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「あら、それならうちに呼べばいいじゃないの」 あっさりと言ってのけた母さんの一言で、全ては決定した。 ラブ・アンフェア 「」 「何?」 呼ばれて振り向くと、日吉が何とも難しい表情で立っていた。 呼んだくせになかなか何も言わない日吉は、ややしてようやっと口を開く。 苦悩している。 ものすごく苦悩している。 端から見ても丸分かりな表情で、絞りだすような声を出した。 「……今度、うちに来れる日を教えてくれ」 「…………は?」 何を言っているんだ、こいつは。 思わずまじまじと日吉を見てしまったけれど、本人も非常に不本意そうだ。 「……何でまた」 「だし巻き卵。お前、前に作り方知りたいって言ってただろ」 「うん、まあ、それはそうだけど」 レシピをくれるということで話はついたはずだけれど。 首を傾げてそう言うと、日吉がものすごく困った顔をした。 端から見たら仏頂面にしか見えないそれを困った顔とわかるようになったあたり、私も随分と日吉慣れしたようだ。 「……母さんが、直接家に来てもらえと」 「 日吉の家は道場か何かだった気がする。 いつ行っても忙しいだろうし、奥さんともなれば切り盛りが大変だろう。 自分から言い出しておいて何だけど、遠慮した方が正しいと思うんだけれど。 「母さんが呼んで来いと言ってたんだ。気にしない方がいい」 「そう?じゃあ いつがいいだろうと頭の中のスケジュールを確かめる。 「……明後日なら学校の後に行ける。それでいいかどうか訊いてもらえる?」 「わかった」 うなずいた日吉は、翌日あっさりと了承を持ってきた。 「是非どうぞ、だと。部活が終わるまで待たせる形になるが……」 「ああ、それは全然構わないよ。こっちがお願いするんだし、それくらいはね」 ちょっと帰るのが遅くなったくらいで怒る親じゃないから、そのあたりは大丈夫だ。 一応家に帰ってからお母さんに伝えると、案の定あっさりとOKが出た。 「あんまり迷惑かけないのよ」 「はいはい」 予想通りの反応におざなりに返事をして、さてエプロンはどこだろうとドレッサーを開ける。 最近の家庭科は裁縫ばっかりだから、エプロンをどこにやったかすっかり忘れてしまった。 しばらくがさごそと棚をあさって、ようやく3段目の隅に小さく畳んであるのを発見。 「あったあった」 液体で汚れても落ちやすい、ソムリエエプロン。 制服にするのははっきり言って似合わないけれど、お母さんが面白がって買ってきたのだから仕方がない。 兄貴も大笑いしてウケた時点で、私に拒否権はなくなった。 結構重宝しているから、別にいいけれど。 ほどけないように腰紐で全体をくるくると巻いて、鞄の中に放りこむ。 あの味が自分でも作れる、そう考えるだけでわくわくした。 テニス部の部活が終わるまで適当に教室で宿題を終わらせて、何故かいつもお昼を食べている4人で、一緒に日吉の家に向かう。 鳳君はわからないけど、亮は帰る方向が違うでしょうに……。 つくづく過保護な奴だと苦笑して、立派な道場がある門の前で別れる。 「また明日」 「じゃあね」 「迎えに来るか?」 「そこまで子供じゃないわよ」 笑顔で手を振った鳳君に笑い返し、真顔で言った亮に真顔で突っ込んだ。 なんてしていたら、横から日吉が大真面目に口を挟んだ。 「遅くなったら俺が送って行きます」 「頼んだぞ、日吉」 「ちょっと 待てという暇もない。 男共で勝手に話をつけてしまうと、亮と鳳君は帰ってしまった。 引き止めようとした手は中途半端に宙に浮き、何とも情けない格好になる。 「行くぞ」 無愛想にそれだけを言ってさっさと門をくぐってしまった日吉に思わず殴りかかりたくなったのは、順当に考えてまあ仕方のないことだろう。 「ただいま」 「お邪魔します」 礼儀正しく玄関先で挨拶をすると、奥から落ち着いた足音が近づいてきた。 涼やかな目元の、日吉のお母さん。 目が合ってお辞儀をすると、上品に微笑まれる。 「いらっしゃい。あんな料理を気に入っていただけて、私も嬉しいわ」 「お世話になります。よろしくお願いします」 嬉しそうに目を細めたおばさんは、日吉に顔を向けてうなずいた。 「荷物を置いてらっしゃいな」 「わかりました」 敬語!?自分の親に敬語!? こんな親子、初めて見たわ……。 驚きを顔に出さないように気をつけている間に、日吉は階段を上がっていってしまった。 付きあってもいないクラスメートの部屋に上がりこむ趣味はないので、そのままおばさんと見送る。 「ええと……さん、だったかしら」 「はい」 「若と仲良くしてくれてありがとうね。あの子、真面目すぎてなかなか付きあいにくいでしょう?」 「……そうですね、確かにずいぶんとわかりにくい性格をしてるとは思います」 そんなことはないと否定しようか、少し迷った。 けれど否定してもおばさんはそれが嘘だとわかってしまいそうで、だから素直にうなずく。 そしてさらに、私なりの感想を。 「でも、若君は人の痛みをちゃんとわかる人だと思います。悪いと思ったら謝れるし、助けを求めれば手を貸してくれますし」 悪い奴じゃない。 私の贔屓目を抜かしても。 素直に思っていることを言ったら、おばさんがとても嬉しそうな顔になった。 「そう思ってくれて、親として嬉しいわ。 きれいに片付いたキッチンは、その場限りのものではないのだろうと思えるものだ。 もう準備されていた材料を手に取って、おばさんの指示に従いながら作業を進めていった。 うちのスパルタ母親とは全然違う優しい教え方に感動すら覚えつつ、慎重に卵を巻いていく。 「さん、お料理上手ね」 「母に叩きこまれましたから……」 誇張ではなく叩きこまれた。 涙なしには語れないようなスパルタぶりを思い出しながら苦笑すると、ころころと笑われる。 「それだけしっかりできるんですもの、厳しくされたのもわかるわ」 「……え?」 「だってあなた、やればやるだけできちゃうでしょう?教える方もつい熱が入っちゃうのよ」 ……それはつまり、私が器用貧乏だと。 確かにやれば一通りはできてしまうけれど、何だか切なくなる……。 できあがっただし巻き卵はあの時よりも少し固かったけれど、味は確かに同じと言えるものだった。 後は焼き具合か、何度か練習してみよう。 上機嫌で送り出してくれたおばさんにお辞儀をしながら、密かにそう決心した。 「……で。何で日吉までいるのよ」 「お前一人じゃ危ねえだろうが」 「大丈夫だってば!」 「いいから黙って送られろ!」 結局日吉は家の前まで送ってくれた。 一人で大丈夫だと言ったのに、亮といい日吉といい本当に心配性だ。 思わず深いため息が出たのは、仕方のないことだろう。 ----------------------------------- 「ガブリエルシリーズの番外編で」とのリクエストでした。 ラブ・アフェアの続き。 今度こそアンフェアで!!(笑) 日吉のお母さんは、日吉の性格を誰よりもわかっているんだろうなあと思います。 お兄さんも出せたら楽しかっただろうけど、収拾がつかなくなる上に登場する必然性がなかったので断念…。 日吉はきちんと愛されて育った子。厳しい中にも愛がある子。 それを分かってくれたヒロインを、どうやらお母さんはお気に召した模様です(笑) それにしても、「若君」とか言うヒロイン、書いててものすごく気持ち悪かったです!(超笑顔) 親御さんの前だからとりあえず名前呼びしてみたけれど、多分もう名前で呼ぶことはないんじゃないかと思われます。 こんなの、ヒロインの柄じゃない…。 リクエストしていただいた方のみ、お持ち帰り可とさせていただきます。 リクエストありがとうございました! |