無音の処女宮に、静かな足音が響く。


かつりかつりと消えては響くそれは、やけにの耳に響いた。
眉を顰めながら目的の相手を探して、宮内を歩き回る。

表にいるのかと思っていたが、どうやらいわゆる「裏」にいるようだ。




「ロキ?どこにいるの?」




小宇宙とやらを探ることに慣れていないは、気配を読むことしかできない。
けれどロキのそれは非常に希薄で、集中してもどこにいるのかは特定できなかった。

仕方なくあちらこちらと歩き回って、プライベートスペースの中庭にいるロキを見つける。


「ロキ」
?」


一体どうしたのかと視線で問うロキに、は苦笑してひらりと手を振った。


「探したよ。ディーがお菓子を持ってきたから、よかったら一緒にどうかと思って」
「それで、私を?」
「うん」


ゆるりと瞬いたロキは、跪いていた身体を起こしてを見る。
いつもと同じように動きやすい服装に身を包んだ彼女は、小さな包み紙をロキに差し出した。


「また瞑想?あんまりやると、教皇に怒られるんじゃない?」
「アテナの聖闘士になったといえ、私が私であることには変わりがありません」
「だけどもう、神降ろしをさせられるわけじゃないでしょう?」


神をその身に降ろすことのできる神子。
聖闘士として見出だされるまで、頻繁に神降ろしをしていたロキ。


がベアトリクスに一度だけ訊いたら、顔を曇らせて正気の沙汰ではないと言われた。
神降ろしはただ一度だけでも、とんでもない体力を消耗するのだと。


   。私は神子」
「ロキ」

「そのためだけに生まれてきた、それが私なのです」
   ロキ」


の顔が泣きそうに歪む。
ロキは困ったような表情をしたが、何も言えずにそんなを見るだけだ。


どうして彼女が泣きそうなのか、それ自体がわからなかった。

物心ついた頃にはすでに神殿にいて、周囲は神官や巫女ばかりだった。
彼らに請われて日に数度神を降ろすのが常だったから、それ以外の生活を知らない。


戸惑っている彼に気づいたのか、は一つかぶりを振って、気を取り直すように笑った。


「お菓子、食べよ。生菓子なんだよ」


珍しいよねと笑って、包み紙を開く。
チーズとサワークリームで作られた素朴な菓子を一つつまんで、がロキの手に乗せた。


「チーズは平気?」
「……はい」


まじまじと掌の上のものを見た後、ロキがこっくりとうなずく。
それに満足げに笑ったは、いそいそと隣に座りこんだ。


「ディー曰く、なかなかさっぱりしてておいしいらしいよ。型崩れしないように持ってくるのが大変だったんだって」
「そうですか」
「ディーも律義だよねえ。この間書類の処理を手伝ったからって、わざわざ街に下りて買ってきてくれたみたい」
「……。あまり、私達の執務に手を出さない方がいいのでは?」
「うん、わかってる。ただねえ……当日締めの書類が、30cm以上積み上がってるのを見たら……ねえ」
「……そういうものですか」


手伝わないわけにはいかないだろうと乾いた笑いをもらしたに、ロキが不思議そうに首を傾げながらもうなずく。


ロキにとっては、黄金聖闘士の執務は極微事項。
たとえどんなに切羽詰まっていたとしても、部外者たるが手伝うのは不可思議なのだろう。


そうわかってしまったは、何とも言えない表情でロキの頭をなでる。

北欧特有の色素の薄い肌に、同じように色素の薄い金の髪。
現実から離れた場所に住んでいるような雰囲気を、その2つが助長していた。


「ロキ   あんたはもっと、自由に生きていいと思うんだけどね」
   貴女の言う自由が何たるかが、私はわからないのです」
「……難しいけど、きっととても簡単なことだと思うよ」


心の在り様を変えることができたら、きっと。


それ自体がとても困難だとわかっているから、も寂しく呟く。


経験したことのない「普通」の日々は、これから先も絶対に彼には訪れない。
聖闘士として生きる限り、絶対に。


「それじゃあせめて、仲間は大切にしてね」
「相分かりました」


貴女がそう言うならば。


幼い少年の肯定は、すぐに樹々ににじんで消えた。












   貴女がそう言うならば。
たとえその意義が見出だせなくても、私は仲間を大切にしましょう。


この命は、神のために費やすものだけれど。


「ロキ、   聖戦が終わったら、『普通』の幸せを感じてね」


貴女がそう言うならば、少しだけ生き残る努力をしましょう。


異世界からの来訪者。
貴女はきっと、この聖域に新たな息吹を与えるために遣わされたのだから。
私達に何かを与えるために、ここに来たのだから。




私も、   何かを、受け取れるでしょうか。











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(そんな基盤の上で、彼は「己」を形作っていた)