講義が終わってやれやれと一息、とお茶をする。
「これで今期の授業も終わりかー」
「お疲れって言いたいところだけど、もうすぐ試験だしね……」
ケーキを一口食べたに苦笑してそう答えると、は途端に嫌そうな顔になった。
「思い出したくない……!」
「私も……」
お互い頑張ろうと慰めにもならない慰めを言い合い、試験の勉強会の日程を打ち合わせてお店を出る。
帰ったら洗濯物を取り込まなきゃなあなんて思いながら角を曲がったら。
ひしっ。
足下に抵抗感。
んー?何だ、何か引っ付いたかー?
んなわけないよね、小猿じゃあるまいし。
迷子の小猿なら、とりあえず保健所に連絡しなければ。
段取りを思い描きながら下を見て、絶句した。
「…………なに、コレ」
ズボンの裾に必死にしがみついてるのは、小猿ではなかった。
ていうか、小猿の方がまだましだった。
大きさ、猫くらい。
ウサギの耳、装着。
外見、人間。
…………ほんとに何よ、これ。
「あー……寝てなさすぎて頭沸いたかな。幻覚が見えるわ」
「いやさー、つれてってー!!」
脚を振るってぺいっと振りはがそうとしても、ウサギ耳の変な存在は必死にしがみついてくる。
仕方がないので大股に歩きだしても、しがみついたままでずるずると引きずられっぱなしだ。
その状態で20m歩いたところで、とうとう幻覚ではないことを認めざるを得なくなった。
ぴたりと止まると、ウサギがほっと息をつく。
その襟首をむんずとつかみ、目の高さにまで持ち上げてみた。
髪の毛、オレンジ色。
何故か右目に眼帯。額にバンダナ。
服も凝った作りで、マフラーはカシミヤ100%とみた。
「何、アンタ」
「おれ、ラビ!つれてって!」
声をかけただけなのに、それはそれは嬉しそうに目を輝かせて満面の笑みになる。
……ちょっと可愛いとか思っちゃったじゃないか……!
ぐらっと傾きかけた気持ちをぐぐっと立て直して、さらに動物への質問を続ける。
「どこに?」
「あんたのへや!」
「何で私の部屋なのさ!?」
ていうか、何なのこれは!?
こんな生物、地球上に存在してたの……!?
「だって、あんたならぜったい、やさしくしてくれるさ!おれ、そゆうのわかるし!」
小さな小さな握り拳を力一杯2つ作って、ウサギもどきの生物は目を輝かせて懸命に言う。
だから、その判断基準は何なんだって。
…………まあ、とりあえず。
ずっとここにいるのも、ましてこんな不思議生命体を引っ提げているのも非常に不審なので、ひとまず家に帰ることにする。
「ほれ、行くぞー」
「!」
おーおー、尻尾も耳もふるふる震えてるよ。
目が思いっきり輝いてるよ。
そんなわけで、片手にウサギをぶら下げたままで、こそこそと家に帰る羽目になった。
2LDKのマンション、ペット禁制。
……これ、ペットになるのかな……。
ぶらんとおとなしくぶら下げられたままのウサギを見て、こっそりそんなことを考える。
まあ、一応姿は人間に似てるし。
つけ耳なんです!って言い張れば、多分何とかなると思う。うん。
やっぱ駄目か。
「ウサギ、ウサギ」
「おれ、ラビさ!」
「わかったわかった。ウサギ、鞄の中に一瞬入って」
「は!?」
ぴん!と耳の毛が逆立った。
感情表現豊かだなあ、ウサギのくせに。
「だから、ここはペット禁止なんだってば。あんたみたいのが見られたら、いろいろとやばいでしょうが」
「おれ、ペットじゃないもん……」
「ウサギ耳ひっつけてる奴が何を言う」
むぎゅうと押し込んで(ピギャア!とか鳴いてたけど無視した)エレベーターに乗り込む。
家に帰るだけでこんなにスリリングな思いをするなんて、生まれて初めてだ。
幸い誰にも会わずに家に帰りつくと、玄関にしっかりと鍵をかけてウサギを引っ張り出す。
「ひどいさー……しぬかとおもった……」
めそめそと泣くウサギに、さすがにやりすぎたかと反省する。
ゼミの資料とか教科書とかで、鞄に余裕がなかったもんなあ……。
「ごめんってば。金平糖あげるから泣くなって」
「!」
頭をわしゃわしゃ撫でながらそう言った途端、ウサギの目がきらきらと輝く。
テーブルの上の瓶から5粒取って渡してやると、ふるふるしながら大切そうに食べ始めた。
……なにこいつ、可愛いじゃないか……!
「……ウサギ」
「ラビ!」
「……ラビ」
「なに!?」
さらに目を輝かせたラビをひょいとつまみ上げ、とりあえず椅子の上に置く。
「着替えたりしてくるから、そのままそこで待ってること。いいね?」
「うん!」
元気いっぱいに答えたラビの頭をもう一度くしゃりと撫でて、部屋着に着替えたり手を洗ったり。
戻ってきた時にもちゃんとそのままの状態で待ってたのには正直少し驚いた。
「お待たせ」
声をかけると器用に振り向いて、嬉しそうな声をあげる。
そのまま何かを言いかけたけど、ぐっとつまって困ったように視線をさまよわせた。
「……どうしたの?」
何かあったのかと首を傾げると、ラビはしばらくためらった後にぽつりと呟く。
「……なまえ」
「ん?」
「なまえ、おしえてほしいさ」
……そういえば、まだ教えてなかったか。
必死で見上げてくる大きな目に苦笑して、しっかりとラビと視線を合わせる。
「私は。だよ、ラビ」
「…………」
小さく小さく繰り返したラビが、へにょりと笑った。
「、」
「何?」
「!」
「だから何ってば」
「えへへへへへ」
だらしなく笑み崩れながら、ラビがめいっぱいに腕を差し伸べる。
……はいはい。
抱き上げると嬉しそうにしがみついてきた。
「、だいすきさー!」
「……そりゃどうも」
何、この可愛い生物。
ここまで無条件に好意をぶつけられると、さすがに情もわいてくるし悪い気もしない。
「、、おれここにいていい?」
「いいよいいよ、好きなだけいなよ」
我ながらかなり投げやりになってるとは思ったけど、それは偽らざる本心。
ペットと言うには奇妙だし、弟と言うにも奇妙。ましてや子供なんて論外。
まあ、ペット禁止には引っかからないからいいか。
「ところでラビ、本当のところは何で私にくっついてきたわけ?」
「だって、いいにおいしたし!おれのこのみにジャストミートだったし!」
「…………捨ててこようかなあ、このウサギ」
「いやさあああぁぁぁっ!うそさーうそさーだからすてないでー!!」
そんな一幕があったのも、また一興。
|