はらはら舞う雪になって、あなたの肩にそっと舞い降りればいい。
そんな願いなんて、口には出しもしないけれど。






スノウフレイク






今日も必死に家路を急ぐ。
訳はないけど、必死こいて病院に急ぐ。

や、別に精市が死にそうなわけじゃないけど、いつもの習慣でついなんとなく。
真田たちが来て騒がしくなる前に(真田がうるさいってことじゃなくて主にブン太とか赤也とか)(っていうか、うるさい真田とか怖すぎだから!)のんびりとお話するんだ。

もう顔なじみになったナースステーションにおざなりに挨拶をして、ノックもそこそこに個室に飛び込む。


「ただいま!」
「お帰り。今日はどうだった?」


いつも同じ言葉で始まる、私達の会話。


「数学で当てられたけど、ちゃんと答えられたよ」
「すごいな。は数学が苦手だろ?」
「精市が教えてくれたからだよ」


精市は私の幼なじみってことが信じられないほど頭がいい。
ずっと入院してるはずなのに、何故か私の方が精市に勉強を教わっている始末だ。


……私が教えてあげられたらかっこよかったのになあ……(ガクリ)
でもまあ、精市と一緒に勉強できるのには変わりないからいっか!


「精市、調子はどう?」
「いい……とは言えないけどね。もうすぐ手術の日程も決まるし、気分はすごく楽だよ」
「そっか」


治療法がない精市の体調がよくなるのは、もうずいぶんと前にあきらめていたから、気分だけでもいいのが嬉しい。


「今日ね、またみんなが来るって」
「じゃあ、騒がしくなりそうだね」
「うふふ、そうだね」


お見舞いの林檎を剥きながら(長いお見舞い生活でこんなことばっかり器用になった)、とりとめもない話を楽しむ。


「そういえば、が精市に会いたがってたよ」
か……ずいぶん会ってない気がするな」
「もう半年ぐらいになるんじゃない?」


は私と仲がいい関係で、精市ともずいぶん話していた。
美人の精市が見られなくて寂しいと言っていたことは……内緒にしておこう。


知ったらおっそろしい勢いで怒りそうだし。
怒った精市は近寄りたくないぐらい怖い。うん。


「精市はさ、テニス以外で何がしたい?」


精市がテニスをしたいっていうのは当たり前すぎるから、そんな風に訊いてみる。
私にできることなら、できるだけやってみたいしね!

わくわくしながら訊いたら、精市はしばらく考えた後にゆっくりと小首を傾げた。


「うーん……今のところ、特にないかな」


そんな些細な仕草さえ美人すぎるのは反則だよ、精市……!(女として悔しい……!)


「ほんとに?なんか食べたいものとか、見たいものとか、行きたいとことか、何でもいいんだよ?」




何もないなんて、そんなの、嘘だ。




「何もないなんて嘘じゃん。精市だってテニス以外にも好きなことあるでしょ」


何も言ってくれないのが悔しくてむきになると、精市は困ったように微笑んだ。


「本当にないんだけどな……そうだ、久しぶりにが作ったパンプキンパイが食べたい」


パンプキンパイ……かぼちゃが旬じゃない今の時期に食べてもおいしくないって、精市もわかってるはずなのに。


「うーん……他には?」


困り果てて小さく訊くと、精市がふんわりと笑った。


が毎日来てくれれば、それでいいよ。いろいろ話してくれるから、毎日楽しみなんだ」




…………だからさぁ。




そんな笑顔でそんなことを言われたら、女の子は一瞬で精市に落ちちゃうでしょ!

はにかむように微笑む精市に、どうにかこうにか微笑み返す。
や、ぎこちない笑い方になったから、正確には「微笑む」なんておこがましいような笑いだったんだけどさ。



「うん?」


首を傾げて返事をしたのに、精市は無言で私の髪を手で梳く。


「精市、そんなにさらさらじゃないよ」


私の髪は、自慢じゃないが綺麗じゃない。
染めてるわけじゃないけど(ただでさえ痛みがちだっていうのに、わざわざ染めてさらに痛めつけるような趣味は持ってない)結構ぱさぱさしてる。


これでも、トリートメントとか、かなり気を使ってるんだけどなあ……。


「さらさらじゃなくても充分気持ちいいよ」


くすりと笑った精市が、そのまま器用に髪を結い始めた。


精市は男のくせに、女の私よりもずっと髪を結うのがうまい。
私が下手なだけなのか、精市がうますぎるのか、そこら辺はよくわからないけど。


「はい、できたよ」


精市が渡してくれた鏡を覗き込んで、思わず苦笑してしまった。
細かく編み込んだ髪を可愛らしくまとめた、いかにも女の子って感じの髪型。

どう考えても、私の性格に似合うようなものじゃない。


「精市ぃ…これって、もっとちゃんとした女の子の方が似合うと思うんだけど」
はそのままで十分女の子だよ。よく似合ってる」


はいつもポニーテールばっかじゃないかと言われたら、その通りすぎて反論もできやしない。
仕方ないじゃん、ぶきっちょな上に朝は時間がないんだよ!(メイクなんてしてられるか!)(てか、メイクは大学に入ってからで十分だ!)

てか、そもそも、精市が器用すぎるんだと思う。


「……もう、どこにも出かけないのに」


悔し紛れにそんなことを呟けば、かえって地雷を踏んだようだった。


「それなら毎日、学校に行く前にここにおいで。いくらでもやってあげるから」
「ごめんなさいすいませんほんと勘弁してください」


学校の前にここに来るとなると、起きるのがいまよりも45分は早くなる。
そんなに早く私が起きられないってわかってて!(意地悪!意地悪!!)

平身低頭で謝って、ようやっと許してもらう。


「……ま、精市が見てるから、それだけでいっか」
「そうそう」


満足げに精市が笑うから、まあいっか。うん。


「ねえ、精市」
「うん?」


「今年の冬は、一緒にクリスマスパーティーできるかな?」


毎年やってた、お互いの家族とのクリスマスパーティー。
去年は精市がいなくて、そんなの初めてで、すごく寂しかった。

大会までには、手術できるのかな。
精市も、選手としては無理でも、みんなと同じベンチに座れるのかな。




   クリスマスまで、精市、生きててくれるのかな。




ギラン・バレー「に似た」病気だって言うから、いろいろ調べてみた。
……ギラン・バレー症候群は、治療法がないんだって書いてあった。

似てるだけで違う病気だから、手術をすれば治る病気だっていうのはわかってる。


でも、もし手術が失敗したら?


!?」


精市の手が頬に触れた。
そのまま上を向かされて、初めて自分が泣きそうになっていると気づく。

いっけね、心配かけちゃった。


「何でもない。ただね、去年は精市がいなくて寂しかったなあって思ってたの」
「今年は一緒にいられるよ。絶対だ」


あやすようになでられる手が気持ちいい。
小さい時からいつも、精市はこうやってくれてた。



「ん?」


条件反射で精市の胸にすり寄っていた私は、声をかけられて上を向く。




「約束するから、いい子で待っててくれよ」
「うん!」




「……本当に意味がわかってるのかなあ」


元気一杯返事をしたら、何故か苦笑された。失礼な!
むかっとしたからぐりぐり頭を胸に押しつけてたら、ドアの方から呆れたような声をかけられた。




「おい、そこの天然バカップル」




「やあ、ブン太」
「バカップルって何さ、違うもん!」


確かに、確かに、精市のことは好きだけどさ……付き合ってはないもん!
精市も何をのんびりしてるの……!


「何言ってんだ、お前らはまんまバカップルだろぃ」


当然のようにそう言ったブン太に、柳生や仁王もうなずいてる。


、破廉恥だぞ!幸村から離れろ!」


真田……顔、真っ赤だよ……。
そうだよね、あんた実は純情ボーイだもんね。


「みんな、来てくれたのか」
「今日は部活がないからな。調子はどうだ」


べりっと私をはがしながら真田が精市に訊く。


「気分はだいぶいいよ」


微笑む精市と見つめあう真田。
一見、カップルに見えないこともない。
……こりゃ、一部の女の子達が騒ぐのも無理ないか。


しょうもないことを考えつつ、そろそろ帰ろうとベッドから立ち上がる。


「精市、私帰るね。また明日」
「ああ、気をつけて帰れよ」
「うん」


ばいばい、と手を振って、部屋から出ようとドアノブに手をかけた。
かけたところで、精市の声が背中にぶつかった。




。今年のクリスマスは一緒に過ごすから、他の男と約束したりするんじゃないよ」




「…………は?」




思わず振り向くと、そこには天使のような微笑みを浮かべた精市と真っ赤になってる真田、そして呆れたような他のメンツ。


「いい子に、してるんだよ?」




   っ、幸村ああぁっ!」


たるんどる、破廉恥だと絶叫する真田の声を背に(病院では静かにしろよ!)(ああでも私も叫びたい)、無言でドアを開けて外に出る。


「……何なのさ、一体……」


へたりと座り込んでしまいそうになる足を踏ん張り、どうにかこうにか壁にもたれた。
ああもう、絶対今、顔赤いよ……!


「あら。ちゃん、どうしたの?顔真っ赤よ?」


熱でもあるのかしらと心配してくれる看護婦さんにひらひらと手を振って、片手で顔を覆う。


「何でもないです……」


どうにかして、この顔の赤さを直さねば。
てか、精市、あれは不意打ちすぎるって……!しかも、みんないたのに……!




(病室から「まだ言ってなかったのかよ」とか「見ててじれったかったけんのぅ」とか「これでようやく、私達も遠慮しなくて済みますね」とか声が聞こえるのは気のせいだ。そうに違いない)