最近、気づいたことがある。


「……ラビ。大きくなったね」
「ん!おれ、おっきくなった!」


ラビが確実に成長している。


巨大化したというわけではなく、普通の人間の子供より、幾分速いくらいのペースで成長しているのだ。
まあ、「人間の子供」がどれくらいの速さで背が伸びるのかがよくわからないから、推測でしかないのだけれど。


どっこらしょとラビを床に下ろして、じんじんとしびれる腕をさする。
以前は軽々と抱き上げられたのに、今では10分抱いていると疲れてしまう。

母親は7歳児も平気で抱き上げられるというけれど……私にはとてもとても。
母は強しは伊達じゃないらしい。


ー、だっこー」
「ちょっと休憩。ラビが大きくなったから、長い時間抱っこしてると疲れるの」
「いすにすわってでもいいからー」
「あーはいはい」


こうなったら、抱っこをするまで引き下がらない。
それは嫌というほど経験済みだから、ソファに座ってラビを手招きする。


ぱっと顔を輝かせて飛びついてきた小さな身体を膝に乗せて、近くにあった雑誌を引き寄せた。


綺麗なモデルが、綺麗な服を着こなして笑っている。
その大半が大学生の収入では買えないもので、しかも雑誌の中だから違和感なく見ることのできるものだ。

それがわかっていながら買う私も私だと苦笑すると、つまらなそうに口を尖らせたラビに服の裾を引っ張られた。


「なにかんがえてるさ?」
「芸能人と一般人の違いについて」
「なにそれ?」
「私は一般人だって話だよ」


かなり適当に答えたけれど、もし私が本当に芸能人だったら、こんな風にしていること自体ないのだろう。
そんなことを思いつつ雑誌を閉じると、ラビはじっと何かを考えているようだった。
突然がばりと顔を上げると、さっきよりもさらに強く服を握ってくる。


!」
「んー?まずは手を離しなさい、手を。皺になるでしょ」


手を引きはがしながらそういう私に、ラビはものすごく真面目な顔で一言。


「おれ、がいっぱんじんでよかったさ」
「……はぁ?」
がげいのうじんだったら、いっしょにいられないもん!」


なるほど、芸能人=特別な人という認識はあるのか。
まあ芸能人でも、ペットを飼っている人は多いんだけど。
ぐりぐりとラビの頭をなでながら思ったことは、言ったら絶対に泣くだろうから口には出さないでおいた。

それよりも、とラビを見下ろして思う。


いつまでこの子は、私と一緒にいるんだろうか。


ひょんなことから暮らし始めて、もうすぐ1年。
私だって、いつまでも大学生でいるわけじゃない。
社会人になればラビが1人で過ごす時間ももっと長くなるし、第一今の状況を維持できるとも限らないのだ。
寮に入らなければならないかもしれないし、もしかしたら実家から通った方が効率的かもしれない。


その時に、ラビはどうするのか。
答えはまだ、出せていない。


?」
「ん、よしよし」


何かを敏感に感じとったのか、首を傾げて見上げるラビの頭をぐりぐりとなでる。
ひとまずはそれでごまかせたらしく、ラビは膝の上できゃあきゃあとはしゃいだ声をあげた。


「もっとー!」
「はいはい」


適当にあやしながら、この先のことも少しは考え始めなければいけないと、小さくため息をこぼす。
   もう3年、就活の年だ。


「ねえ、ラビ」
「なんさ?」
「もうすぐ一緒に住めなくなるって言ったら、どうする?」


確認のつもりだった。
可能性の一つとして考えておかなければならないもので、その場合はどうするのかと、軽い気持ちの問い掛けだった。


そう言った瞬間のラビの顔を見て、致命的な言い間違いに気づいた時には、もう遅かったけれど。




「……おれ、いっしょにいちゃいけないん……?」




絶望というのがぴったりのような表情で、ラビがぽつりと呟いた。
泣くことすらできない状態のラビに、言い方がまずかったかと焦る。


「馬鹿、そんなはずないでしょ!」


呆然としているラビを慌てて抱きしめて、頬を軽く叩く。
たしなめるように視線を合わせて、ゆっくりと口を動かした。


「もしもの話!就職して寮とか自宅に行かなきゃいけなくなったら、もしかしたらラビと一緒は駄目って言われるかもしれないでしょ?」
「いやさ!!」


弾かれるように叫んだラビが、力一杯私の服を握る。
懸命に顔を上げて、必死な表情で食らいついてくる。


「いやさ!といっしょがいい!」
「ラビ」
「おれ、いいこにするから!じゃまにならないようにするから!だからおねがい!!」
「ラビ、落ち着きなさい」
   !!」


「ラビ」


強い口調で呼ぶと同時に強く腕を握ると、ようやく一瞬だけ言葉が止まった。
痛みに顔が歪んでいた気もするけれど、今はそれよりも話に割り込む方が重要だ。


「落ち着きなさい。いい?」


低い声で念を押すと、小さいうなずきが返ってきた。
それを確認してから、ラビを抱いたまま冷蔵庫から牛乳を取り出す。
コップに注いでラビに渡して、もう一度ソファーに戻った。


「もうすぐ就活が始まるの。就活っていうのは、大学を出た後に働く場所を探すための試験みたいなものね」


牛乳を飲んで落ち着いたらしいラビは、コップを両手で握りながら真剣にうなずいている。


「働き始めたら、ここにずっと住めるとは限らないの。ここは大学に近いって条件で選んだからね」
「……ん」
「なるべく一緒に暮らせるようにするから。ラビもこれから1年間、協力してほしいの」


家を空けることが多くなるからとラビの頭をなでると、おそるおそる上目遣いで見上げられた。
耳も尻尾も、へちょりとつぶれている。


「おれ……いっしょで、いいの?」
「誰が駄目って言った?」


苦笑して軽くでこピンをくらわせると、驚いたように弾かれた場所を手で押さえて、数瞬後にくしゃりと顔を歪ませた。


大泣きを始めたラビをなだめながら、こりゃあ実家には戻れないなとため息をつく。
口元がほころんだのは   死んでもラビには言ってやらない。