こんな気持ちなど、万華鏡のように鮮やかに変わってしまえばいいのに。



ガブリエルの憤慨




なぜか最近、日吉が冷たい気がする。
(非常に残念ながら)あえてそんなことをされるほど元から親しくしていた訳ではないので、首を傾げるしかない。


「亮ー、何でだと思う?」
「のしかかんな甘ったるい声出すな重いウゼえ気持ち悪ぃ」
「ひっど!仮にも女の子に対してそんなセリフ言っちゃう!?」

「自分で仮とかつけるあたり、むなしくなんねえか?」
「うっさい黙れ馬鹿亮」


がすがすと亮の頭を殴っていたら、鳳君が苦笑しながらなだめてくれた。


「きっと日吉のことだから、理不尽な理由じゃないとは思うけど……何だろうね?」
「日吉が理不尽な理由で冷たく当たる奴じゃないってのはわかってるよ。でも、だから困ってるんだよねえ……」


日吉に対してそんなに酷いことをした記憶がないのだ。
それ以前に、接点がない。



……いかん、考えてたらヘコんできた。



「俺からもそれとなく聞いてみるよ」

慰めるように鳳君が微笑んでくれる。 ああ、今の私には天使の微笑みに見えるよ……。

「ごめんね、お願いします」

ぺこりと頭を下げ、しおしおとうなだれる。


自分の中にこんなに乙女回路があったことに驚きだ。


「私、何かしたかな」
「さあな。つか、お前そんなに日吉と関係ないだろ」
「その通りだけど何かムカつく!」


げすげすと亮を蹴り飛ばしていたら(もちろん全部防がれている)(私ごときの攻撃を避けられないなんて、それこそ激ダサだ)、鳳君が慌てて間に入ってきた。


「宍戸さん、さん!危ないですよ!」
「案ずるな、鳳君。こんなの昔からだから」
「そうそう、こいつの攻撃なんてワンパターン」
「何だとコラ!」


あ、回し蹴りが決まった。亮もヤキがまわったねぇ。


きょほきょほと笑ってやると、亮がものすごい勢いでガン飛ばしてきた。
こっちも負けじとガンを飛ばし返す。激しいメンチの切り合いだ。


「ああもう、何やってるんスか宍戸さん!さんも煽らない!」
「大丈夫だよ、こんなの昔っからだから」
「そういう問題じゃなくて……!」


あわあわしてた鳳君が頭を抱えてしまった。ちょっと申し訳なかったかな?

「鳳君、ファイト!」
「何に対して……!?」


あ、鳳君が泣きそう。


「亮が悪ノリするから、鳳君が泣いちゃったじゃん」
「お前のせいだろお前の」
「その前に泣いてませんから」


ちぇっ、つまんないの。
まあ、いつまでも遊んでるわけにもいかないんだけど。


「日吉に睨まれるようなことをした覚えはないんだけど……訊いたら訊いたで『そんなこともわかんねぇのかお前は』とか言われそうなんだよね。何か癪だな」


日吉の軽蔑した口調までまざまざと想像できて(幻聴まで聞こえてきた)思わず舌打ちをする。
ギリギリギリと歯ぎしりまで聞こえてきそうになっていたらしい、鳳君が微妙におびえたように亮にすがっていた。(軟弱者めが!)



「…お前って、本気で日吉のこと好きなのか?」
「何を今更。愚問でしょ」



好きだからこそ、常に対等の立場でいたい。見下されるなんてもってのほか。
依存?そんなもの、私の辞書には存在しない。



「……つくづく変わった奴だな、お前」
「亮も充分変わり者だよ」

顔を見合わせて、小さく苦笑しあって。

「あ、鳳君も変わり者だからね」
「え!?」

慌てふためく鳳君がちょっぴり可愛くて、思わず笑みがもれた。









彼は訊いてくれるって言ったけど、そんなのはやっぱり卑怯だと思う。
自分に向けられる感情はそのほとんどが自分が原因になっていて、だからこそ自分自身で蹴りをつけなければいけない。

だからこそ、まずは己が身を見つめなおしてみた。


「……思い当たる節がないから困るんだよね」


ぼそりと呟き、だらしなく机に伏せる。


3日間考えてみたけれど、やっぱり何にも思い当たらない。
これはもう、直接日吉を尋問するしかないんじゃないだろいか。
いつものように窓の外からテニス部を眺めながら、ぼんやりとそんなことを考える。


「……まあ、第一関門は、そもそも声をかけても相手にしてくれるかってことなんだけど」

ちょっぴりやさぐれながら準レギュラーのコートにその姿を探し   



   いない?」



キノコカットが見つからずに、思わず目を疑った。

そんな馬鹿な。あいつはいつも通りに学校に来ていたし、テニスバッグも持っていた。
何より、あの真面目な日吉が理由もなしに部活を休むはずがない。


もう1度コートの中にその姿を探していると、入り口の方から鋭い声がかけられた。




「誰を見てるんだ?」




聞き覚えのあるその声に脊髄反射のように振り向くと、今までで一番鋭い目つきの日吉が立っていた。


「ひよし……部活は」
「休憩中だ」


にべもなく言い切ると、日吉はさらにこちらを睨みつける。

「こっちの質問に答えろ」
「……別に。誰だっていいでしょ」

まさかあなたを捜してましたなんて言えるか。死んだ方がましだ。
ふいと目をそらす。ああ、あそこで頑張ってるのは亮だ。




「鳳か?」




不意に投げかけられた問いは、それはもう刺にまみれていた。



   は?」



どうしてそこで鳳君が出てくるのか。
そもそもこいつは、一体何が言いたいんだ?

疑問たっぷりな(むしろ胡乱だったかもしれない)目で日吉を見ても、ひるまずにぎりりと睨みつけてくる。






「お前、最低だな」






   頭が、真っ白になった。



「な、によ、それ」



絞り出した声は、我ながら滑稽なほど震えていた。


ショックだからじゃない。
それもあるかもしれないけれど、私はこの上ない怒りでいっぱいだった。


「何であんたに、そんなこと言われなきゃいけないの」


全くもって理解不能だ。
大体、どうしてそんな言葉を投げつけるんだろう。

私のことをろくに知りもしないくせに。
知ろうともしてないくせに。




それほど興味も持ってないくせに!




「言われても仕方ねぇだろうが」
「あんたにそんなことを言われる筋合いなんてない!」


机に掌を叩きつける。椅子が膝の裏に撥ねつけられて、床に叩きつけられる。
双方がたてる大きな音が、がらんどうの教室にやけに響いた。

立ち上がったままの状態で日吉と睨み合っていると、窓の外から跡部先輩が集合をかける声が聞こえてきた。



「……行かなくていいわけ?あんた仮にもテニス部でしょ」



多分、今までで一番低い声が出たと思う。
日吉はいまだに私を睨みつけていたけれど、鼻を鳴らして出ていった。






「……何で知りもしない日吉に、そんな風に言われなきゃいけないの」






悔しくて悔しくて、涙が出てきた。
けれどそれは、私のプライドが許さない。日吉の出ていったドアを睨みつけて、涙をおさえつける。

こらえきれずに一筋だけ流れた涙が、いやに煩わしかった。