お守役のカノンは、またアテナの気紛れかとこっそりため息をついた。
何だかんだで苦労人である。


そんな彼女達の様子を、ハーデスが水鏡でじっと見つめていたりした。

ハーデスが扱うのは、黄泉の水。
死という逃れようのない事象を通じて万物を見渡すそれが、本当にどうでもいいことに使われている。
ハーデス本人はいたって真面目だが。


「カノンさん、あそこのチョコ!チョコおいしそうですよ!」
「まずはアテナから頼まれたものを片付けるのが先だろうが!」
「わかってますって、帰りに寄りましょうよー」


甘えたような声をあげるに苦笑し、カノンは仕方がないかとやや哀れみの気持ちを抱いた。

この年頃の一般人の娘に、あの狭い空間にずっといろという方がどうかしているのだ。
本当ならばも、こうやって普通の世界で彼女の生活を送っていたのだろう。

そんな気持ちが、多少の甘えは許そうという寛大な態度になった。


沙織が所望したのは、ごくごく簡単なものばかり。
メーカー指定の万年筆のインクだったり、フレグランスだったり、あるいは蝋印のための蝋だったり。
わざわざこの店で、とかこのデパートで、と書いているところをみると、沙織もに楽しんでもらおうという心持ちなのだろう。


「カノンさん、私、自分でお買い物してみていいですか?」
「いいぞ、やってみろ」
「はい!」


まだ少したどたどしいギリシャ語で買い物をするを、カノンが後ろで見守る。
そんな2人の様子を、ハーデスが水鏡に顔をつけんばかりにして見守る。


ああ、そんなに愛らしい笑顔を振りまいては   
大体、どうして双子座なのだ。
私に一言もなかったぞ。
もしや、言う必要もないと思われているのか   !?


ひたすら無言のハーデス、内心では狂わんばかりの心配のしようだ。


「カノンさん、これ可愛いですね」
「ついでに買って帰るか?」
「いいんですか!?」


カノンの一言で、ぱっと顔を輝かせる
それにカノンも笑い、店の者とやり取りをしてにアクセサリーを買い与えていた。


ほんの些細なことでも全身で喜びを表す、それはあの子の美徳の一つだ。
どれほどの者が、あの子のそれに癒されていることか。
だがしかし、今この時はその特性が憎い。


これでも一応、冥界を統べる王。
しかも下手に真面目なため、地上に出るわけにもいかないハーデス。
愛娘の一挙一動に内心で右往左往しつつ、水鏡をじっと見つめ続ける。


どうでもいいから仕事しろ、あんた。




とか何とか突っ込んでくれる相手がいるはずもないので、ハーデスの仕事はたまる一方だ。
明日辺り、タナトスが過労で倒れるかもしれない。
その前に、三巨頭が揃ってぶっ倒れるだろうが。


「これで最後ですか?」
「そうみたいだな。   ったく、アテナもわざわざこんなことで外に出さんでも……」
「でも、久しぶりのおでかけで、楽しかったですよ」


弾んだ声でそう答えたに、やはりとカノンは沙織の思惑を悟る。
そのさらに奥にある思惑には、気づけなかったようだが。

帰り道にお目当てのチョコレートを買ってもらって大喜びをする
そんな彼女を見て、苦悩するハーデス。


そんな彼らを俯瞰して、一番楽しんでいたのは誰かというと。




「うふふふ、ハーデスったらあんなに慌てて……珍しいですね」




言わずもがな、最近ハーデスいじめに磨きがかかってきた沙織だった。
そんなことのダシに使われているとは露知らず(彼女自身に対しては確かに気遣いも含まれていたため)、がカノンに連れられて元気に沙織の下に駆けてくる。
両手に大事そうに抱えた包みは、先程彼女が買ってもらっていたチョコレートだ。


「ただいま戻りました!沙織さん、これお土産です」
「あら……まあ…………」


何故か2つに分かれていた袋、そのうちの1つを実に嬉しそうに沙織に差し出す
これには沙織も意表を突かれ、ぱちくりと瞬いてしまった。


「日本にいる時にギリシャのガイド本を読んだことがあったんですけど、このお店のチョコレートはおいしいんですって!!お仕事で疲れた時に食べてくださいね」


無邪気に笑う彼女は、今回のハーデスの行動も沙織の思惑も全く関係なく、ただ純粋に外出を楽しんでいて。
結果的にはよかったのかもしれないと思いながら、沙織も微笑んでそれを受け取った。











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彼方さんのリクエストで、「カノンとヒロインのデート(=ただの買い出し)にやきもきして、ハーデス様自ら尾行する話」でした。
ハーデス様は真面目すぎて、自分の職務を放棄できないからって12神を辞退したほどの人なので、一応冥界に留まってもらいました。
代わりに、オリジナルアイテム発動!


ハーデス様って口下手なだけで、心の中では言葉が渦巻いている人だと思います。
だから、今回のモノローグでは珍しく饒舌です(笑)
ヒロインにもこれくらいしゃべってあげればいいのに!

お持ち帰りは彼方さんのみとなります。
リクエストありがとうございました!