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策士って、知ってます? ハローミスター サエはずるいといつも思う。 なにがずるいかって、どんな表情をすれば私にとって一番効果的かということを知ってるところだ。 だからいつも、私は結局負けることになる。 「、今度の部活だけど」 「パス。絶対パス。死んでも嫌だ」 あの顔は、絶対また何かたくらんでるにきまってる……! 大体、なんでいつも私に声をかけるわけ? その無駄にいい顔をフル活用すれば、もっと可愛い子もひっかかるでしょ! 心の中で悪態をつきながらも、どんな言葉がきてもいいような臨戦態勢を整える。 ……まあ、勝てた試しはないんだけど。 そんな私に、サエは少し悲しそうな顔をした。 「……俺、まだ何も言ってないんだけど」 「言わなくたってわかるわい、あんたのその顔はやっかいごとを頼もうとしてるときのだ」 だまされるもんか、今度こそはだまされるもんか! つんと顔を背けて、それ以上サエの顔を見ないようにする。 見ちゃったら負けだ……!(それだけは……!) 「やっかいごとなんて……俺はただ、に試合を見ててほしいだけだよ」 この上なく悲しそうなサエの声に、あれだけ誓ったにも関わらず思わず振り向いてしまう。 そこには、それは悲しそうにしたサエの笑顔があった。 「……見るだけ?」 「俺はそのつもりだよ」 そろりと訊けば、サエはぱっと嬉しそうな顔になる。 その姿に大型犬を連想して、思わず警戒心を忘れて近づいてしまった。 「……サエがそこまで言うなら、見に行ってもいいよ」 小さい声でそう言って、赤くなった頬を隠すために横を向く。 ちらりとサエを見ると、これ以上ないほど嬉しそうな顔で私を見ていた。 あ、やばい、かっこいい。 そんな脈絡のないことを考えながら、またついうっかりとサエの策略にはまったことに気づいた。 ……気づいたところで、もうどうにもならないんだけどさ。 「サエの馬鹿ー、もう絶対見になんてくるもんか!」 「まあまあ、そういわずに」 案の定、今回もサエのお願いには裏があった。 てか、マネージャーぐらい元々とっとけよ! 試合っていっても練習試合、しかも東京に行けるっていうからちょっと喜んでたのに、これじゃあちっとも遊べないじゃない……! 「、悪いけどこれのスコアとってくれる?」 「はいはいはい!」 はい、とサエに渡されたのは、まごうことなきスコアボード。 「俺と不二の試合だからね、しっかり見ないとついてこれないよ」 にっこり笑うサエの後ろには、これまたにこやかに笑う美人さん。 サエに負けず劣らずかっこいいっていうか、むしろちょっと女性的? 「……不二、君?」 「うん。初めまして、さん」 多分練習試合の相手なんだろうと見当をつけてみると、どうやらあたったらしい。 綺麗に微笑まれて、思わず顔が熱くなった。 「ほら、剣太郎が呼んでる」 急にサエに背中を押され、ぐいぐいと剣太郎君の方にやられる。 「え、ちょっと、サエ!?」 剣太郎君は呼んでなんかないじゃないか。 不二君に失礼だぞ! そう言おうとしてサエを振り返ったら、ものすごい笑顔なのに目だけが笑ってなかった(怖い……!) 「あー……あー、そうみたいだね。それじゃ、試合始めるときには声かけてね」 触らぬ神に祟りなし。 そそくさと離れていく背後で2人が何かを話してるのが聞こえたけど、内容を知るよりも今はあのサエから一刻も早く逃げ出したい。 そんな一心で剣太郎君のところに行くと、笑顔で迎えてくれた。 「先輩、どうしたんです?」 「や、サエが怖すぎて逃げてきた」 答えながら振り向くと、なぜかすでにサエの機嫌は直ってて、苦笑しながら不二君と話している。 じっと見てたらこちらに気づいて、ひらひらと手を振ってきた。 それに手を振り返していると、剣太郎君が小さく苦笑した。 「まったくもう、サエさんったら……」 「え?」 「いや、何でもないですよ!」 意味がわからずに聞き返しても、なぜかちょっぴり慌ててかぶりを振るだけ。 何だってんだい、一体。 「ねえ、剣太郎君。何でサエはわざわざ私をマネージャーもどきにしたがるのかね?あの顔ならどんな子だってついてくるだろうに」 「えーと……きっとサエさんなりの考えがあるんですよ」 なんだそれは、どんな考えだ。 ただのクラスメートなのになあ……。 それとも、こうやって徐々にマネージャーにしていこうって腹? 首を傾げていると、向こうから声をかけられた。 「ー、試合始めるよ!」 「はーい!……それじゃ剣太郎君、また後でね」 「はい!」 サエに返事を返して剣太郎君にそう言うと、元気よく返事をしてくれた。 いいねえ、こんな後輩可愛いよ。 サエと不二君の試合は、本当に展開が早い。 球も勢いがあるし、なんだかお互いの手の内を知り合ってるみたいだし。 どうにかスコアをとっていって(スコアのとり方も以前サエに仕込まれたものだ)試合を終えると、ボードをサエに手渡す。 「ありがと」 「お疲れ、サエも不二君も」 2人とも汗びっしょりで息が切れてるのに、本当に楽しそう。 「さんはマネージャー?」 タオルを手渡した不二君からそう訊かれ、吹き出しそうになるのをこらえてかぶりを振る。 「ううん、私はサエのクラスメート。今回だけ駆り出されたんだ」 そんな感じでほのぼのしてたら、急にサエに腕を引っ張られた。 そのまま肩に腕を回される。 「ちょっと、サエ!」 やめてよ、汗が服につく! 非難の声を上げて背後を見ると、サエが不二君をじっと見ていた。 「周助、俺言ったよな?」 「大丈夫、忘れてないよ」 微笑みながら(元々糸目だからよくわからないけど)不二君がうなずく。 それを確認して、ようやくサエが腕を離した。 「。悪いけど、このスコアを青学の部長に持ってってくれる?ほら、あそこにいるから」 「あ、うん。あの眼鏡の人だね?」 さっき渡したボードをまた返されて、ひとまず素直にうなずいておく。 サエが名前で呼んでたから、きっとものすごく仲がいいか、幼なじみか何かなんだろう。 2人で話したいこともあるんだろうし……。 「あの、これ、不二君とサエのスコアです」 部長さん(よく見ると同い年とは思えないほど大人びてる)に声をかけると、一瞬だけ驚いた顔をされた。 「……六角のマネージャーか?」 「いえ、今回限りの臨時要員です。サエに引っ張り込まれまして……。そちらもマネージャーはいらっしゃらないんですか?」 コートの中を見回してみても、私以外に女の子は見あたらない。 ここのテニス部、かっこいい人多いからなあ……。 ファンクラブとかもあるんだろうし、きっとそのかねあいが難しいのかな? サエもかっこいいけど、うちの学校はのんびりしてるからなあ。 千葉に住んでてよかった!(東京怖い……!) 「ああ、なかなかいい人材がいなくてな。六角がうらやましい」 ああ、そんなに眉間に皺寄せたらくせになっちゃうよ。 ついつい心配になりながらも、大したことはできないのが実状だから否定しておく。 「いえ。私、テニスのことは何もわかりませんよ?スコアの書き方とドリンクの作り方だけ、前にサエに叩き込まれたんです」 「そうか。だが、真面目に仕事をするいい人材だ」 「……ありがとうございます」 褒められちゃった。 この人に褒められると、なんか嬉しいな。 思わず頬がほころんだ。 部長さんも少しだけ表情が柔らかくなって、さっきよりも若く見える。 「サエ、渡してきたよ。他にすることは?」 「ありがと、今のところはないかな」 「そ?なら、バネダビの面倒みてくるね」 正確には、漫才やってる2人を止めに行くんだけど。 「ほら、2人とも!向こうさんが困ってるでしょ、さっさと漫才やめる!」 毎回毎回突っ込みを入れるバネと、それにもめげずにダジャレを繰り返すダビにも感心するんだけど、とりあえず六角の人がみんなこんなんだなんて思われたくないから、2人にぴしゃりと説教をくらわせた。 「あれ?、サエのとこはいいのか?」 不思議そうに訊いてきたバネに軽く肩をすくめて、仕事が終わったことを教える。 「うん。何か手伝うことある?」 「いや、こっちは平気だ。スコアも樹っちゃんにとってもらったしな」 にいと笑ったバネの横で、樹っちゃんがにっこり笑った。 ああ、癒し系……。 「お前も少し休んでこいよ。慣れないことやって疲れたろ?」 確かに疲れてるけど、まだ休むほどじゃない。 それに、他の人はまだ働いてるし、一人だけ休むってのもなあ……。 ためらってるのに気づいたのか、バネにぽんと頭を叩かれた。 「休んでこい。サエも休憩に入るから、2人で休んでれば平気だろ」 「……うん」 まだ納得いかないけど、サエが休むならいいのかな? それに、もうすぐお昼だしね。 サエと2人で並んで座り、第2陣が試合をするのを見る。 てか、私はスコアをとらなくていいの? サエに訊いたら、今度は青学がスコアをとる番なんだって言われた。 「もよく頑張ってくれたし、ゆっくり休んでよ」 「……うん」 みんなにそう言われたら、意固地になって手伝うことでもないし。 コートを見ながらぼーっとしてたら、一つのコートから歓声があがった。 何事かと見てみて、ついぽつりと呟いてしまう。 「……ちっちゃい……」 「ああ、噂の1年レギュラーか。あいつうまいよ」 「見てればわかる。すごいね、あの子」 テニスをよく知らない私でも、レベルのすごさくらいはわかる。 あの子は、すごい。 「ああいう奴がいるから、やめられないんだよな」 「ふうん…」 サエの目が子供みたいに輝いてる。 スポーツ馬鹿って、誰でもこうだよなあ。 女テニのみんなもこういう感じだし。 そこまで考えて、ふと疑問を思い出した。 「ねえ、サエ。どうして私を引っ張り込むわけ?女テニの子の方がルールもわかってるし、もっと手際よくやってくれると思うんだけど……」 なんで私なんだろう。 そりゃ、クラスメートとしては仲がいい方だけどさ。 テニス部のみんなとも、それなりに面識あるけどさ。 だからそう聞いたのに、サエはなんだか泣きたいような笑いたいような、すごく変な顔になった。 「……。それ本気で言ってるの?」 「へ?あ、うん。だって、普通疑問に思わない?」 素でそう返すと、今度は思いっきりうなだれる。 ……何だってんだい、一体。 「……まさかここまでとは……」 「ちょっと、何なのさ。ねえったら!」 ぶつぶつと呟くサエの肩をつかんでがっくんがっくん揺さぶっていたら、その両手を逆につかまれた。 「……あのさ。本っ当に気づいてない?」 「だから何に?」 妙に真剣なサエが怖かったけど、目をそらしたら負けだ! そんな感じで見つめ返してたら、耳元でささやかれた。 「好き」 低い声が鼓膜をじかに震わせる。 顔に血が上るのを感じた。 「ずっとが好きだったんだよ?気づかなかった?」 「え、ちょ……」 ……やばい。 腰、砕けそう。 お願いだから耳元で言わないで……! 「好きだ」 「ひっ……!」 いっ、いいい今、耳たぶ噛みましたよこの人! 今度こそ本当に腰が砕けた。 そのまま崩れ落ちそうになるところをサエに支えられて、さらなる攻撃を浴びせられる。 てか、手!手!! 腰つかんでるから……! 「好きだよ、。おかしくなりそうなくらい好きだ。……は?」 「……よく、わかんないよ。サエのことは友達としてしか見てなかったし……」 いきなりそんなこと言われても、困る。 絞り出した声は、我ながら滑稽なほどか細かった。 「ふうん……。じゃあ、これから覚悟しておいてね」 やっと顔を離してくれて、耳への攻撃がなくなったと思ったら、今度は至近距離で見事に微笑まれた。 「とことん、攻めるから」 ……心臓持つだろうか、私。 |