目の前に広がる懐かしい   タコさんウインナや可愛らしいうさぎさんリンゴ、醤油の香ばしさを放つ鳥の空揚げやおにぎりなんていう、それこそ小学校の運動会や遠足なんて甘酸っぱい思い出を彷彿させる   料理の数々に、私は途方に暮れて顔を上げた。
けれどそんなこちらの戸惑いさえお見通しのようだ。その人は満面の笑みを浮かべると
「さあ、たんとお食べなさいな」
 隣でアフロディーテさんとカノンさんが戸惑っている気配がするけれど、久しぶりの日本食に私はすっかり意識を奪われていた。
 用意された箸をとり(箸置きは綺麗な和紙を折ったもの!)感動に震えながら重箱から卵焼きを選ぶと、ぱくりと一口、口にする。出汁と甘みがしみじみとする卵焼きは、涙が出るほどおいしく、そして懐かしい日本の味がした。
故郷の味に瞳が潤んでしまうのを必死で堪えながら、こんな素敵なものを作ってくれた人に素直に美味であると告げる。聖域でいただくご飯もとってもおいしいけれど、やっぱり日本食が恋しくなってしまうのは人情か、慣れた味が舌を転がる感触に、すっかり顔は蕩けきっていた。
「冬騎さん、すっごくおいしいです!」
「どういたしまして。あたしも丁度、和食が食べたかったからね。付き合ってくれる人がいて嬉しいよ」
 そう言って優しく笑う冬騎さんは、アフロディーテさんやお父様みたいに絶世の美人さんという訳ではないけれど、凛々しい顔立ちは中性的でとてもカッコ良かったりする。何せ初対面の時は男の子かと勘違いしたくらいだ。ストレートの黒髪を一つにまとめた姿は大河ドラマに出てきそうな凛とした元服間近の少年を彷彿とさせた。
そんなことを思いながらほくほく顔でお煮しめの里芋に箸を伸ばしていると、隣に座るカノンさんが深々とため息を零した。
「どうしてお前はそう無防備なんだ」
「そうですか?」
 こてりと首を傾げる私に、苦笑気味のアフロディーテさんが続けた。
「そうだね。まあ、そこがのいいところではあると思うけれど」
そう言いながら、器用に箸を使って海老フライを皿に取る。日本人じゃないのに、なんて見事な箸使い!うっかり見惚れてしまいそうになるのをぐっと耐え、アフロディーテさんの台詞を吟味する。無防備なのが私のいいところ?うっかりすぎてよくサガさんやカノンさんに怒られるのに?
 うーんと悩む私を余所に、向いの席に座るもう一人の(!)カノンさんとアフロディーテさんは自分の取り皿へちゃっちゃか料理を載せ、自らの分を確保することに余念がなさそうだ。これはきっちり参戦していないと食べ損ねてしまう可能性大だと気付き、余計な雑念を捨てることにした。こんなにおいしいのに、食いっぱぐれるなんて勿体ない!
 せっせとお皿に料理を取りながら、しげしげとこの不可思議な光景を眺め可笑しなことになったなぁ、とぼんやりと思った。寸分違わず同じ顔がそれぞれ2セット揃って食卓を囲んでいる。双子ではない、しかしある意味双子のような存在。自分の見知ったカノンとアフロディーテと、見知らぬこちらの世界のカノンとアフロディーテを前にしながら、平凡さとは程遠い所にある近年の己の境遇に思いを巡らせた。。
 冥界にいるお父様、今は地上にいるであろうお母様。どうも私はおかしな事に巻き込まれる運命にあるようです、と。

 ことの起りは冥界から聖域に帰ってきた時のこと。何時ものように涙ながらにお父様と別れ、沙織ちゃんたちの待つ場所へタナトスさんが送り届けてくれたまでは良かったのだけれど。折悪しく、と言うかいつものことと言うべきか、サガさんとカノンさんの喧嘩が勃発してしまったらしい。後でアフロディーテさんに聞いた所によると、そのせいで異次元が開き(どうして喧嘩してるだけで異次元が開くのだろう…?)、そこへ私たちが戻ってきたのだからさあ大変。異次元と異次元が互い互いにぶつかりあい、ねじくれた空間が出来上がってしまった。タナトスさんはその衝撃で弾き飛ばされて何処かへ消えてしまい、私を助けようとしてくれたカノンさんとアフロディーテさん諸共、私たちは謎の空間の中へと放り出されていた。
 ぐるぐる体をシェイクされるような感覚に吐きそうになる。このまま行けば限界間近、と思った途端、体がぐいと引きこまれるように感じ、気づけば硬い床の上へと落っことされた。
 え、ここ何処なのパート2?と動揺する私と同様、一緒の所に落とされたカノンさんたちも驚きを隠せない様子だった。彼らは大抵のことで取り乱したりしないので、こんな表情を見るのは初めてのことだ。余程のことでもあったのかと、カノンさんたちの視線を追い、そうしてようやく彼らの動揺の訳を知った。
 だって、視線の先にいたのは同一人物としか思えない人たちが二人もいたのだ。カノンさんはサガさんがいるからまだ分かるにしても、アフロディーテさんも双子だった?!と思えるほどそっくりな人が目を丸くしてこちらを食い入るように見つめている。それにしても、あそこに立っているのはなんとなくサガさんぽくないって言うか、カノンさんぽい人だなぁ…。はっ、もしかしてカノンさんたちは双子じゃなくて三つ子だった?
 理解できない突発的な事態にぽかんと口を開けていると、カノンさんぽい人が最初の驚きから脱したのか、警戒と訝しさをありありと浮かべ問いを飛ばしてきた。
「何者だ?」
 カノンさんぽい人の冷えた声に、私はびくりと肩を震わせる。怖い…!眼光だけで人を射殺せそうな鋭利な双眸が、最初に聖域に落っこちた時のことを思い出させた。そう、あの時もこんな風に疑われて睨まれた。仕様がないことだと判っているけれど、やっぱり恐怖は拭えないのだ。
 怯えて口を噤む私を見るに見かねたのか、アフロディーテさんがすっと前に立って視線を塞いでくれた。鋭い視線が遮られたことにとりあえず安堵する。ありがとう、アフロディーテさん…!後で感謝の言葉を述べようと心に決める。今はとりあえず現実が先だ。へたり込んでいる私を庇うように立つアフロディーテさんの隣で、いつもより幾分低目の声のカノンさんがあちらの人たちを睨みつけていた。
「ご挨拶だな。貴様とて何者だ?サガではあるまい」
 こちらのカノンさんの言葉に、あちらのカノンさんぽい人(なんてややこしい)が憤慨したようにカッと目を見開いた。
「あの愚兄と一緒にするな!」
 傍で聞いていると、なんだかやっぱり反応がカノンさんぽい。けど、そんな呑気なことを考えている場合じゃなかった。大気は急激に圧力を増し、肌が引きつけるような殺気を感じた。カノンさんたちの睨みあいが回りに及ぼしているのだろうか。ただひたすらに怖い、と涙が我知らず溜まっていく。止めてくださいと言おうにも喉に舌が張り付いて声が出てくれない。助けて、とアフロディーテさんに縋ろうとしたその時、軽快な打撃音と共に女の人の怒鳴り声が全ての緊張を突き崩した。
「ばカノン!あんた何女の子怯えさせとんのじゃ?!」
 シリアスムードの雰囲気から一転、どことなく気の抜けた空気が流れ始めたことにひょいと顔を出してみれば。
黒と銀の一見軍服っぽい格好の(初見で男の子かと思った)女の人が、眉を上げてあちらのカノンさんを叱責していた。手にハリセンらしきものがあるので、恐らくさっきの打撃音はあれが元なのだろう。
ハリセンに餌食になったあちらのカノンさんは、憤りも露わに女の人に怒鳴り返した。
「邪魔するな冬騎!不審人物を尋問して何が悪い?!」
 私だったら身も竦むだろう殺気と怒気にも、女の人はちっとも怯むことなく平然と答える。
「別に尋問するなとはわしも言うてない。単におにゃのこをびびらせんなって言ってるだけで」
「そういうことを言ってる場合か?!」
「ゆーてる場合。つうかさ、多分これってあたしの仕事の領分だと思うよ?」
「なんだと…?」
 目を瞠るあちらのカノンさんに向かって肩を竦めると、冬騎と呼ばれた女の人はアフロディーテさんのそっくりさんにちらと目をやった。あちらのアフロディーテさんも絶世の美人さんだ。あまりの美人さんぷりにうっとりする私の視線の先で、彼は微かに瞳に笑みを咲かせて女の人を見やった。
 それに対してにっこり笑い、その女の人は改めて私たちの方へと向きなおった。煌々と輝く金の瞳はヒュプノスさんを彷彿とさせる。でも、ふんわりと包み込むような優しさを灯した光は彼女独特のものだ。
 凛とした声で自身の名を火村冬騎と名乗ると、後ろにいる二人の名を告げた。それはやっぱり予想通りのもので、こちらのカノンさんやアフロディーテさんはその事実に低く呻いた。
 頭痛がするとばかりに額に手をやっているカノンさんへ、苦笑気味に冬騎さんが尋ねる。
「お尋ねするのも今更、とは思いますが   貴殿はジェミニのカノン殿、そしてそちらのお嬢さんを庇っておられるのがピスケスのアフロディーテ殿、でよろしいか?」
「ああ、その通りだ」
「なるほど。ところで、失礼ながらそちらのお嬢さんのお名前はお聞きしてもよろしいか?」
 向けられた穏やかな瞳に緊張しながら名を答えれば、いい名前ですねと冬騎さんは柔らかく笑ってくれたので、へろりとこちらも笑い返した。なんだか親しみやすい人だと、もりもり好感度が急上昇する。
「おい、冬騎」
 そうこうしていると、こちらは不機嫌急上昇中の冬騎さん側のカノンさんが呼んだ。
「どいういうことか説明してもらおうか?」
 あちらのカノンさんの台詞に、周囲の視線が一斉に冬騎さんへと集中する。冬騎さんならこの事態が説明できるのだろうか。固唾を飲んで見守っていると、視線が集まるプレッシャーを微塵も感じさせずに小さく肩を竦めると、
「今事実関係確認中だけど、多分彼ら三人は平行世界からのお客人と思うよ」
「平行世界?SFでよく出てくる?」
 冬騎さんの傍に立つアフロディーテさんが、顎に手をあてる記憶巣を探るような遠い目で言う。それにそうだ、と答えて冬騎さんは先を続けた。
「時空管理局の方でも5〜6件位しか前例の無いレアものな事象だけどねー」
 気楽そうに告げられた言葉に、あちらのカノンさんが疑わしげに眼を細める。
「半信半疑だな。本当にこいつらと俺達が同じ人間だと立証出来るか?」
 カノンさんの台詞にムッとしながらも、こちらのカノンさんも小さく『確かにな』と呟いた。うーん、自分が自分であると立証するのは、あちらのカノンさんの言うように物凄く難しいことだと私も思う。だからこちらのカノンさんも同意したのだろう。どうしたものかと思案に暮れる私たちに、あっさりと冬騎さんが告げた。
「ん?一応手段はあるよ。魂魄パターン照合すればいいだけだから」
(((((魂魄パターン照合??)))))
それは冬騎さん以外の人間が一致した貴い一瞬だったろう。疑問符を顔に張り付けた私たちに説明してくれた冬騎さん曰く、指紋や声紋のように魂魄で本人確認する方法なんだそうだ。ふんふんと頷いていると、ごそごそ胸元のポケットを探っていた冬騎さんが無造作にほい、と何やらカノンさんに握らせた。
「おい…?」
 胡乱気な目で見やるカノンさんに、冬騎さんはというと
「話の流れ的に魂魄パターンを測るって判るでしょうが。ええからとっとやらんかい」
 …うわぁ、冬騎さんてばこっちに話してくれるのと言葉づかいが全然違う。勿論初対面だからっていうのもあるんだろうけど、なんだかカノンさんが不憫。突き抜けた青空のように爽やかに笑う冬騎さんに、敗北したのはあちらのカノンさんの方だった。

 結局、その魂魄パターンを私と冬騎さんを除く皆さんに測定してもらった結果。二人とも同一人物だと判定された。つまり、ここは平行世界であるということが確定した瞬間でもある。
「戻れるんですよね?」
 お父様やお母様はもちろん、沙織さんや聖域の人たち、タナトスさんやヒュプノスさん夫妻、冥界と海界の人たちの姿が頭を過る。優しいあの人たちに、会えなくなるなんて悲しすぎる。
 それに今回は私だけの問題じゃない。カノンさんやアフロディーテさんも、本来の聖域に戻らないと大変なことになってしまう。だから、絶対帰らないと!
「大丈夫だよ。貴方達の世界のアテナ殿やハーデス殿たちの気が目印になるからね。今日すぐ、っていうのはちょっと次元の具合が良くないから無理だけど、明日か明後日には必ず戻れるから」
 不安に揺れる私の目をしっかりと見つめながら、私を力づけるように告げる。その力強い、しかし凪いだ冬騎さんの金の瞳を見ている内に徐々に私の不安は収まっていった。うん、大丈夫。この人がこう言ってくれるなら、きっと大丈夫だ。不思議だ、と思う。会ってまだ間もないのに、ついさっき知り合ったばかりだというのに、この人には奇妙に他人を信用させる何かがあった。この人なら信頼にきっと応えてくれる、と。
 少なくともお父様たちや沙織さんにまた会えるという思いに、ふっと張っていた気が抜けた。駄目だ、気が遠くなっていく。起きていなければと命じても、緊張の糸が切れた脳と体が弛緩していくのを止められない。謝罪の言葉を口にしながら、私の意識はブラックアウトした。


 こんな時に熟睡したのかと自分を問い詰めたくなるほど爽やかに目覚め、無様にも倒れた詫びを言いに行った先で、話は冒頭へと戻る。
 どうやら冬騎さんはカノンさんやアフロディーテさんから、私が日本人であることや聖域にいることになった経緯を聞いたらしい。それで折角だからと和食   それも行楽につきもの重箱弁当   を用意してくれたのだ。
 聖域やお父様のところでいただくご飯も本当に美味しいので、文句なんてないのは本当だ。でも、口いっぱいに広がる梅の酸っぱさとご飯の絶妙なハーモニーを味わうと、やっぱり和食っていいな、と心の底から思う。
 うきうきと色んな料理に箸をつけながら、話題は私たち知っている人たちのことになっていた。といっても内容はほとんど世間話みたいなものだ。アフロディーテさんの入れる薔薇茶は絶品なんです、とかカノンさんが和菓子買ってきてくれたんです、とか本当にごく日常的なお話だ。それでも冬騎さんはとても興味深そうに、楽しそうに、時には質問を挟んだりしてじっくりと聴いてくれた。
「そうか、そちらのアフロディーテ殿は律儀でマメな御仁なんだね。あたしの隣に座ってるどっかの魚座さんに爪の垢を煎じて飲ませたいくらいだよ」
 言って、笑顔でこっちの世界のアフロディーテさん   ややこしいからアフロディーテさんその1と呼ばせてもらう   の方へと冬騎さんは顔を向けるが、当の本人は何処吹く風とばかりにタコさんウインナを咀嚼することに専念していた。
「こちらのアフロディーテさんは違うんですか?」
 不思議そうに首を傾げれば、非常に残念そうに冬騎さんは渋面を作り
「も、ね。全っ然違うよ。この子、すんごい雑でものぐさだもん。縦のものも横にしないってくらい」
「はあ…」
 想像がつかず目を瞬かせる私に、ちらりと視線を走らせたアフロディーテさんその1はけろりと告げた。
「だって面倒じゃないか」
「良かったね、聖域にお掃除してくれる人がいて。でないとアンタ、ゴミと埃を生涯の友にしてたろうから」
 冬騎さんの皮肉のたっぷり加味された言葉に、乾いた笑いが私とアフロディーテさんの口から漏れる。これは笑うしかないと言うかなんと言うべきか。
 話題の転換を図った方がいいのかと密かに悩んでいると、冬騎さんもそれ以上アフロディーテさんの話題に触れず、冥界のミーノスさんへと話は移った。
「こっちのミーノスは暗黒腹黒大魔王だけど、そっちのミーノスはどう?」
 さらりと付けられているミーノスさんの物凄い称号(?)にきょとんと目を見張る。え、ミーノスさんが腹黒?確かに色んなものが切れた時はともかく、普段はとっても真面目ないい人だ。素直にそう言うと、冬騎さんたちは顔を見合わせ、
「ミーノスが真面目でいい人だと…?!天変地異の前触れか?!」
「ありえねぇ、普通にありえないっつーかむしろ何企んでるのかと思うから!!」
「冥界が新兵器でも開発したのだろうかと思うな」
「トレードしたい!!こっちの変態サド鬼畜ミーノスと今すぐトレードしてぇっ…!」
 三人でひそひそと言い交しているが声はこちらに駄々漏れしている。聞いている分では、こちらの世界のミーノスさんは物凄く怖い人のようだけれど。
「こっちのミーノスさんて色々と凄い人なんですね…」
「心の底から俺たちの世界のミーノスがあのミーノスで良かったと思うぞ」
「まったくだ、カノン」
 でないと安心してを冥界にやれないからね、と言って口元を綻ばせたアフロディーテさんが美しすぎて眩暈がします。無駄にフェロモン出さないで下さい、心臓がもたないから…!
 悶える私に、アフロディーテさんが楽しげに微笑んでいる。私たちのやりとりに、ミーノスさんの話題で沸騰していた冬騎さんたちも戻ってきて再び会話に加わり、そんなこんなでこの日はお互い話題も尽きぬまま楽しく一日を終えた。


 翌日。アテナと教皇、金ぴかず一同と冬騎さんが揃っている中に私たちはいた。
 前日に冬騎さんたちが色々と手配してくれていたようで、この場の人たちは皆事情を知っているらしい。そうして私たちがあの世界に戻る手伝いをしてくれるとのことだった。なるほど、道理で皆好奇心に満ちた目を向けられても、疑いの目で見られてないと思った。
 それにしてもあの教皇の仮面もあちらの世界と一緒なんだ、と変な所に感心していると教皇の声が唐突に響いた。
「聖域の稀なる客人にして我らが同朋よ。汝らが在るべき世界へ戻れるよう、我らも出来得る限り尽力しよう」
 教皇の言葉に胸をつかれる。たとえ別の世界のカノンさんやアフロディーテさんでも、自分たちの仲間だと認めているのだ。じんと感動していた私に沙織さん   アテナは涼やかな声を響かせて微笑んだ。
「これでお別れしなければならないのが残念です、さん。貴女と従姉妹として話してみたかったのに」
「私も、もっとお話したかったです!」
 ほんの少し、立ち話をする程度しかこちらの沙織さんとお話出来なかったのは本当に残念だった。でも、アテナもそう思ってくれてるなんて考えもしなかったので、そう言ってくれたのはとっても嬉しかった。
 カノンさんやアフロディーテさんも、他の金ぴかさんたちに色々声をかけられている。うん?複雑そうな顔したこちらのサガさんにカノンさんが声かけられてる。ちょっと会話の内容が気になるけれど、少し離れた位置だったので聞こえなかった。残念!
「さて。名残はつきねども時は無情。そろそろ送る準備をしてもよろしいか?」
 冬騎さんの苦笑気味の言葉に、皆ははっとしたように頷いた。もう帰る時間は迫っていたのだ。
「昨日の夕べから、語りかけてくる小宇宙を感じていました。恐らくはあちらの世界での私と、そしてハーデスからのものと思われます」
 沙織さんの言葉に、私の心はほっこりと暖かくなると同時に申し訳なさで一杯になる。ああ、お父様にまで心配をかけてしまったとしゅんとなった私の頭に、アフロディーテさんの掌が優しく置かれた。
「戻ってちゃんとお詫びすればいいよ」
「はい…っ!」
 そうですよね、戻ってちゃんとごめんなさいをすればいいですよね。納得して胸をなで下ろすと、穏やかな冬騎さんの金の瞳と目が合った。あれ?冬騎さん、昨日ご飯を一緒した時と目の色が違う?確かあの時は茶色がかっていた筈。でも、最初に会った時と今は金の淡い光を放っている。はて?と謎に思うが、それを突き詰める時間は残されていなかった。
「次元と目標人物との紐帯確認。遮蔽ゼロ。時間軸、座標軸共に良好。『次元移動』開始します」
 凛とした冬騎さんの声が教皇の間に響きわたると同時に、私たちの周りにうっすらと燐光が舞い始める。冬騎さんの言う次元移動が始まったのだろう。少しずつ増殖していく光の粒子に伴い、視界も黄金に塗りつぶされていく。
「どうか、元気で」
 何もかもが消え始めた世界に、最後に冬騎さんの声が届く。それは短い一言であったけれど、心からそう願ってくれているのが分かる、深い響きだった。まるで、お母さんが子供の身を案じるかのように。
「ありがとう…!」
 潤んだ視界はもう何も映してはくれない。でも、これだけは届けとばかりに私は精一杯叫んだ。


 眩む世界は瞬きの如く。瞼の裏が真白き光から暗闇へと交代し、もう大丈夫かとそろりと目を開けようとした瞬間、ぎゅむうと抱きしめられる感触にびっくりして目を見開いた。
目を開けているハズなのに真っ暗なのはおかしいはず、だけど今私を抱きしめてくれているのがお父様なら当然だろう。何せ黒子もかくやの黒ずくめなのだから。
「心配したぞ、…っ!」
 ぎゅっと抱きしめてくれるお父様の声は、少し震えていた。泣くのを我慢してるんだろう。ああ、やっぱりいっぱい心配させてしまったと後悔に胸が塞がれる。項垂れて小さくごめんなさいと零す私に、春の陽だまりそのままの温かな掌がそっと触れていた。
、不可抗力だったの。貴女が悪い訳では決してないわ。だから気にしないで、いとしい私たちの娘」
 ペルセフォネー様のどこまでも優しいお声に、涙が止まらない。
「お母様ぁ…!」
「怖かったでしょう、不安だったでしょう。もう大丈夫よ、
 顔を上げれば、春の光を一身に集めたお母様の微笑みが咲いている。ああ、そうか。
どうして冬騎さんに安心したのか今理由が解った。冬騎さんの雰囲気がお母様に少し似ていたからなのだ。顔も仕草も似てはいない、けれど二人が作り出す空気がよく似ている。
 また他の世界に飛ばされるのは御免だけれど、冬騎さんたちにまた会えたらいいな。
 そんなことを思いながら、私はお父様とお母様に囲まれようやくこの世界に戻ってこれた幸せを実感していた。

だから、私は知らない。世にも美しい笑顔を作りながら、背後に般若を背負ったアテナにサガさんとカノンさんが呼び出されていたことを。そしてその後、悲痛な悲鳴が神殿に木霊したことも、知らぬが仏。
                                      
        終











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櫻月楼の更夜さんからいただきました!
アップするのが遅くなって申し訳ありません…!!(土下座)


多分この後、自分の世界の教皇の傍若無人っぷりに、ヒロインは向こうの教皇が懐かしくなると思います。
そして時々アフロをじっと見つめては、「このアフロディーテさんが片付け無精…!!」なんて衝撃を受けてたりして。

更夜さん、本当にありがとうございました!