大変な事になったと宍戸からメールが来たのは、昼休みが終わりそうになる時の事だった。
何がどうしたのかと首を傾げながら集まった跡部達の前で、宍戸が頭痛をこらえるような表情でを前に押し出す。


「……が、どうしたってんだよ」
「どうもしませんよ、跡部さん」
「おら、もこう言ってるだろうが   ちょっと待て」


鼻で笑い飛ばしそうになって、そこでふと感じた違和感に、跡部が眉根を寄せる。
今、こいつは何と言った?


「……跡部、さん?」
「どうかしたんですか?忍足さんも、お久しぶりです」


その節はどうも、と頭を下げるに、忍足も微妙な顔になる。


「……ちょい待ち。自分、何でさんづけなんてしとんねん」
「は?」


何を言っているんだお前はと言わんばかりの視線をに向けられ、忍足はさらに変な顔になった。

そんな彼らを見ながら、日吉と鳳はいまだに状況が把握できない。
互いに顔を見合わせる2年コンビを見ながら、宍戸が重い口を開いた。


曰く、女子生徒のいじめ現場に割り込んで、突き飛ばされた拍子に頭を打ったらしい。
そして。




「ありがちだが、こんなことになった」
「うわー、ほんまにありがちやなあ」




記憶が中学入学前まですっ飛んだというわけだ。


「授業はどうするんだ?」
「今日は帰らせる。こんな状態じゃ、授業どころじゃねえだろ」


もうすでに用意された鞄を持ち上げ、宍戸が肩をすくめる。
自分の分も持っているあたり、どうやら付き添って早退するようだ。


「宍戸さんまでですか?ご家族がいるんじゃ   
「こいつの兄貴は今日バイトだし、おばさんも夜までうちのおふくろとショッピングだと。朝言ってたから、間違いないだろ」
「連絡すれば、帰ってくるんじゃないですか?」
「無理無理。2人とも、携帯鳴ってんのに気づかねえんだよ」


もう20回かけたと言われては、どうしようもない。


「んじゃ、後よろしくな」


4人に向かって手を上げた宍戸に、跡部が鋭い声で問いかけた。


「やったのはどいつだ?」
「かなり本気で殴っといた。ほっといてやれよ」


ひらひらと手を振る宍戸の横で、不満そうなが引っ張られながら宍戸を見上げる。


「ねえ、亮。何のこと?」
「帰ってから話してやるよ」
「何それ!っていうか、何で私が氷帝の制服着てるわけ!?」
「だから、後でな」
「馬鹿にしてる!絶対馬鹿にしてるでしょ!」
「してねえよ。ちょっと静かにしろって」
   っ、亮の馬鹿!!」


(一方的に)何ともにぎやかな会話がフェードアウトしていくのを聞きながら、忍足が呆れているのか感心しているのかわからないため息をもらした。


「いやあ、元気やなあ。そういえば、って昔はあんなんやってんか」
「だな。懐かしいっちゃあ懐かしいが   


対する跡部は難しい表情で2人が去った方を見つめ、ややして3人を見渡す。


「お前ら、仮にが学校に来たら、フォローしてやれよ。あいつはまだ、構内のことを何も知らない小6のガキだ」
「はい!」
「わかりました」


実際に来ることはないだろうと思いながら、それでも日吉はうなずいた。
万一来たら、さっさと家に返せばいいだけだ。

その予想が大間違いだったと、気づくまでにはそう時間はかからなかった。












「……何で来てるんだよ」
「来ちゃ悪い?っていうか、誰」


思わず不機嫌な声で言うと、それ以上に不機嫌な声でばっさりと切られた。
あの日吉に、(精神上)初対面でここまで言えるなんて、と、鳳が密かに感動する。


やはり将来、日吉に惚れるだけある。


「あんたが誰か知らないし、名乗りもしない人に答える必要なんかないでしょ」


いらついたように言われたその言葉に、今更ながら彼女が何もかも忘れているのだと思い知らされた。


合宿で文句を言いつつマネージャーをしたことも、自分と交わした言葉の数々も、今の関係になる、あの最悪な一連の出来事も。


それにどうしようもなくいらついて、日吉はますます自分の顔が歪むのを感じた。
感情のままに怒鳴りちらしそうになる自分を必死に制して、努めて冷静な声を出す。


   日吉。日吉だ。お前とは同じクラス」
「ふうん……じゃあさ、日吉。出席日数って、大事なんでしょ?」


よくわかっていないように首を傾げながらも、はしっかりと日吉を見据えた。


「いつ治るかわからないんだもん、身体の調子がおかしくないんなら、来ておかなきゃ。後で困るのは私だもん」
「……そうか。わかった」


いくつになろうと、の根本は変わらないのだということが。
5年前から真面目だったのか。


だとすれば、自分がすべきことも大体決まってくる。


「数学と英語と理科系は、ノートを取ろうとするな。どうせ理解できない。……国語はまあ何とかなるだろ」
「あ、国語は得意」
「古文も放っておけ。後で、俺と鳳のノートを見せてやる」
「はーい」


手早き指示をしてがうなずくのをしっかりと確認すると、日吉は苦笑している鳳を振り向く。
鳳もうなずいて、担任が入ってきたのを合図に自分の教室へと戻っていった。




「日吉、次どこ?」
「化学室。薬品には触るなよ、下手すると爆発する」
「……高校って、どんな危険なことしてるのさ」
「とんでもないヘマしなきゃ、まず爆発しねえよ。お前、科学記号読めねえだろ」
「はいはい」
「日吉ー、次当たりそう」
「鳳からノート借りてこい。あいつのクラスの方が、先に終わってる」




そんな会話が当たり前になってきていたある時、いつものように日吉に授業のことを尋ねていたが、不意に驚いたように瞬いた。




「……日吉?」




「何だよ。アミノ質の基礎構造なら、後で教えてやるよ」
「は?何言って   いやいやいや、それより日吉。私、今何してた?」


心底不思議そうに首を傾げるからは、よく見ると先程までの幼さが消えている。


「……戻った、か?」
「戻った?何が?」
「いや、何でもない」


にそう言いながら、宍戸に手早くメールを打つ。
即行ですぐに行くと帰ってきた返事に、ようやく終わるかとため息をついた。


少し寂しさを感じたのは、自分の気のせいにしておこう。











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暗紅さんのリクエスト、「ヒロインが記憶喪失or記憶後退」でした。
シリアスギャグとのことでしたが、あれ?ギャグ、どこいった?


何だかんだ言って面倒見のいい日吉を書きたかったんですが、どうにも失敗している気がしてなりません。
これくらいの面倒見の良さなら、普段の日吉でもやれちゃうよ!
どうせなら、手をつないで家まで送るくらいのことをすればよかった…。
とか思いつつ、字数オーバーで諦めましたが!(笑)


この後ヒロインは、自分の手で頭打った原因になった子を張り飛ばしに行きます。
男前!!


お持ち帰りは暗紅さんのみとさせていただきます。
リクエストありがとうございました!