というわけで、特に女子生徒は帰宅中気をつけるように」


担任の言葉を何となく聞き流しながら、今日は帰ったら何を作ろうとぼんやり考える。
お母さんが遅い日だから、今日は私が夕飯を作らなければいけないのだ。

あっさりと夏野菜の炒め物にしようか、それとも暑いからゴーヤーチャンプルーでも作ってみるか。
……よし、兄貴が嫌がりそうだから、ゴーヤーチャンプルーに決定。


にやりと笑って、号令と共に席を立つ。
HRが終われば、後はもうスーパーに一直線だ。


「おい、。お前   
「ごめん、今日スーパーの特売日なんだよね。ちょっと急ぐから、また明日でもいい?」
「あ、おいっ、待て!」


気難しい顔で呼び止めた日吉は華麗にスルーして、昇降口にダッシュする。

あの顔は絶対にややこしい話題だ。
つかまったら、いいゴーヤーがなくなってしまうかもしれない。


あ、木綿豆腐も買わなきゃ。
うちは絹漉し派だから、普段は木綿のストックがないのだ。


そんなことをつらつらと考えつつ、軽やかにスーパーへの道を歩いていたら。




   っ!?」




いきなり脇道に引っ張り込まれた。


何だ、一体どうしたんだ?
今何が起きた?


一瞬の混乱の間に、がっちりと抱きしめられてしまう。
その力と筋肉と、荒い息遣いで、相手が男だとようやく気づいた。


「あんた、誰!」
「へへへ……氷帝の子は、やっぱり可愛いなぁ」
「質問に答えてないし!っていうか、そもそもそのステレオタイプからして間違ってるし!!」


氷帝は確かに顔のレベルは高い。
平均的に見ると高い。
けれど中には、私のような平凡な顔もいるのだ。

制服って人の目をごまかすのよね、うん。


そんなことを考えている間にも、男は何やら勝手なことを言っているようだった。


どうでもいいけどこの力の入れ具合、私じゃなかったらとうに悲鳴をあげているレベルだ。
相手のことを全く考えていない。

痛いと身をよじると、さらに拘束する力が強くなった。
駄目だこれは、自分の事しか考えていない。


「気持ち悪いから離してください。迷惑です」
「強がっちゃって……震えてるじゃない、ねえ?」


男が嫌らしい笑い声をあげるけれど、この震えは断じて恐怖からじゃない。
精一杯踏ん張っていないと、力に負けてどこかを痛めそうなのだ。


(ええと、こういう時はどうすればいいんだっけ   


兄貴から(実施で)教わった抜け方を必死に思い出そうとしていたら、不意に片手が太股に伸びてきた。


「この   変態!!離せ!」


触られるだけで、ぞわりと鳥肌が立つ。
抜け出す以前の問題に、頭が沸騰した。

こいつ、一発殴ってやらないと気が済まない。
多少荒い手でも、一旦肩の関節を外して   




!!」




いざ外さんとしていたら、聞き慣れた声と共に男が急に離れた。
というより、どこか別の方向から強い力がかかって吹っ飛んだ。


、無事か!?」
「日吉……?」
「話は後だ。まずはこいつをどうにかする」


肩で息をしながらそう言った日吉が、頭を押さえて呻いている男に近寄る。

どこにでもいる、ちょっと筋肉質な男だ。
顔が変態系だけど。

沸騰していた頭が一度冷静になって、また怒りが込み上げてきた。


こんな男に。
こんな男に、いいようにされていた。


   日吉、一発殴らせて」
「存分にやれ。今ならまだ動けないだろう」


顎で男を示す日吉にうなずいて。




   はっ!!」




力の限り、顔面に拳を叩きこんだ。

大丈夫、歯も鼻も折れてはいない。
私にそこまでの力はない。

低く呻いて完全に動かなくなった男を確認した日吉が、学校と警察に連絡していた。
その間ひたすら男に触られた太股をさすっていたけれど、あの嫌な感触が消えることはない。
顔をしかめて、それでも手を止めずにいると、いつの間にか日吉が怖い顔で目の前に立っていた。


「あれ?日吉、あの男は?」
「とっくに警察に引き渡した。事情聴取も全部俺が受けておいた」


険しい表情を崩さずにそう言った日吉が、不意に手をあげた。
ぱん、という軽い破裂音が自分の頬からする。

痛みはほとんどないけれど、日吉が女に手をあげたという事実に驚いていると、続いて大声で怒鳴られた。


   この馬鹿!!だから待てって言ったんだ!!」
   え?」
「……やっぱりお前、聞いてなかったな」


呆れたように深い深いため息をついた日吉は、女性を狙った強姦紛いの痴漢がいるから気をつけろという担任の言葉(だったらしい)を繰り返す。
その頃私は今晩の献立を考えるのに忙しくて、担任の話なんて聞いていなかった。
それを見抜いていたんだろう日吉に、思わず顔が赤くなる。

   これはもしかして、心配されていたのだろうか。
乙女回路が久しぶりに働いて、恥ずかしくて仕方がなかった。


「……ごめん。ありがと」
「……わかれば、いい」


お互い何となく気まずい空気が流れて、それでも日吉はちゃんと家まで送ってくれた。


   何も、されなかったか」
「太股触られたぐらい。別に、平気」
「……強がってんじゃねえよ」


ぐしゃりと乱暴にかきまぜられた髪の毛に、日吉のぬくもりが残る。

今日の献立は、有り合わせの野菜で炒め物をしよう。
足早に去って行く後ろ姿を見ながら、髪の毛を押さえてぼんやりとそう思った。











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神凪由良さんのリクエストで、「痴漢か何かに襲われたヒロインを日吉が助けるor痴漢を叩きのめす話」でした。
ちゃんとヒーローは助けに来ました!


日吉は何だかんだでヒロインのことを気にしているので、「あ、こいつ、今絶対聞いてねぇ」とかHR時に思ってたりしてます。
で、呼び止めたら逃げられたというオチ。
なんという報われなさ…(笑)

お持ち帰りは神凪由良さんのみとなります。
リクエストありがとうございました!