「うーん……」


何かおかしい。
何かがおかしい。

けれど、何がおかしいのかよくわからない。


しくしく痛むお腹をおさえながら首を傾げていたら、アリッサさんが驚いたような声をあげた。


「まあ、様?どうなさったの」
「あ、アリッサさん。何かおかしいんですけど、何だかわかりますか?」


テーブルの位置も花瓶の位置も、置物の位置もいつもと同じはずだ。
だったら何がおかしいのだろうかと訊いてみたら、真っ青な顔で肩をつかまれた。


「すぐにお部屋へ!」
「え?」
「そんな顔色で、どうなさったの!」
   はい?」


あれよあれよという間に女官さん達によって部屋に押しこまれて、ふかふかのベッドに寝かせられる。


「アフロディーテ様に連絡を!」












どうしてこんなになるまで、私達に言わなかったんだい?」
「……本当に、気づかなかったんですってば」
「こんな高熱で?」
「う……はい」
「ぐらぐらするなとか、気持ち悪いなとか、そういった自覚も?」
「なかったんです……。強いて言えば、お腹が痛いなあとか」


アフロディーテさんに怖い顔でつめよられても、自覚がなかったものはなかったのだ。
元々胃が痛くなることは時々あったから、それも別段変だとは思わなかったし。

けれど、体温計で突き付けられた39度2分の数字に、一気に具合が悪くなってきた。
寒いのか暑いのかよくわからなくなって、吐き気と胃痛が酷くなる。


「ぅ…………」
!?」


慌てたアフロディーテさんがムウさんを呼ぶと、連鎖反応のように黄金の皆さんと沙織さんが大集合してしまった。
その頃にはもう生理的な涙で顔がぐしゃぐしゃで、そういえば熱が高すぎるとこんな状態になるんだったとぼんやり思える程度の思考回路しか残っていない。
皆さんの声を聞きながら意識がだんだん遠くなってきて、誰かの優しい手で涙を拭われたのが最後の記憶だった。












   おい、誰か小宇宙で癒してやれ!!」
「無理ですよ、彼女の小宇宙がどれだけ常識外れか、貴方だってわかっているでしょう?」
「それなら、複数人で一気に行うのはどうだ?」
「それも無理です、今のには複数の小宇宙を自分の中に取り込む力がありません」


カノンとシュラの提案をばっさりと切り捨て、彼女は「身体能力」は普通の人並みなのだとムウが釘をさす。


「アテナ、いかがいたしま   アテナ?」
「ひとまず冥界にも連絡をしておきました。さんは冥界からの客人ですからね、あちらにもお伝えする必要があるでしょう?」


何やら目を閉じて集中していた沙織は、ゆっくりと目を開いて答えた。

なるほど、確かに彼女は冥界の客人だ。
普段はうっかり忘れがちだが。

またうるさい双子が飛んでくるのではあるまいかとサガが眉根を強く寄せた瞬間。




様!」
「姫君!?」


   ……」




何故か、とんでもない大物まで釣れた。


「ハーデス!?」
「まあハーデス、貴方まで来たんですね」


反射的に身構える黄金達を尻目に、沙織が一人小さく苦笑する。
この行動を予想していたかのような落ち着きぶりに、シオンがそろりと尋ねた。


「まさかアテナ、この事を予想済みでいらしたか?」
「多少は。あんなに愛されている人ですもの、ハーデス本人が来ても仕方がないとは思いました」


何か問題でも?と小首を傾げる背後のオーラが黒い。
冥界に関して一言でも文句を言えば、ニケが飛んできそうな勢いだ。

真っ青な顔でかぶりを振った黄金達は、しかし瞬時に意識を切り換えて双子神に視線を向けた。


は聖域での客人だ。申し訳が立たないから、完治するまでこちらで面倒をみさせてもらう」
「いや、様は我々の大切な姫君。こういう時こそ、我らがお世話差し上げるのが筋だろう」
「いや、しっかりと見ていなかった我々にも責任はある。幸いアテナお抱えの優秀な医師団も揃っているし、地上の方がの身体にもいいだろう」
「聞き捨てならんな、エリュシオンの空気が姫君の身体に障るとでも?」
「そうではないが、やはりには太陽の下が一番だと思うが?」
「何を!!」


見えない火花がばちばちと散りそうなやり取りを止めたのは、ハーデスの深い声だった。


   静かに」
が起きてしまうよ。誰も彼も、もっと静かにできないのか?」


気遣わしげにの髪をなでるハーデスと、全員に向けて必殺技をくりひろげそうな勢いのアフロディーテに、思わず全員がしんとなる。
どこからともなく取り出したタオルで丁寧にの汗を拭い、ハンカチで涙を拭き取るハーデスの甲斐甲斐しさに、沙織が笑顔でうなずいた。


   さんを冥界にお帰ししましょう。その方が、ゆっくりと養生できそうです」


言いながらちろりと睨まれた黄金のごく一部が、気まずそうに視線をそらす。
反対に(おそらく)喜色満面で(傍から見たら超絶無表情で)うなずいたハーデスが、漆黒の衣でいそいそとをくるみこんだ。
大切そうに彼女を抱き上げたその姿を見て、黄金達もそれ以上争う気が失せたらしい。


   任せた」
「お前達などに言われずとも、我々が心を尽くして   
「……私が」


まくしたてようとしたヒュプノスを遮るように、ハーデスの重々しい言葉が響いた。
誰にも譲るものかという気迫が思いっきりこもっている。


思わず沙織ですら沈黙する中、ハーデスはを抱き上げたまま素早く去っていった。


   っ、ハーデス様!」
「姫君のお世話をするなど、ずる……ハーデス様にしか処理できない書類もあるというのに!!」


ウッカリ本音ももらしつつ、双子神も素早く消える。
止める間すら与えてもらえなかった黄金達は、呆気にとられたままそれを見送った。


「……なあ、、治ったらすぐに帰ってこれると思うか?」
「無理だろうな。ここぞとばかりに連中が引き止めるに違いない」


引きつった笑いで訊いたミロにカミュが答えた通り、が戻ってきたのはそれから約半月後のことだったとか。











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「怪我か風邪っぴきのヒロインの看病を、聖域、冥界メンバーがとりあう話」というリクエストでした。
取り合いというか、ハーデス様の一人勝ちな気がものっそいしますが(笑)
それも愛故に!愛故に!(リピート)

誰が涙を拭ってくれたのかは、ご想像にお任せします。
ハーデス様かもしれないし、アフロディーテかもしれないし、ムウかもしれないし、大穴狙いでカノンとかサガとかかもしれません(笑)
お好きなように想像して、キュンキュンしていただけたらと思います。

お持ち帰りはリクエストして下さった方のみとなります。
リクエストありがとうございました!