修羅場は修羅場。 形は違えど、そんなものなら何度も経験してきた。








ガブリエルの決闘









右手に紙切れを握りしめて、3年の教室の前を通り過ぎた。
これから起きることを考えるとかなり気が重くなるけど、逃げたら負けだっていうか逃げるなんて文字は私の辞書の中に存在してないから、前を見据えて堂々と歩く。


やがて着いたそこには、選りどりみどりの女の子達がずらりと並んでいた。
みんな一様に鬼のような形相をしているところからすると、やっぱり予想はドンピシャのようだ。



「……で、来ましたけど。一体何の用ですか?先輩」



明らかに先輩(さらに首謀格)とみられる人に声をかけると、怒濤のように金切り声が押し寄せた。


「あんた、何様のつもりなのよ!」
「鳳君に色目使って!」
「宍戸君にも使ってるでしょ、いい加減にしなさいよ!!」




「…………は?」




てっきり日吉がらみかとばかり思っていたんだけど。
この言葉の数々からすると、むしろ亮達関連?

何でそんなことに。

「いや、あの、どこからそんなことに」
「しらばっくれないでよ!!」


最後までしゃべらせてもらえなかった。
女の子の一人が、叫びと共に力一杯平手してきたから。



「…………っつ……」



こちらも準備ができたならそれなりに痛くないんだけど、今のは完全なる不意打ちだ。
血の味がする。くっそ、どっか切れたな……。

「私、聞いたんだから!あんた、宍戸君のこと名前で呼んでたでしょ!?」
「…………あ」




あ の 時 か !!




ちくしょう、あの時窓なんて開けるんじゃなかった!
っていうか、穴場だって教えてくれたの鳳君じゃん!(馬鹿ー!)


その反応をどう思ったのか、女の子達が一気に勢いづいた。

「生意気なのよ、たいして可愛くもないくせに!」
「自分の顔、鏡で見たことあるの!?」
「身の程を知りなさいよ!!」

髪をつかんで引き倒され、蹴りやら拳やらが容赦なく入ってくる。
ちょっと、さすがの私もこれはきついって……!


でも、手は出さない。
出しちゃいけない。


「生意気なのよ、その目」
「何とか言ったらどうなの?」



人間って集団になると、倫理観が薄れて凶暴性とか破壊性が強くなる性質があるんだって。
本で読んだときには何の感慨もわかなかったけど、今ならわかる。

この人達、もうほとんど頭に血が上ってなんか、ない。

私を痛めつけるのが楽しくなってきてるんだ。


気が済むまで殴る蹴るの行為を繰り返した後、彼女達は捨てゼリフのように言い残して消えた。



「こんなもので済むと思わないでよ」









1週間。
1週間、我慢した。

亮にも鳳君にも何も言わず、毎日同じ場所に呼び出されて、暴力を振るわれた。
メンバーは毎回入れ替わり立ち替わり、でも首謀者とおぼしき4人はいつでもいた。


…………(一応)いじめられてる私が言うのもなんだけど、暇な人たちだなあ……。



さん、最近何だか生傷多くない?どうしたの?」

お昼に鳳君に心配された時は正直やばいと思ったけど、亮が勝手にフォローしてくれた。


「どうせまた、兄貴とデスマッチしてんだろ。お前んとこの喧嘩は半端ねえし」
「悪かったな!仕方ないでしょ、兄貴なんだから」


よっしゃ、よくやった亮!!
たまには役に立つんだね!(酷)



「あー……」



どこか遠い目になった亮を見て、鳳君がひきつった笑みを浮かべる。



「……聞かない方が、いいかな……」
「うん。その方が鳳君の精神衛生上いいと思うよ」



聞く?とものすごい笑顔で訊いたら、光の速さで耳を塞がれた。
つまんないの!










そんなお昼でまったりした後、さらに放課後。
またしても呼び出しをくらった私は、今までの倍以上の女の子達に囲まれていた。


「いい加減、『もうテニス部には近づきません』って泣いて謝ったら?」
「残念ながら、それは不可能なんですよ」



だって、幼なじみだし。
家なんて斜め向かいだし。



答えた瞬間に、力一杯突き飛ばされた。
すでにあちこち痛いけど、壁に打ちつけた後頭部が半端なく痛い……!

集中攻撃をじっとやりすごしていたら、急に腕に焼けるような痛みが走る。



   何?



痛む箇所に手を伸ばせば、ぬるりとした感触。


……刃物か。


打撲にはかなり慣れてるけど、刃物はさすがにほとんど経験がない。
痛みに声をあげそうになった。

血を見て一瞬ひるんだみたいに手が止まった彼女達も、それを見て気を取り直したようだ。


「千香、やっちゃいなって」
「そうそう、どうせこの子何も言えないよ」



……ずいぶん甘く見られたこと。



それでも動かないカッター所持者(多分千香さん)に苛立ったのか、一人がそれを奪って私に向けた。
大きく降りかぶって、そして。




「…………」


「あーあ、やっちゃった」
「カワイソー」




全然心がこもってない声を聞きながら、微妙に軽くなった髪に触る。
不揃いの、髪。


「……ショートに切り揃えるか   !?」


ぼそりと呟いた私の視界に、とんでもなくまずいものが入った。



(日吉!?)

何でここにくるわけ!?

(馬鹿、あっちいけ!!)



そんな必死の目線にも気づかず、日吉はどんどんこっちに近づいてくる。

「いっそのこと、全部剃ってあげればー?」
「あ、それいいかも」

髪をつかんでぐいと上向かされ、カッターが押し当てられようとした時。






日 吉 と 目 が 合 っ た 気 が し た 。






「何やってんだ!!」



あー……全部台無し。



割り込んだ声に硬直する周りをよそに、痛む身体を引きずって日吉を睨みつける。

「勝手に割り込んでこないでよ」
「んなこと言ってる場合かよ!」
「場合なんだよ。   あーあ、もう台無しじゃない」



何がって?
それはね。




「ご協力ありがとうございました。これだけデータが取れれば、もう十分でしょう」
「ああ」




仰ぎ見た先で、窓辺から優雅に答えたその声は。