歩く度に小さく音を立てる足下に僅かに眉を顰め、女は大股に道を歩いていた。

旅の拠点から遠く離れたこの島国に来たのは、単なる気まぐれだった。
別段勘が働いたわけでもないのに危険を冒してまで海を渡ろうなど、馬鹿げているのは自分でもわかっている。

だが、仲間がかつて訪れたという話を聞いて、どうせなのだからと思ってしまったのだ。

「……どうかしているな、私は」

異変も見られない。異常も感じない。所詮は徒労に終わったかと苦笑を浮かべかけた時、視界の端に黒い物が映った。
アクマかと思って構えたが、攻撃してくる様子は一向にない。不審に思った女は、警戒しつつもじりじりとそれに近づいていき――目を見開いた。


「子供――?」


骨と皮だけといっても差し支えない程に痩せこけた子供が、みすぼらしい服に身を包んで転がっていた。
一瞬死んでいるのかと思ったが、弱々しく胸が動いているのに気づいて抱き起こす。


「大丈夫か?」

言葉が通じないことなど百も承知で、それでもできるだけ優しく声をかける。これ以上、目の前で命が尽きるのを見たくはなかった。

根気よく何度も呼びかけると、やがて小さく瞼が震えた。本当に微かに目を開けた子供は女を見て、そして。


「い、のせ……ん、す…………はぁ、と……」


「な――!?」

驚きに目を見開く女に気を向けることもなく、それだけ呟いてまた気を失った。
女にとっては耳になじんだ、しかしこんな子供には到底知り得ないだろう単語。

それを何故、知っている?

先程までとは打って変わった厳しい目で子供を見据え、女はうなるように呟いた。

「お前は一体、何者だ?」

アクマには見えない。もしもアクマなら、初めに声をかけた時点で攻撃を仕掛けてくるはずだ。

ならば、ノアか?

その考えが女の脳をちらりとかすめた。
ノアならば、この場で消しておくに越したことはない。ノアはそれ一人で大きな脅威となる。

だが、しかし。こんな瀕死の子供が、果たして本当にノアだと言えるだろうか?

そんな思考がぐるぐると頭の中を巡る。そんなことを考えている時点でこの子供を助けたがっている自分に気づき、女は小さく苦笑した。

「私は、甘いな……」

自嘲気味に呟いて、女は子供に向かって手を差し伸べる。


それは、一つの始まりだった。