夢の中、私達は笑っていた。
何の憂いもなく、何の迷いもなく、何の疑問もなく、ただ幸せに。









ボロブリキ










窓の外、あなたはまるで別世界。


「ぶちょうさん」


ぽつりと呟きを落としても、反応する相手などいるはずもない。



「はでずきの、ぶちょうさん」



ねえ、私達、いつからこんなに離れたんでしょう。
いつから笑い合えなくなったんでしょう。


考えても考えても、答えは霧の中。

5月始めの太陽は、暑いのか暖かいのかよくわからない。
けれども、動き回っている部員達は暑いようで、しきりに汗を拭う様子があちこちで見られる。

ぼうっと見ていた私を、下から誰かが見上げた。
あ、と思う間もなく、ぱちりと視線が合った。気がした。


あれはきっと宍戸君。
あんなに長い髪は彼以外にいないはず。


宍戸君が景吾に近づくのを最後まで見ずに、窓辺から身体を引っ込める。
引っ込めて、そんな自分に苦笑した。


今更隠れてどうするの。
景吾はもう、私の手の届かないところにまで行ってしまったのに。



景吾だけじゃない。
あの頃笑いあっていた彼らは、みんなみんな私を置いていってしまった。

否、私だけが歩くのをやめてしまった。



だから、私は彼らと同じ場所に立つ資格などないのだ。



切ないね。
節、ないね。



景吾、景吾。


目を閉じればいつだって、私はあの頃に飛んでいける。
あの頃に飛んでいくことしか、できない。

今の私は、こうして教室からそっと見下ろすだけ。
誰もいない休日、委員会でやり残したことがあるからなんて、そんな卑怯で愚鈍な言い訳をして。





「……さいてい」





「何が最低なんだ?」


ひっそりと落としたはずの呟きに応えが返ってきて、思わず身体がびくりと跳ねた。


「……けい、ご」
「何だその頭の悪そうな喋り方は」


お前はどこまで退行したんだとため息をつかれ、それでも目の前の姿に実感が持てない。
だって今、景吾は部活中のはず。


   部活は」
「休憩を入れた。その後はシングルスで打ち合いをするから、俺がここにいても問題ない」


やけに張り付く喉を叱咤して出てきた声は、自分でも滑稽なほどかすれていた。

景吾はそんなことには構わずに、何の迷いもない足取りで近づいてくる。
がたり、と椅子を引く音。



「……何で、前に来るの」



後ろ前に腰掛けて、背もたれに腕を乗せて。
そんな仕草も見とれてしまうほど美しい。




   なあ、




真剣な顔で、景吾が。




「どうして俺を」




景吾が、私を見据えて。






「避ける?」






その目に、私はとらえら れ て 。





笑った少年の顔が、脳裏をかすめた。





「さけてなんか、」
「避けてるだろうが。家にも来ない、部活も見に来ない、廊下ですれ違っても目も合わせやしねえ」


苛ついたような景吾のため息が、私の前髪を小さく揺らした。



。一体どうしたんだよ」



怒っているような、寂しそうな、今にも泣き出しそうな。

多分一番最後のは、私にしか気づけないような声音。
   ううん、きっとあの2人もわかってくれる。


「……ねえ、景吾」


寂しいよ。
寂しいよ寂しいよ寂しいよ寂しいよ。




「私達、何でばらばらになっちゃったんだろう?」




ひっそりとささやいた言葉に、景吾はとっさに返す言葉を見つけられないようだった。


「私達、どうして一緒にいられなかったんだろう?」


貴方はあの時、お前らみんなと確かに言ってくれたのに。













小さい頃、私がまだ良家と一般家庭の区別もよくつけられなかった頃、私は毎日のように景吾の家に遊びに行っていた。

私と、国光と、清純と、景吾と。
飽きもせず、いつも4人でいた。

もちろん遊ぶ道具は男の子のものばかり、けれど私は楽しかった。



「いつかみんなで、世界を見ようぜ!」



景吾は口癖のようにそう言って、その度に私と清純は飛び跳ねて賛同し、国光も小さく笑いながらうなずいた。
まだみんなが、テニスというものに出会う前の話。




「おっきーい!」
「おーおー、は元気だねえ」


大きな飛行機のおもちゃに目を輝かせた私は、清純に笑われるのも構わずにそれを持ち上げた。
ブリキのそれは、小さな子供が振り回せるほどに軽い。


「はしゃいで転ぶなよ」


国光に注意をされたけれど、それを気にもせずに走り回っていた私は、案の定蹴つまずいて転んだのだ。
痛さを感じるよりも、手をすり抜けたブリキの感覚に目を見開いた。

それは本当に飛んでいるかのように空を横切って、けれどそれはほんの一瞬で。
墜落事故のように斜めに落ちたそれは、豪奢な装飾のベンチにあたって動きを止めた。



「あ   



がしゃん、と大きな音。
加速度と重力に上乗せされた力は、ブリキに対して容赦なかった。



「あ   あ……」



金属製の肘置きにぶちあたったおもちゃは、頭から無惨に砕けた。




「ごめ、」




壊してしまった。
景吾があんなに自慢げにしていたおもちゃだったのに。
大事な大事な、おもちゃだったのに。



「ごめ、なさ……!」
「泣くな」



混乱した頭で必死に謝って、息が苦しくなるほどしゃくりあげていたら、ぐしゃりと乱暴に頭をなでられた。



「あんなもん、いくらでも買ってもらえるんだからな。いちいち謝んな」



多分景吾は、どうしたらいいのかわからなかったんだろう。
景吾には私達以外に友達なんてほとんどいなかったし、私が泣いたのもそれが初めてだったから。
泣き続ける私をどう慰めたらいいのかわからずに、ただぐいぐいと乱暴に頭をなでるだけだったのだ。













「国光も清純も、違う学校に行っちゃったね。あの2人なら、うちの学校にも入れたのに」


テニスをするだけならば、違う場所を選ぶ必要もなかったのに。


「どうしてなんだろう?」
「それは   


景吾が何かを言いかけて、でも答えを見つけられなかったように言葉を詰まらせた。


「みんな、テニスっていう道を選んだのに」


そうして私は置いていかれたのに。
テニスを選ばなかった私は、一人取り残されたのに。


、」
「……どうして、わたしはみんなといられないんだろう」


男と女。良家と庶民。選んだ者と選ばなかった者。
数々の理由が、そこにはあるけれど。





「……泣くな、





困ったように頭をなでる景吾の手の感触に、ぶれた視界がまた酷くなった。


優しい優しい、優しい景吾。



「みんなと一緒にいたかった」
「ああ」

「でも私は、テニスを選べなくて、」
「ああ」

「そうしてみんな、ばらばらになっちゃって、」
「ああ」


「みんな、どんどん遠い人になっちゃって、」
「それは違う」



「私一人、何も見つけられないままで、」





「私だけ、世界につれていってもらえないの」
!」




両手で頬を包まれた。
固定された視界で、真剣な景吾の目がまっすぐに私を射抜く。



「同じ道を選ばなくても、つれていくことはできるだろう」
「……けい、ご」


「そんな理由で、この3年避けてたのかよ」
   それは、」


「なあ、俺達、そんなにちゃちい絆しか持ってなかったのかよ」
「けい、」





「なあ!」





怖かった。
けれど、それ以上に悲しかった。



景吾が、泣きそうだったから。




「…………ごめんなさい」




震える手を、景吾に伸ばして。
そっと頬に触れて、包み込んで。


「ごめんなさい、景吾」


寂しいのは私だけじゃなかったんだね。
景吾だって、ずっと寂しいと訴えていたんだね。


「……俺達が違う学校を選んだのは、望む方針が違ったからだ」
「うん」

「けして仲違いをしたわけでも、昔を捨てたわけでもない」
「うん」


「だから、そんなことを言うな」
「……うん」


お前もちゃんと、つれてってやるから。
かすれた声でそうささやいた景吾に、泣きそうになりながら微笑んでうなずいた。










ヒロインは将来の夢を描けなかった子。幼馴染組捏造。でも、みんなにこんな無邪気な頃があるといい。 ていうか、ちっちゃい頃の話を書きたかっただけ…。実際にこんな夢を見ました。