わずらわしい水など、指先で弾き飛ばして。 さあ、戦いに踏み出そう。








ガブリエルの逆襲









「鳳君、日吉にはもう訊かなくていいから」

ガンを飛ばしながらそう言った私に、鳳君は盛大に怯えながらも(失礼な!)首を傾げた。


「え?どうして   
「あんな馬鹿、この手で一発殴ってやらなきゃ気が済まないって気づいたんだ」


にっこり、にっこりと。
あくまで満面の笑顔を崩さずそう言うと、横でお弁当をかき込んでた亮まで微妙に引いた。



「怖ぇ……」

「うっさい。せっかく届けてあげたお弁当、よっぽどいらないみたいだね?」
「うおっ、やめろ馬鹿!!」

亮のお弁当を取り上げようとしたら、酷く慌てて奪い返された。
ちっ!(実は唐揚げがおいしそうだったのに!)

「でも、本当に大丈夫?」
「うん。あんな理不尽な言い方をされたんじゃ、私の腹の虫がおさまらないからね。絶対あの言いぐさの理由を問いつめて一発殴る!」


見よ、亮と兄貴との喧嘩で鍛えた黄金の左腕!


、腕やめろ腕。長太郎がマジでビビってるぞ」
「あ、ごめん」


鳳君を怖がらせるつもりはなかったんだけどなあ。
でも、これしきで怖がる鳳君もどうかと思う。

「でもよ、何があったんだ?」

亮が心配そうに眉根を寄せた。


何だかんだ言っても、やっぱり亮は亮だ。
傍にいると安心する。

自然と心がほぐれていくのを感じながら、幼なじみに向かってにいと笑ってみせる。

「大丈夫。これは私と日吉で決着をつけなきゃいけないことだから。むしろ、亮とか鳳君が出てくると、余計にこじれると思うんだ」



あの時の日吉の目。



あれほど敵対心を露わにした理由は、きっとテニス部に関係してるはず。
というか、むしろ目の前のこの2人に関係している気がしてならない。


「大丈夫だよ、亮。私はそんなに弱くないって、あんたが一番よく知ってるでしょ?」


安心させるように微笑んで、亮の顔を覗きこむ。
微妙に情けない顔をしてて(多分誰も気づかないんだろうけど)ちょっと笑えた。

「ちょっくら奮闘してみるからさ、まあ見ていてちょうだいな」

さあ、ゴングが鳴り響く。








「日吉」

声をかけると、非常に嫌そうに顔を顰められた。
まあ、こんなものは想定の範囲内だ。

向こうの方で友達がはらはらした表情で見守っているとか、あっちの方では男子がびっくりした顔をしてるとか、そんなことはまあどうでもいい!

「話があるんだけど」
「俺には、お前と話すようなことなんてない」
「あんたになくても私にはあるって言ってるの。いいから顔貸しなさいよ」

放っておけばそのまま即立ち去りそうな日吉を目線で縫い止め、ぎりと睨みつけて宣戦布告。

「いいね?じゃあ、こっち」



腕はつかまない。



この状況で逃げるような奴じゃないって、よく知ってるから。


誰もいない、ほとんど人も来ない空き教室に入ると、日吉は苛々したように私を見た。

「何なんだよ」
「訂正して、謝って」


「は?」
何のことだと言わんばかりに眉を顰める日吉に、嗚呼いらいらする。
埃っぽい空気がいやに気に障ったから、窓を少しだけ開けて。

「謝って。私のことを何も知らない日吉に、あんな理不尽なことを言われる筋合いはない」
   ああ、あのことか」


自業自得だろ、と吐き捨てられ、頭のどこかでぷつりと音がした気がした。



「自業自得!?それは、相手の行動をよく知った上で下せる判断でしょ。あんたに私の何がわかってるっていうの?単なるクラスメイトでしかないあんたに!」



だん、と拳を窓ガラスに叩きつけた。
それでも日吉の表情が変わらないことに、さらに腹が立つ。

「大体あんたは、何をもって自業自得だって判断してるのよ!?ろくに私を見もしてない奴に、そんなことを言われる筋合いなんてない!」


   宍戸さんと鳳。これだけ言えばわかるだろ」


激高する私に向かって、日吉ははん、と鼻を鳴らした。


亮?鳳君?
あの二人が何だって言うの。


「何それ。意味わかんないわよ」
「だとしたら、お前は真性の最低な人間だな」



軽蔑しきった目。

冷たい視線が、私を貫く。




「……何なのよ……」




何なのよ、何なのよ何なのよ何なのよ!!




「私の何も知らないくせに!亮との関係も、鳳君との関係も、何一つ知らないくせに!!」

強く強く、握り拳に力をこめる。
ああ、本気で人を殴りたいと思ったのなんて、何年ぶりだろう。


「あんた結局、全部自分の憶測なんじゃない!何一つ、確かめようともしてないんじゃない!この腰抜け!!軟弱者!!」
「……んだと!?」



日吉の目の色が変わった。
射殺すような熱い目。戦う者の目。



「もういい、謝ってもらおうとも思わない。勝手に勘違いしてれば!?」


ばん、と荒々しく窓を閉めて、そのまま日吉の顔も見ずに教室を飛び出した。

そのまま走って、走って。
気がつけば鞄を手に学校を飛び出して、亮の携帯に電話をかけていた。


、どうした?』
「亮……!」


ちくしょう、声よ震えるな!



涙と嗚咽を無理矢理抑えたその言葉は、それでもそれだけで亮には何かが伝わったらしい。



『いいか、そこから絶対動くな!今どこだ!?すぐ行くから待ってろ!!』



一気にまくしたててぷつりと切られた携帯を握りしめて、道の端にずるずるとしゃがみこむ。





   せめてものプライドで、亮が来るまでは泣かないでおこうと思った。