最近どうも、の様子がおかしい。
そんな思いをふと感じることが多くなって、日吉は眉を顰めた。

遠くを見るような目をしていたり、小さくため息をついていたり。
常日頃の彼女を知っている身としては、一体どうしたと言いたくなるような様子が目立つ。


「なあ。最近、おかしくねえか?」
「え?そうかな。俺はよくわからないけど……」


首を傾げてそう答えた鳳に舌打ちをして、日吉は再びに目をやった。


宍戸と話している様子は何らいつもと変わりないが、どうにも気にかかる。
声をかけようとして近寄ったその時、予想外の言葉が聞こえてきた。




「まあ、もうそろそろさよならだし」
「だな……寂しくなるな」
「やだ、一生のお別れじゃないでしょ」




   何だって?


思わず耳を疑った日吉の向こうで、幼馴染み達の会話は続いていく。


「そういやお前、挨拶は済ませたのかよ」
「まだ。もうちょっとしたらしようかなって」
「早くしとけよー、直前はばたばたするに決まってんだから」
「わかってるって」


そんなことを言い合いながら遠ざかっていく2人を、日吉は縫い止められたように立ちつくして見送った。


さよなら?
寂しくなる?
挨拶を済ませる?


   まさか。
引っ越す、のか?


そんな馬鹿なと思いながらも、一度芽生えてしまった猜疑心はなかなか消えてくれない。
呆然としたままの日吉に、首を傾げた鳳が声をかけた。


「日吉?もう、練習始める時間だけど……」
   ああ、わかった」


頭を切り替えてメニューの指示を出しながらも、日吉の思考回路はぐるぐると同じところを回ったままだった。












何事もなかったかのように日々が過ぎていく中、どうしてもに訊くことができない日吉は、いらいらとするのを抑えられない。
訊けばいいと自分でも思うものの、どうして教えてくれないのか、言わないのには何か理由があるのかと、結局二の足を踏んでしまう。


   日吉?」


意気地のない自分にいらだって舌打ちをしていると、不意に間近で声がした。
すっかり自分の世界に沈んでいた意識を浮上させた日吉は、思わず息をのんだ。


すぐ目の前に、の顔がある。
不意打ちに動揺しすぎて、不用心すぎるという理不尽な怒りがわいてきた。


   お前」
「ん?」
「もう少し、警戒心ってもんはないのかよ」
「……は?」


噛みつくように睨む日吉に、は訝しげに眉根を寄せる。
何を言っているんだと言わんばかりの目で、呆れたように続けた。


「何で、日吉に対して警戒なんかしなきゃいけないのよ。そんな必要ないでしょ?」
「……」


信頼されているのだとはわかる。
それは嬉しいし、誇らしくもある。

だがしかし、この場合問題はそこではないはずだ。


   お前なあ!」


思わず荒げてしまった声を必死に押さえ、わけがわからないといった様子のを正面から睨みすえる。


「少しは危機感ぐらい持て!俺は男で、お前は女だろうが!」
   え」
「そんな風に無防備に近づくな。   変な気分になる」


最後の言葉は呟くようになってしまったが、それでもには聞こえたようだった。
数度瞬いた彼女の頬が、一瞬で赤く染まる。
動揺を隠すように左右に視線をさまよわせながら、小さくこくりとうなずいた。


「……ごめん、気をつける」
「……そうだな」


なんとも気恥ずかしい沈黙が流れ、それを振り切るようにが顔を上げる。


「化学の宿題、やってきてる?どうも自信ないところがあるんだけど、見せてもらっていいかな」
「どこだ?」
「7問目   だったかな。見てみないと思い出せないや」


その流れに日吉も乗り、表面上は何気ない会話が続いていく。
日吉がノートを取りに部室に向かい、もその後についていき。


「朝練終わるまでに返せよ」
「わかってる。ありがと」


そんな会話と共にノートを渡そうとしたはずみ、指先が微かに触れ合う。
ほてった身体に心地良い冷たさを感じた瞬間、反射的にそれをつかんでいた。
驚いたの指先が逃げるように跳ねたが、させるかとなおも力をこめる。




   行くな」
「え?」




もう限界だ。


素知らぬ振りして離れていかれるのも、それに気づかない振りをするのも、我慢できない。
そう腹をくくったら、後はもう止まらなかった。


「行くなよ。なんで何も言わねえんだ。なんで黙ってるんだ。俺には言えないのかよ!」
「日吉、何の話   
「何も言わずに消えるなんて、そんなの許さねえ!」


肩で大きく息をしながら叫んだ日吉に、は呆けたように数度瞬く。
そして眉を微かに下げて、弱り切ったように日吉、と小さく呼んだ。


「何の話だか、本当にわからないんだけど……」
「……お前、引っ越すんだろ」


視線をそらしながら呟いた日吉に、の返事はない。
痛いほどの沈黙が流れることしばし、それを破ったのはだった。




   何をどうしたらそんな話になるわけ?少なくとも私は、うちが引っ越すなんて聞いてもいないんだけど」
   は?」




今度は日吉が間抜けな声をあげる番だ。
大きく目を見開いた日吉が、馬鹿を言うなとを見る。


「宍戸さんと、挨拶するだの最後だの言ってたじゃねえか」
「最後……?ああ、あれね」


ひょいと肩をすくめたが、コートの中に視線を送った。


「跡部先輩達の話でしょ、それ。もうすぐ卒業だし、海外に行っちゃう先輩もいるし。挨拶しとかなきゃねって言ってたの」


あっさりと知らされた真実に、日吉はしゃがみこみたい衝動に駆られる。


「……なんだよ…!」


どんな勘違いだ……!


片手で顔を覆い隠してうめく日吉を見ていたのがだけだと言うのが、まだ幸いだったか。
向日あたりに見られていたら憤死していたと、大きく息を吐いた。


   とにかく、お前はまだ氷帝にいるんだな?」
「うん」
「……なら、いい」


ふいと顔を背けた日吉は、そのままコートに走り去る。
その一言に死ぬほど安堵したなんて、誰にも言ってやるものか。











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由良さんのリクエストで、「ヒロインが引っ越しちゃうと日吉が勘違いする、シリアス甘」のお話でした。
勘違い日吉、意外と可愛かった…。


この会話だと転校と思う方が自然なのかなあと思いつつ、私の知る限り私立で転校ってあまりないので(中退はありましたが)、まあ引っ越しで!
引っ越しならイコール転校も余儀なくされますし!(苦しい)

ものすごく頑張って甘さを入れてみましたが、所詮はくっついていない彼らだとここまでのようです。
あがいた私が馬鹿でした。
くっついた後の話にすればよかった…。


お持ち帰りは由良さんのみとさせていただきます。
リクエストありがとうございました!